第99話「父親」
十一月最後の土曜日、今日はバイトに入ることにしていた。
カメラを買おうと思ってバイトも頑張ろうと思っていた。ちょっと調べたところカメラはタブレットよりもさらにお高い買い物となりそうだ。もう少し頑張って、お金を貯めよう。
今日は舞衣子ちゃんもバイトに入っていて、元気に頑張っている。もう一人でできないことはない。舞衣子ちゃんもおとなしいけど真面目でしっかりと取り組むタイプなのだなと思った。
品出しをしていると、「日車くん、日車くん」と、店長に呼び止められた。
「はい、どうかしましたか?」
「あ、いやいや、鈴本さんがどんどん明るくなっていて、声も出るようになってきたなと思ってね」
「そうですね、僕も安心していたところでした」
「そうだよね、一時期元気がなかったけど、こうして頑張ってくれると嬉しいよ。日車くんもそうだけど、なんか自分が本当の親のような目線になってしまうよ、あっはっは」
いつものように店長が笑った。たしかに親の離婚などもあって一時期は元気がなかった舞衣子ちゃんだが、どんどん明るくなっている。僕も嬉しい気持ちになっていた。パートのおばちゃんも「鈴本さん、明るく元気に頑張っているわね。日車くんも鈴本さんも若いのに偉いわー、うちの子も見習ってほしいわ」と言っていた。
そんな感じでバイトを三時まで頑張り、僕と舞衣子ちゃんは「お疲れさまでした」と言って上がることにした。外は風が冷たい。舞衣子ちゃんもコートを着ていた。
「舞衣子ちゃん、お疲れさま。そういえばこの前給料日だったけど、舞衣子ちゃんは買いたいものとかあるの?」
「お疲れさま、うーん、今はないかな……貯めておこうと思ってて」
「そっかそっか、うん、いいんじゃないかな。そのうち買いたいものもあるかもしれないからね」
「うん、団吉さんは何か買いたいものがあるの……?」
「実はカメラを買いたいなって思っててね。一応サークルが写真研究会だから、本格的なカメラも欲しいなと思って」
「そっか、写真すごかった……あんな感じに撮れると楽しそう」
「あはは、ありがとう。まぁもうちょっとバイトを頑張ることにするよ」
そんなことを話して帰ろうとしたその時だった。
「だ、団吉……!」
僕を呼ぶ声がした。見ると絵菜がこちらに来ていた。そういえば絵菜も今日はバイトだと言っていた。終わったのかな。
「あ、絵菜、お疲れさま。終わったの?」
「う、うん、なぁ、一緒に帰らないか……?」
「そっか、うん、じゃあ三人で一緒に帰ろっか」
「あ、団吉さん、絵菜さん、よかったらまた喫茶店に行かない……? 最近のことも話したくて」
舞衣子ちゃんが恥ずかしそうに言った。なるほど、今日はこの後予定もないし、たまにはいいかなと思った。
三人で駅前の喫茶店に行く。そういえば舞衣子ちゃんの家庭のこともここで初めて聞いたなと思い出した。中はそんなに人も多くなくて、奥の席に三人で座ってジュースやコーヒーを注文した。
「ごめん、急に付き合わせて……ありがと」
「ううん、大丈夫だよ。この前舞衣子ちゃん、お母さんとはうまくやれてるって言ってたよね」
「うん、お母さんもうちのこと怒ったりしなくなった……仲良くやってる」
「そっかそっか、それはよかったね」
「……なぁ、舞衣子ちゃん、お父さんと会いたいと思う?」
絵菜がぽつりと訊いた。
「うーん、今はそうでもないかな……お父さん、すぐ怒ってたからあんまり好きじゃなくて……やっぱりたまには会った方がいいのかな……?」
「そっか、ううん、舞衣子ちゃんが会いたくないのなら、無理に会わなくてもいいと思う」
「そ、そっか……絵菜さんのお父さんは嫌な人だったの……?」
「うん、金遣いが荒くて、すぐ私や真菜や母さんにも暴力ふるってた。まぁ、私も殴ったことがあるんだけど……」
そういえば高校二年生の時、絵菜の父親が急に絵菜の家に来たことがあった。あれは絵菜も真菜ちゃんもとてもきつい思いをしたが、その時のことを絵菜も思い出したかなと思った。
「そっか……じゃあ、絵菜さんもお父さんには会いたくない……?」
「うん、もう会いたくない。自分の父親だけど、あんな奴は父親じゃないと思ってる。舞衣子ちゃんはそこまでじゃないだろ?」
「う、うん、そこまでではない……かな」
「うん、そっちの方がいいと思う。もしかしたら今後お父さんに会いたくなる時もあるかもしれないから、その時で大丈夫だよ」
絵菜がそう言うと、舞衣子ちゃんは「そ、そっか……」と、ちょっと恥ずかしそうにしていた。
「舞衣子ちゃん、舞衣子ちゃんの気持ちが一番大事だからね。絵菜もこの前言っていたけど、一人で抱え込まずに、何かあったら僕たちに話してね」
「う、うん……ありがと。団吉さんも絵菜さんも優しいね……」
「ううん、実は店長やパートのおばちゃんも、舞衣子ちゃんが明るく元気になってきているから、嬉しいって言ってたよ。舞衣子ちゃんの味方はたくさんいるよ」
「そ、そっか……なんか恥ずかしいけど、バイトは頑張りたいから……」
ジュースに口をつけながら、やはりちょっと恥ずかしそうな舞衣子ちゃんだった。
「あ、絵菜さんごめん、嫌いなお父さんのこと思い出させてしまって……」
「ううん、大丈夫。そういえば私も団吉も舞衣子ちゃんも、今は父親がいないんだな。私たち、なんか似てるな」
絵菜の言葉を聞いて、そういえば絵菜が初めてうちに来た時、「私たち、なんか似てるな」と言っていたことを思い出した。
「あ、そうだね……団吉さんのお父さんはどんな人だったの……?」
「僕の父さんはとても優しかったよ。僕や日向を怒ることもなかったし。まぁ病気で亡くなってしまったから、もう会うことはできないんだけどね」
「そうだったんだね……そっか、団吉さんはお父さんに似て優しいんだね」
「え、ま、まぁ、ちょっと優しすぎるかなぁと思うこともあるんだけどね……あはは」
「ふふっ、団吉はやっぱり優しくないと団吉らしくないよ」
「うん、団吉さんは優しいところがいいと思う……」
「そ、そっか、まぁ、僕はこのままでもいいのかな……いやもうちょっと日向には厳しくいった方が……ブツブツ」
僕がブツブツつぶやいていると、絵菜と舞衣子ちゃんが笑った。
ま、まぁ、僕のことはいいとして、舞衣子ちゃんも元気に頑張っているのだ。僕も負けないようにしないとなと思っていた。
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