第71話「誕生日会」
八月も今日で終わる。
暦の上では秋なのだが、残暑がまだ続いている。僕は持っていたハンドタオルで汗を拭った。
今日は絵菜の家で、真菜ちゃんのちょっと早めの誕生日会をしようという話になっていた。それで今日向と一緒に絵菜の家に向かっている……のはいいのだが、僕の左手をしっかりと握っている日向がいた。本当に兄離れできない……いや、あまり言うのもよくないかな。こういうところが妹に甘いのだろうか。
「お兄ちゃん、真菜ちゃんへの誕生日プレゼント、持ってきた?」
「ああ、忘れてないよ。一番大事なものだからね」
「よしよし、真菜ちゃんが喜んでくれるといいなぁ」
たしかに、真菜ちゃんが喜んでくれるのが一番だ。その気持ちは僕も一緒だった。
日向と話しながら歩いて来て、絵菜の家に着いた。僕がインターホンを押すと、「はい」と聞こえてきた。「こんにちは、日車です」と言うと、「まあまあ、ちょっとお待ちくださいね」と聞こえてきた。お母さんだろうか。
すぐに玄関のドアが開いて、お母さんが迎えてくれた。
「まあまあ、団吉くんに日向ちゃん、こんにちは。外は暑かったでしょう、早く入ってください」
「こんにちは、すみませんおじゃまします」
「お母さんこんにちは! おじゃまします!」
「ふふふ、団吉くんはお久しぶりですね。またカッコよくなりましたね」
「え、あ、そうですかね、自分ではよく分からないのですが……あはは」
ちょっと恥ずかしい思いをしながら、僕たちは上がらせてもらった。リビングに行くと、絵菜と真菜ちゃんがいた。
「あ、いらっしゃい」
「まあまあ、お兄様、日向ちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、二人とも何かやってたの?」
「あ、メロディスターズの新曲の動画を観てた」
「ああ、あれか、僕も観たよ。カッコいい曲だよね」
「私も観ました! 東城さんもみなさんもカッコいいなぁって思いました!」
東城さんもきっと今頃頑張っているのだろう。僕は嬉しい気持ちになっていた。
「うん、日向ちゃんの言う通りだね……って、今日はお二人が来てくれましたが、何かあったのでしょうか?」
「あ、も、もうすぐ真菜の誕生日だから、先にお祝いしようと思って、二人に声かけた……」
「……まあまあ! そっかそっか! そういえばもうすぐ誕生日でした。ちょっと忘れていたみたいです」
そう言って真菜ちゃんがテヘッと舌を出した。それを見てみんな笑った。
「はい、真菜ちゃん、これ誕生日プレゼント。絵菜と僕と日向からだよ」
「……ええ!? ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」
「うん、もちろん」
「なんだろう……わわっ、これは……リップですか?」
「うん、真菜ちゃん、これ中にお花が入っているんだよ」
「……まあまあ! ほんとだ、すごい! こんなものがあるんだね! あ、もう一つある……こっちは、タンブラー?」
「あ、ああ、真菜が使ってるタンブラー、けっこう古くなっていたから、いいかなと思って」
「そういえば火野さんからもらったものをずっと使っていたなぁ。お姉ちゃん、お兄様、日向ちゃん、ありがとうございます。こんなにいいものをもらってしまった……私幸せ者です。もう思い残すことはないです」
「い、いや、いなくなったらダメだからな……真菜、誕生日おめでと」
「真菜ちゃん、誕生日おめでとう」
「真菜ちゃん、おめでとう!」
「ふふふ、よかったですね真菜。もちろんお母さんからもケーキのプレゼントがあります。みんなでいただきましょうか」
お母さんがケーキとコーヒーを持ってきてくれた。
「まあまあ! お母さんありがとう! わぁ、美味しそうなケーキが!」
「ふふふ、真菜から選んでどうぞ」
「そうだなぁ、じゃあこの苺のショートケーキにしようかな!」
みんなでケーキを選んで、一緒に食べることにした。僕はモンブランだ……あ、甘いんだけど甘すぎず、栗のクリームが美味しい。
「お兄ちゃん、ちょっとくれない? 私のもあげるからさ」
「ああ、いいよ、日向のはチョコレートケーキか……あ、これも美味しい」
「ふふふ、団吉くんと日向ちゃんは、本当に仲良しですね」
「あ、そ、そうですかね、なんか恥ずかしいですが……あはは」
「恥ずかしがらなくていいのですよ。そして真菜も十八歳ですか、早いものですね」
お母さんがニコニコ笑顔でそう言った。たしかに、最初に会ったのが真菜ちゃんが十四歳になる前だったから、時の流れと言うのはあっという間だなと思った。
「うん、自分が十八歳だなんて、ちょっと信じられないところもあるんだけど、こうしてみなさんがお祝いしてくれるから嬉しいなぁって!」
「なんか真菜ちゃんの気持ち分かるよ。僕も似たような気持ちになってたから」
「まあまあ、お兄様もですか! あ、そうだ、私、お兄様の大学を受けるために、今勉強頑張ってます! またそのうち教えていただけると嬉しいです」
「ああ、日向からも聞いたよ。真菜ちゃんなら大丈夫だよ。この先模試とかもあって大変だろうけど、頑張ってね」
「はい! またお兄様の後輩になりたくて! そしてお兄様と一緒に大学に行くのが今の夢です」
「そ、そうなんだね、うん、その時を楽しみにしてるよ」
「いいなー、真菜ちゃんは勉強ができるもんなぁ。私はお兄ちゃんの大学には行けないからなぁ」
「まぁ、日向もちゃんと自分のやりたいこと見つけたんだから、いいんだよ。二人とももう少し頑張って」
僕がそう言うと、日向も真菜ちゃんも笑顔を見せた。
「ふふふ、子どもたちの成長は、親にとって一番うれしいものです。きっと団吉くんと日向ちゃんのお母さんも、同じことを思っていますよ」
「あ、お母さん、そういえばうちのお母さんが、今度ランチに行きましょうって言ってました!」
「まあまあ、ふふふ、ぜひ行きましょうとお伝えください。大人は大人で楽しませてもらいますね」
うちの母さんと絵菜たちのお母さんは仲がいい。子どもとしてもそちらの方がありがたいというか。
「……真菜が嬉しそうで、私も嬉しくなった」
僕の隣でぽつりと絵菜が言った。
「ほんとだね、毎年のことだけど、こちらも嬉しくなるよね」
真菜ちゃんも十八歳。年齢的にも大人に近づいている。勉強はもう少し大変だろうが、頑張ってほしいなと思った。
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