第51話「お誘い」

「あー、午前中も終わったねー、いつも思うけどなんだか疲れちゃうな」


 私の横で春奈がうーんと伸びをしながら言った。今日も午前中の授業が終わり、私もふーっと息を吐く。

 今日は今後の就職活動についての説明もあった。ネイリストとしてはネイルサロン、美容室、エステサロン、うちのような美容専門学校やネイルスクールへの就職という手もあるらしい。他にも色々とあり、説明を聞いていると本当に私が就職できるのかなと不安になってしまった。


「ああ、お疲れさま。お昼食べるか?」

「そーだねー、また上の階に行きますかー! 佑香も行くでしょ?」

「……うん」

「よっしゃ、みんなでご飯食べよー、お腹空いちゃったよー」


 いつも通り元気な春奈を先頭に、エレベーターで最上階に行く。広い休憩スペースに人はそこそこいたが、私たちはいつもの席に座ることができた。


「なんとか座れたねー、あ、絵菜は今日もお弁当なんだねー、お母さんが作ってくれたの?」

「あ、いや、今日は真菜が作ってくれた」

「ええー! やっぱり真菜ちゃんすごいなぁ。なんか可愛らしいお弁当!」

「……ほんとだ、可愛い」

「ま、まぁ、こんなに可愛くしなくてもいいんだけどな……」


 ご飯にハートマークのふりかけがついていて、ちょっと恥ずかしかったが、まぁ真菜が頑張って作ったものだ。ありがたくいただくことにしよう。


「よーし、いただきまーす! 私なんて今日もコンビニで買ってきたパンだよー。なんか寂しい気持ちになっちゃったな」

「……春奈も作ればいいのに」

「うーん、朝ぎりぎりまで寝ちゃうからねー、どーしても作る時間がないというか」


 そう言って春奈がふああとあくびをした。私と佑香は笑ってしまった。


「あ、そういえば就職活動の話あったな……なんか、本当に就職できるのか心配になってしまった……」

「ああ、ほんとだねー、来年の今頃は働いているはずなんだよなぁ。なんか想像できないなー」

「……二人は志望している就職先とかある?」


 佑香がぽつりと訊いてきた。うーん、私はぼんやりとネイルサロンかなぁと思っているが、本当にそれでいいのかよく分からなかった。


「うーん、私はチェーン店でも個人のお店でもいいから、ネイルサロンかなぁと思っていたところで……春奈と佑香はあるか?」

「そうだねぇー、私もネイルサロンかなぁ。まだここ! っていうところは見つかってないんだけどねぇ。佑香はー?」

「……私はここの学校に就職しようかなって……教えるのも悪くないなって思って……」


 佑香が恥ずかしそうに言った。なるほど、たしかにうちの学校でも毎年求人募集はやっているみたいだ。先生になるということか。


「なるほど、佑香は先生になるのか……うん、いいんじゃないかな」

「……うん。でもそのためには、もうちょっと話せるようにならないと……」

「ああ、佑香の気持ち分かる。私もトークが苦手だから、もっとその練習もしないとな……」

「そーだねー、べっぴんさん二人はトーク力を身につけないとねー。私のおしゃべり能力を分けてあげようではないか!」

「……それはいらない」

「あーっ、佑香め、生意気なこと言ってー!」


 そう言って春奈が佑香をポカポカと叩いていた。い、いつも通りの光景で安心するというか。


「ま、まあまあ……佑香、まだあともう少しあるから、一緒に頑張っていこうな」

「……う、うん……そ、それと、話は変わるんだけど、その、あの……」


 佑香が何か言いたそうにして言葉に詰まっていた。春奈が「んー? どしたのー?」と訊いていた。私は佑香が話すまで待つと、


「……そ、その、夏休みに小寺と、で、デートして、私の気持ちを伝えようと思って……」


 と、佑香が顔を真っ赤にしてぽつぽつと話した。


「お、おおー! 佑香、ついにその気になったんだね、うんうん、いいことだと思うよー」

「そっか、佑香、緊張するだろうけど、頑張ってな」

「……う、うん。まだお誘いはできてないんだけど……」

「――あ、みんないる! お疲れさま!」


 その時、聞き覚えのある声がした。見るとその小寺が笑顔でこちらに来ていた。


「あ! う、噂をすればなんとやら……」

「ん? 噂? 何か話してたの?」

「ああ!! い、いや、なんでもない……小寺はお昼食べたの?」

「ああ、もう食べたよ。ちょっとコーヒーでも飲もうかと思って上まで来たんだけど、みんないるとは!」

「そ、そっかー、あ、よかったら小寺そこ座って! 佑香が話したいことがあるんだってさー」

「……は、春奈……!」

「お、じゃあおじゃまして……鍵山さんが話したいことがあるのか、なんだろう、ドキドキするね!」


 小寺がニコニコして佑香を見る。佑香は「……あ、そ、その……」と、うまく言えないでいた。


「……佑香、頑張って」


 そっと佑香に声をかけると、佑香は小さくうなずいた後、姿勢を正して、


「……こ、小寺、よかったら夏休みに……で、デートしないかな……?」


 と、言った。


「おお、夏休みにデートか、うん、もちろんいいよ。鍵山さんにこうして誘ってもらえるなんて思わなかったよ! ありがとう」

「……あ、い、いや、こちらこそ……」

「おおー! よかったねぇ佑香。小寺、ちゃんとエスコートするんだぞー、男として紳士にさ」

「あ、ああ、そう言われるとなんか緊張してしまうんだけど、鍵山さんが行きたいところに行こうか。どこでもいいよ」

「……あ、か、考えておく……」

「分かった。あーなんか夏休みが楽しみになってきたよ! 今日はめっちゃいい日だ! 梅雨も明けたしね!」


 そう言って小寺があははと笑った。なんとなくでもいいから佑香の気持ちに気づいてくれるといいのだが、鈍感な小寺はそんなに気づいてなさそうだな……それは小寺に失礼だろうか。


「佑香、よかったな。二人で楽しんできて」

「……う、うん、私も楽しみになってきた……」

「鍵山さん、ほんとにありがとう……って、鍵山さんばかりに決めさせるのも悪いから、俺も行きたいところ考えておくね」

「……う、うん……分かった」


 なかなか小寺の顔を見れない佑香だった。そうか、自分の気持ちを伝えるのか。緊張はすると思うが、頑張ってほしい。私と春奈は、そう思っていた。

 

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