第31話「杉崎とデート」

「あ! ねえさん! こっちですこっちです!」


 ある土曜日、私はバイトも休みをもらって、駅前に来ていた。先日団吉から連絡があって、杉崎が私とデートしたいと言っていたとのことだったので、今日は杉崎と会うためにここに来たのだ。杉崎は『沢井』でも『絵菜』でもなく、『姐さん』と私のことを呼ぶ。そしてなぜか敬語だ。最初は恥ずかしかったが、だんだんと慣れてしまった。


「ご、ごめん、待たせたかな」

「いえいえ、あたし今日が楽しみ過ぎてめちゃくちゃ早く来ちゃって! ああ、姐さんは気にしないでくださいね!」

「そ、そっか、私も久しぶりに会うから楽しみにしてた」

「ひゃー! 姐さんに楽しみにしてもらえてたなんて! あたし嬉しすぎて空飛びそう~なんちって」


 杉崎がぴょんぴょんと飛び跳ねている。杉崎は高校時代と変わらず見た目はギャルっぽく、明るくてよく話す。おしゃべりという点では杉崎も春奈も同じくらいかと思った。


「じゃあ、行きましょうか、電車も来るみたいですし」

「あ、うん」


 私たちは電車に乗って移動して、ショッピングモールにやって来た。いつもここに来ている気がするが、まぁ気にするのはやめにしよう。

 二人で服などを見て回った。女性同士だとあれが似合うこれが似合うと、話が弾む。まぁ団吉と一緒の時も楽しいのだが、男性とはまた違う楽しさがあった。


「姐さんはやっぱりこういう黒を基調とした大人な感じがいいですねー!」

「そ、そうか、杉崎もこっちのチェックのスカートとか似合いそうだな」

「あははっ、ありがとうございます! あたしもギャルっぽい格好ばかりじゃなくて、こういうのもありだなー」


 そんな感じで二人で見て回って、この前春奈と佑香と食べたクレープ屋に来た。美味しかったのでまた食べたいと思ったのだ。私は期間限定の抹茶ティラミス、杉崎はカスタードイチゴバナナを選んだ。二人で近くにあったテーブルの椅子に座る。


「いただきまーす、あ、美味しい! 姐さんのは美味しいですか?」

「あ、うん、美味しい。抹茶がよく効いてる……食べてみるか?」

「ひゃー! ね、姐さんと間接キスしてしまうのでは……! い、いただきます! 姐さんもあたしのどうぞ!」


 二人で交換して食べてみる。うん、こちらもカスタードが甘くて美味しい。


「抹茶も美味しいですねー! あ、そうだ、姐さんは美容専門学校でしたよね、勉強難しいですか?」

「う、うん、まぁ難しいんだけど、少しずつ技術が身について嬉しいというか。杉崎は勉強難しい?」

「そうですかー! あたしもなかなか難しいんですが、いずれ社会に出た時に役立つんだなーって思うと、頑張れます! あたし高校時代はバカだったのにびっくりですよねー」


 杉崎が笑った。たしかに高校時代の勉強よりもさらに専門的なことを学んでいるため、身についている感覚が分かって嬉しかった。杉崎も同じ思いみたいでホッとした。


「まぁ、大変だろうけど、頑張って。あ、木下は元気にしてる?」

「あ、はい、大悟も元気にしてます! 学校は違うけど、たまに会ったりして……でも」


 そう言って杉崎がちょっと下を向いた。あれ? 何かあったのだろうか。


「……なんか、たまに不安になるんです。大悟はあたしみたいなギャルよりも、もっとおとなしくて可愛い人の方が好きなんじゃないかなって……あ、すいません、なんか急に暗い話してしまって」


 杉崎が顔を上げて少し笑ったが、心から笑っていない気がした。なるほど、木下は真面目でおとなしいタイプだ。杉崎とは正反対なのかもしれない。それでも私は、


「……杉崎、そんなこと考えなくていいよ。木下は明るい杉崎のことが好きになったんだから。杉崎を想う気持ちはまっすぐだよ。それに、木下は女性と話すのがちょっと苦手だったけど、杉崎となら普通に話せているから、そういう意味でも感謝してるんじゃないかな」


 と、杉崎の目を見て言った。私はどちらかというと他の女性に団吉をとられたくないという気持ちの方が大きかったのだが、杉崎のように自分より他の人の方がいいのではないかという気持ちもあるのだなと、新たな発見をした気分になった。


「……そうですね、大悟はあたしとなら普通に話せてるっていうのが、特別感があって嬉しかったです」

「うん、木下はおとなしいけど真面目で優しくて、そういうところが杉崎は好きになったんだろ?」

「……はい、真面目で、日車に負けないくらい優しくて、メガネ取ると可愛くて……あたしバカですね、他の女性の方がいいだなんて考えて」

「ううん、バカじゃないよ。杉崎が好きっていう気持ちが大事なんじゃないかな」

「そうですね、なんか、大事なことを忘れていたような気がします。姐さん、ありがとうございます。あたし、やっぱり大悟のそばにいたいです」

「うん、木下もきっとそれを望んでる。二人とも仲良くな」


 私がそう言うと、杉崎はニコッと笑顔を見せた。今度は心から笑っているような気がした。


「ありがとうございます! くよくよしてたらあたしらしくないですね! あ、姐さんと日車は仲良くやってますか?」

「あ、う、うん、高校時代と変わらない……かな。そ、そういえば一度私が怒ったこともあったけど、あれからはケンカもしてないし」

「あーありましたねー、なんだか懐かしいです。くそー、姐さんの愛を独り占めできる日車もうらやましいなーなんちって」


 杉崎が笑ったので、私もつられて笑った。うん、いつもの杉崎が戻ってきた。


「クレープ美味しかったですね! あ、姐さん、もう少し見て回りませんか? あたしアクセサリーがほしいなって思ってたのを思い出しまして」

「あ、うん、いいよ、行こうか」


 二人でまたショッピングモールを見て回る。そうだ……と思って杉崎の左手をそっと握ると、「ひゃっ! ね、姐さん……! ううう嬉しすぎます!」と杉崎は言っていた。

 誰でも不安になることはあるかもしれない。でも、そういう時こそ自分がどう想っているか、どれだけ相手のことが好きなのか、今一度考えることも大事なのではないかと思った。

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