第74話「今まで通り」

「おー、団吉ごめんな、上がってくれー」

「うん、おじゃまします。あ、これ来るときにジュースとお菓子買ってきたよ」

「おおー、ありがとう、いやーなんかあるかと思ったら何もなくてさー、買い物行けよって話だが」

「あはは、いやいや、来るついでだし大丈夫だよ」


 そう言って僕は拓海の家に上がらせてもらった。前来た時と同じく部屋は綺麗に片付けられている。今日はなぜ拓海の家に来たかというと、もうすぐ後期が始まるのだが、一つだけレポートを書かないといけないことを僕も拓海もすっかり忘れていて、昨日RINEで話して一緒にやろうということになったのだった。僕もうっかりしていた。日頃から日向に勉強しろと言っているのに、これではあまり人のこと言えないなと思ってしまった。


「いやー、レポートのことすっかり忘れてたよー、旅行前くらいまでは覚えてたっつーか、帰って来てからやるかーと思ってたんだけどな」

「僕もすっかり忘れてたよ。高校までと違って課題がほとんどない分、忘れやすいのかもしれないね」

「そうだなー、団吉の高校も夏休みは課題多かったのか? うちもたくさんあってさー、そんなに勉強してどうすんだって思ってたっつーか」

「うん、うちもたくさんあって、友達が必死になって終わらせようとしていたのを思い出したよ。まぁそれも懐かしいかな」


 夏休みといえば、毎年終わりの頃に火野や高梨さんや絵菜の課題を見てあげたなと、懐かしい気持ちになった。


「そっかー、まぁどこの学校もそんなもんなのかもなー。ああ、おしゃべりしてないで書かないとな」


 そう言って拓海がノートパソコンを開いた。僕もパソコンを持って来ていたので同じように開いて、レポートを書いていく。


「なぁ、ここはこんな書き方でいいのかな?」

「ん? どれどれ……ああ、そんな感じでいいんじゃないかな。あ、ここの言葉はもう少しこうした方が……」

「ああ、なるほど、さすが団吉だな。俺文系科目苦手だからさ、なかなかこういう言葉が出て来ないっつーか」

「いやいや、そんなことないよ。拓海もしっかり書けているから、大丈夫だよ」

 

 文系科目は苦手だと言う拓海だが、やはり拓海も勉強ができるだけあって、文章もしっかりしている。僕もまだ手探り状態のところはあるが、分かる範囲で拓海に教えていた。


「なかなか難しいなー、参考文献も読んだんだけど、分かってるようで分からないところがあるっつーか」

「そうだね、文章が難しいよね……あ、以前川倉先輩にアドバイスもらったのまとめてあるから、それを拓海にも送ろうか」


 僕はまとめていた川倉先輩からのアドバイスの文章を拓海に送った。


「お、おお、ありがとう……そうか、川倉先輩か……」

「うん、あ、そうだ、あれから川倉先輩と何か話したりしてる?」

「あ、ああ、実は思い切って個別にRINE送ってみてさ、俺の地元のこととか色々訊かれてさ、た、楽しく話ができてるっつーか……って、は、恥ずかしいな……」


 ちょっと顔を赤くして俯く拓海だった。そうか、RINEで川倉先輩と話しているのか。少しずつ距離が縮まる感じでいいのではないかと思った。


「そっか、うん、そうやって少しずつ距離を縮めていくのがいいんじゃないかな」

「そ、そうだよな。団吉も沢井さんとは最初そんな感じだったんだろ?」

「え、あ、まぁ、たまたま話すようになって、RINE教えてって言われたから教えて、それから少しずつ話すようになって……って、は、恥ずかしいね」


 今度は僕の顔が熱くなってきた。僕を見た拓海が少し笑った。


「そっか、まぁそんなもんだよな。俺は誰かを好きになるなんて久しぶりでさ、どうしたらいいのか分からないところがあるっつーか」

「ああ、そうなんだね。僕も絵菜を好きになるまでは誰かを好きになるなんてことなかったから、最初は分からないことばかりで……でも、人を好きになるっていいことだなって思ったよ」


 人と話すことがそんなに得意じゃなかった僕も、絵菜を好きになって、友達もどんどん増えて、話していくうちに変わっていったのだ。みんなには本当に感謝している。

 そして、絵菜という大事な人ができたことで、僕もさらに大きくなったのだ。もう以前の僕とは違う。いい意味でポジティブさが出て来たのではないかと思う。


「そうなんだな、やっぱ誰でも最初は分からないもんだよなー。旅行の時にも言ったけど、団吉に話したことでちょっと勇気が出てきたよ」

「それはよかった。でもこうなってくると川倉先輩の気持ちが気になるね……」

「あ、ああ、やっぱ俺のことは後輩の一人なのかな……いや、あまりネガティブに考えるのはよくないな」


 うんうんと、自分を鼓舞するかのように頷く拓海だった。うん、好きになるのは何も悪いことではないし、ネガティブになる必要もないだろう。


「そうだね、あまり考えすぎない方がいいと思うよ。拓海の気持ちを大事にした方がいいよ」

「そ、そうだな。もうすぐ後期が始まるから、また川倉先輩と話すことも増えそうだな……な、なんか緊張するっつーか」

「うん、気持ちは分かるけど、今まで通り普通に接していけばいいんじゃないかな。そしてそのうち二人でお出かけしてみたり」

「お、おお、ガチガチになりそうだけど、そ、そうしてみるよ。ちゃんと誘えるかな……」


 また拓海の顔が赤くなった。緊張はすると思うが、サークルでも今まで通り普通に接するのが一番だと思う。そうすればきっと川倉先輩も……。


「ああすまん、レポートが途中だったな、いつの間にか恋の話してしまった。続き書かないとな」


 そう言ってパソコンに向かう拓海だった。

 それからしばらくレポートに集中して、僕も拓海もなんとか終わらせることができた。拓海の恋のこと……はとても気になるが、僕も変なことはせずに今まで通り普通にしておこうかなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る