第53話「笑い上戸」

 それからしばらく居酒屋で僕たちは盛り上がっていた。

 僕と拓海とエレノアさんがお酒が呑めるということで、先輩方も嬉しそうだ。夢が叶ったとでもいうのだろうか。テンションが上がっていた。


「ぷはーっ、ビールがうまい! あ、拓海くんも焼酎呑んでみる? 美味しいよ~」

「お、おお、じゃあ一杯もらってみようかな……」


 川倉先輩がグラスを二つ用意してもらって、水割りの焼酎を作っている。拓海もまあまあ呑めるみたいだからな、川倉先輩も嬉しいだろう。


「拓海くんはまあまあ呑めるのだね、団吉くんもそんなに変わってないね。いいなぁ、うらやましいよ」


 慶太先輩がビールをちびちびと呑みながら言った。顔はもう赤い。まぁ、自分の呑める範囲で楽しむというのが一番いいのだろう。


「あ、はい、まぁ慶太先輩も自分のペースで楽しむのがいいのではないでしょうか」

「そうだね、無理はしないようにするよ」

「ダンキチ~、ケイタ~、のんでる~? おいしいね~」


 僕の横でエレノアさんが語尾を伸ばしながら話しかけてきた。あ、これもう酔ってるかもしれない。この前の飲み会で僕は学んでしまった。


「おお、エレノアさんも楽しそうだね!」

「あ、う、うん、呑んでるよ。エレノアさんはビールが好きみたいだね」

「びーるすき~、でもダンキチもすき~、ダンキチかわいいね~」


 そう言いながらぐいぐい僕に迫って来るエレノアさんだった……って、ち、近――


「おお、エレノア先輩が楽しそうだ……! すごいですね!」

「ほんとほんと! エレノア先輩酔ってるんですかね、なんかいつも以上に日車先輩に近いような……くそー私も早く酔っぱらいたいー!」


 天野くんと橋爪さんが楽しそうに僕たちを見てくる。


「え、は、早く酔っぱらいたいというのも変かもしれないけど、二人も楽しんでる?」

「はい! 料理も美味しいし、みなさんが楽しそうで、僕も楽しい気持ちになっているというか」

「私もです! これが大人というやつですね……! 勉強になります!」


 こ、こういうところを勉強するのもどうかと思うが、ま、まぁいいか。

 その時、静かな人がいることに気がついた。左を見ると焼酎をぐいっと呑む成瀬先輩がいた。


「な、成瀬先輩、焼酎って美味しいですか……?」

「……ふふふ~、もちろんよ~、団吉くんも大人の仲間入りしたけん、焼酎ば呑んでみらんね? 作っちゃるけんね~」


 成瀬先輩がいつものように出来上がっている。普段は口にしない博多弁全開だ。大将からグラスをもらった成瀬先輩は、水割りの焼酎を作ってくれた。


「さあさあ、団吉くん、くいっといかんね~」

「あ、は、はい……ど、どんな味なんだろう……」


 僕は焼酎を一口いただく……ん? 少しお酒のにおいがするな、そしてビールの炭酸とはまた違ってストレートにお酒の味を感じることができる気がする。これはこれで美味しいなと思った。


「どうね? 美味しかやろ?」

「あ、は、はい、なんか味が深くて、美味しいです」

「おおー! 団吉くんも拓海くんも焼酎デビューかぁ~、美味しいよね~」

「ああ、亜香里さん、美味しいなこれ、うん、美味しい! 美味しいな!」


 あ、拓海が同じ言葉を連発している。これは酔ってきているのかもしれない。僕もだんだんふわふわと楽しい気持ちになってきた。


「ふふふ~、団吉くんもけっこう呑める人やったんやね~、私嬉しか~」

「ダンキチ~、びーるおいしい~、おいしい~」

「え、あ、た、たしかに美味しい……って、ち、近――」


 両側から成瀬先輩とエレノアさんがぐいぐいと僕に迫って来た。ち、近い……二人ともお酒の奥にふわっといいにおいが……はい神様、僕は変態です。


「蓮さんも相変わらずだね。でも楽しそうでよかったよ。団吉くんと呑みたいと言っていたからね」

「そ、そうですね、なんか近いけど……ぷ、くくく、あはははは」

「あ、あれ? 日車先輩? なんか笑ってますけど……」

「あ、ああ、天野くん、楽しいね、ふふ、あはははは」

「ひ、日車先輩? ま、まさかお酒に酔って笑い上戸とかになるとか、そういうことですか……!?」

「え? やだなぁ橋爪さん、僕は普通だよ……うふ、あはははは」

「お、おおー、団吉くんが壊れてる~! 可愛いね~、楽しいのはいいことよ~」

「そうそう、楽しかったらよかとよ~、お酒は楽しく呑まんといかんけんね~」

「た、楽しいです……ふふ、くくく、あはははは」


 ふわふわ楽しい気持ちになって、その後のことはよく覚えていなかった。



 * * *



「……申し訳ありませんでした……!」


 その後、いい時間になって来たので、解散ということになった。いつものように大将と章子さんにお礼を言って、店の外に出たら僕はすべてを思い出した。うう、またやってしまった……!


「あはは、いいじゃんか、団吉も美味しいお酒が呑めたっつーことだからな」

「そうそう~、団吉くん、いいのよ~、誰かに迷惑かけたってわけでもないしさ~」

「そ、それはそうなのですが……お恥ずかしいところを……」


 うう、拓海と川倉先輩の優しさが身に染みる……!


「なんだか、日車先輩も完璧じゃないんだなって分かって、嬉しくなりました!」

「ほんとに! 酔った日車先輩もいいですね……! 私の胸に飛び込んできてもらってもいいですよ!」

「え!? い、いや、それは逮捕案件な気が……」

「まぁいいではないか! 楽しいお酒を呑むというのはいいものだよ。団吉くん、そんなに気にしないでくれたまえ」

「そうそう~、団吉くんと呑めて、私嬉しか~。また一緒に呑もうね~」

「あ、はい、またぜひゆっくりと……あはは」


 ま、まぁ、楽しい時間だったのは間違いないので、みなさんの言う通り気にしすぎなくてもいいのかなと思った。


「ダンキチ~、かわいいね~、えがおがいい~」


 そう言って僕の右腕に絡みつくエレノアさんだった。


「あ、え、エレノアさんも楽しかった?」

「うん、たのしい~、わたしたのしい~」

「ああ、楽しいな! うん、楽しい!」

「え、エレノアさんも拓海も、けっこう呑んだみたいだね……まぁいいか」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。僕もふわふわ楽しい気分になって、ちょっと呑みすぎたのかもしれないが……まぁ、自分のペースで呑むことができたら、それでいいのかなと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る