第72話「佑香の想い」

 八月三十一日、ついにこの日がやってきた。

 私、鍵山佑香は、想いを寄せる小寺とのデートの約束をしていた。

 私は精一杯のおしゃれをして、待ち合わせにしている学校の最寄り駅まで来た。待ち合わせ時間にはあと二十分もある。楽しみだったのは間違いないが、それ以上にある決意を持っていた私は、いつも以上に緊張していた。


(……うう、緊張する……でも、ちゃんと、私の気持ちを……)


 心の中で何度も「大丈夫」と自分に言い聞かせて、私は小寺を待つ。待ち合わせ時間の五分くらい前に小寺はやって来た。


「――ああ、鍵山さんこんにちは! ごめん待たせてしまったかな」

「……あ、い、いや、大丈夫……私が早く来すぎたから」

「そっか、でも女性を待たせるのはよくないよね。今度から気をつけるよ」


 小寺はさりげない優しさがあるな……と思っていた。最初は悪い噂のせいもあって、冷たい態度をとってしまった。でも、小寺に助けられてから、私は小寺を見る目が変わった。優しくて、頼りがいがあって、男らしい小寺に、私は惹かれていった。


「じゃあ行こうか、電車もうすぐ来るみたいだし」

「……う、うん」


 二人で電車に乗って移動する。今日は映画を観ようと二人で話していた。この夏に公開になった恋愛映画を私が観たいと思ったからだ。小寺は快くOKしてくれた。

 ショッピングモールにやって来た私たちは、二階の映画館へ行く。映画が始まる時間までもう少しあるようだ。私と小寺はジュースとポップコーンを買って、早めに席に座る。


「なんか、夏休みも最後の日だからか、そこまで人が多いって感じではないね。ちょうどよかったかもね」

「……う、うん、ゆったり観れる……」

「うんうん、この映画、鍵山さん観たかったって言ってたね」

「……う、うん、刺激になるかなと思って」

「そっか、あらすじ読んだけど、なんか感動的な物語のようだね」


 うう、なかなか小寺の方を見て話すことができない……しっかりしないと、鈍感な小寺には気づいてもらえないのに……。

 しばらくして、映画が始まった。アイドルグループの女の子が主人公の、淡い恋模様を描いた恋愛映画だ。もちろんストレートに男の子とお付き合いするものではなく、途中には試練が待っている。その試練も強い気持ちで乗り越えていく女の子が、輝いて見えた。


(……いいな、あの子みたいに、私も強い心を持つことができればな……)


 どこか羨ましさも感じる私だった。

 二時間弱の映画は、最後はちゃんと男の子と結ばれたのだが、男の子が留学をするということで、成長して絶対に再会しようと約束をしていた。女の子だけでなく、男の子も強い。二人の絆に深く感動した。


「……いい映画だったね」


 私の隣で、小寺がぽつりと言った。スクリーンにはエンドロールが流れている。私は「……うん」と、小さな声で返事をした。

 エンドロールも終わり、館内が明るくなる。他のお客さんは席を立つ。私がなかなか動けなかったのは感動したのもあるが、もう一つの理由もあった。それは――


「……俺たちも行く?」


 小寺が私に訊いてきて、私はぐっと力が入る。


「……あ、こ、小寺、聞いてほしいことが、あるの……」


 私は、覚悟を決めた。


「……あ、あの、小寺、私、あなたのことが、好きです……あの女の子のように、私も強い女性になりたい。だから、私の気持ちを小寺に伝えたくて……」


 ついに言った。声は小さかったが、私の気持ちを小寺に伝えた。

 反応が怖かった。もしかしたらフラれるかもしれない。でも、それでもいい。私自身が勇気を出して一歩踏み出せたことが大きい。

 なかなか小寺の目を見れないでいると、手が急にあたたかくなった。なんだろうと思ったら――


「……あ、あの――」

「……ちょっと、外に出ようか」


 小寺はそう言って、私を引っ張るようにして外に出た。映画館のロビーの片隅で、足を止めた。


「……ごめん、急に連れ出して」

「……う、ううん、大丈夫……私こそごめん、急に変なこと言って――」

「変なことじゃないよ。鍵山さんの気持ち、しっかりと受け取ったよ。俺も、鍵山さんのことが好きです。これは俺の正直な気持ち。鍵山さんが勇気を出して言ってくれたから、とても嬉しいよ」


 小寺はそう言って、私の手を両手でぎゅっと握った。男らしくて、大きな手で、私の手は包まれた。


「……え、あ、そ、それって……」

「本当は今日、俺も自分の気持ちを鍵山さんに伝えるつもりだったんだ。でも先に言われてしまったね。俺の方がどこで言おうかとか、考えすぎたのかな」

「……い、いや、あんなところで言った私もどうかと思う……」

「ううん、いいんだよ。ああ、今日はとてもいい日だ。これまでも何度もそんな日があったけど、今までで一番、嬉しい日になったよ」


 小寺がニコッと笑った。イケメンは笑顔も絵になるな……って、わ、私は何を考えているのだろうか。

 その時、ほっとしたのか嬉しかったのか、私はぐっと込み上げてくるものがあった。な、なんでこんな時に目から涙が……私は恥ずかしくて左手で目を隠した。


「……あ、ありがとう……嬉しい……ごめん、なんか分からないけど、涙が……」

「ああ! ご、ごめん! 俺、泣かせるようなことを……」

「……ううん、小寺は悪くない……嬉しくて、ほっとして、つい……」

「そ、そっか、よかった……どうも俺、女性の心には鈍感みたいで、よく分からないことも多いけど、これからも、よろしくお願いします」


 小寺が私の手を握ったまま、ペコリとお辞儀をした。


「……私こそ、よろしくお願いします」


 私もつられてお辞儀をした。なんだかちょっとおかしくなって、つい笑うと、


「あ、鍵山さんの笑顔が見れた。嬉しいな。もっと近くで見せてよ」


 と、小寺が言った。


「……え!? い、いや、それは恥ずかしい……」

「ガーン! そ、そんなぁ〜、もっと鍵山さんの笑顔が見たいよ〜」


 いつもの小寺になって、実は心の中でちょっと安心していた私だった。


「あ、お昼過ぎてたね、何か食べに行こうか」

「……うん、もんじゃ焼きがいい」

「おっ、分かった、また俺が美味しく作ってあげるよ!」


 私と小寺は手をつないだまま、もんじゃ焼きのお店まで移動する。

 ……春奈、絵菜、私、ついに言ったよ。こんな私でも、人を好きになって、本当によかったなって思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る