第50話「教習所」

「はい! お母さんは決めました!」


 火野たちが来た日の夜、夕飯を食べていると、急に母さんがそんなことを言った。決めた? 何のことだろうか?


「ん? 母さん急にどうしたの?」

「ふふふ、今日ね、絵菜ちゃんたちのお母さんと話してきてね、団吉も絵菜ちゃんもそろそろ必要なんじゃないかなーってね」


 僕も絵菜もそろそろ必要? 何のことかさっぱり分からなかった。


「必要……? な、何のことかよく分からないんだけど……」

「ふふふ、決まってるでしょ、車の運転免許よ。二人とももう取れる年なんだし、二人で一緒に教習所に行ってきなさい」

「あーなるほど、車の免許……って、え!? な、何で急に!?」

「これから先必要なものだし、団吉も絵菜ちゃんも夏休みでしょ、行くチャンスじゃない。一応お母さんも免許は持ってるんだけどね、うちは車がないからペーパードライバーでねー、二人が免許を取って、車を買ったら、その時は練習させてもらおうかなってね」


 な、なるほど、なぜ急にそんな話になったのかはよく分からないが、母さんの言うことも一理ある……のか?


「そ、そっか、まぁいいけど……あ、そういえば大学の友達も夏休みに免許取るって言ってたな……」

「あらまぁ、そうなのね、じゃあお友達と一緒に三人で行ってきなさい。あ、お金は心配しなくていいわよ、お母さんが出してあげる」

「え!? そ、それは申し訳ないというか……」

「いいのよ、このくらい親に甘えておきなさい。絵菜ちゃんたちのお母さんもそのつもりみたいだからね、今頃話してると思うわ」

「そ、そっか……なんかよく分からないところで話が進んでたけど、友達と絵菜と話しておくよ」

「そっかー、お兄ちゃんもついに車を運転できるようになるんだねー、もしかしたらお兄ちゃん、ハンドルを握ると人が変わったりして」

「ひ、日向はどこで覚えたんだそんなこと……それはないと思うよ……たぶん」


 う、うーん、やはりなんかよく分からないが、とりあえず母さんに従っておかないと怒られそうな気がしたので、僕は夕飯を食べ終えてから絵菜と拓海にRINEを送った。



 * * *



 それから二日後、僕と絵菜と拓海は、教習所へ行くことにしていた。拓海は先に行ったかなと思って訊いてみたら、これから行くつもりだったとのことなので、じゃあ一緒に行こうと話していた。僕と絵菜は一緒に電車に乗って、教習所へ行く。現地で拓海と待ち合わせにしていた。最寄り駅に着いて歩いて行くと、教習所が見えてきた。あ、拓海が玄関のところにいるみたいだ。


「ごめん、待たせたかな」

「いやいや、俺もさっき着いたばかりだからさ」

「そっか、あ、二人ははじめましてだね、絵菜、こちらが印藤拓海くん。拓海、こちらが沢井絵菜さん」

「あ、は、はじめまして、沢井絵菜といいます……」

「あ、どうも、はじめまして、印藤拓海といいます」


 ちょっと緊張気味の絵菜と、サラっと自己紹介する拓海だった。二人とも性格が出ているなと思った。


「拓海ごめん、前に免許の話してたけど、急に三人で行くことになって……」

「いやいや、俺も一人だとちょっと心細かったし、二人がいてくれてありがたいよ。じゃあ行こうか」


 三人で教習所に入る。受付にいる女性の方に声をかけた。


「すみません、Webフォームから予約を行った日車と沢井と印藤と申しますが……」

「はい、ちょっとお待ちくださいね……ああ、日車様と沢井様と印藤様ですね、たしかに確認できております。それではこちらに記入をお願いできますか?」


 申込用紙をもらって、三人で記入していく。その時拓海が、


「なぁ、そういえば二人はMTとAT限定、どっちにするんだ?」


 と、訊いてきた。


「うーん、最近はAT限定で取る人も多いって聞いたから、そっちでいいかなと思ったら、母さんに『せっかくならMTで取っておきなさい』と勧められたから、MTにするつもりだよ」

「わ、私はAT限定にしようかなと……たぶん難しいことできないだろうし」

「そっか、俺もMTにするつもりだったから、団吉と一緒だな。でも沢井さんみたいに女性はAT限定で取る人も多いのかもな」


 拓海がニコッと笑った。笑顔もカッコいいな……と思っていたら、


「……な、なぁ団吉、印藤……って、か、カッコいいな……火野みたい」


 と、絵菜がこっそり僕に言った。


「ああ、カッコいいでしょ、僕も最初火野を思い出したよ。なんか言動が似ていてね」

「ん? 二人で何の話してるんだ?」

「あ、絵菜が拓海がカッコいいって言っててね、僕たちの友達に似てるって話してたところだよ」

「だ、団吉……! それ言っちゃダメ……!」

「あはは、そうかなぁ、自分ではよく分かんないんだけどな。でも素直に喜んでおこうかな、女性に褒められたんだし」


 また拓海が笑った。絵菜も火野みたいだと思ったのか、気持ちは分かるなと思った。

 申込用紙と必要書類を提出して、僕たちは一番最初の学科を受けることになった。全員が一番最初に受けないといけないらしく、僕たちの他にも何人か受ける人がいた。運転の心得等のお話があり、本当に自分が車を運転するんだなと、少しドキドキした。

 その後、今後の予定を決めていた。三人ともバイトがあるので、バイトとかぶらないようにしないといけない。とりあえず三人とも明日から学科と実技の予定を入れていた。


「なんか、自分が車を運転するって、不思議な感覚っつーか、ドキドキするな」

「うん、僕も同じようなこと思ってたよ。絵菜も一緒?」

「う、うん、なんか不思議な感じ……ほんとにできるのかなって、ちょっと不安……」

「みんな最初はそうなんだろうね、大丈夫、頑張ろうね。あ、せっかくだしなんかお昼食べに行く?」

「お、そうだな、駅の近くにファミレスあったし、そこ行くか。二人が出会った話とか聞きたいしな」

「え、ぼ、僕たちの話……? ま、まぁいいか、じゃあそこに行こうか」


 三人で駅の近くのファミレスに行った。ほ、本当に拓海は僕たちのことを色々訊いてきた。なんか池内さんと鍵山さんに会った時のことを思い出すな。

 それはいいとして、僕たちもついに車を運転するのだ。さっきも思ったが少しドキドキすると同時に、楽しみになってきた。

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