第4話「後輩」

 次の日、僕は絵菜と一緒に通学することにしていたので、遅れないように駅前へ向かった。

 絵菜がもう来ていたようで、僕を見つけて駆け寄って来た。


「ごめん、遅くなってしまった」

「ううん、大丈夫。電車来るから行こ」


 そう言って絵菜はそっと僕の左手を握った。この瞬間が嬉しいんだよな……危ない人だろうか。いや、世の中のカップルというのはみんなそんなもんだと思いたい。

 電車に乗ってしばらく揺られて、絵菜の学校の最寄り駅に着いた。絵菜が少ししょんぼりしながら手を離して、「じゃあ、あとでRINEする」と言って降りて行った。うう、さっきは嬉しかったけど、この瞬間は寂しいんだよな……気持ちの変化が大きすぎる僕だった。

 絵菜と別れて、大学の最寄り駅に着き、歩いていく。その時ポケットでスマホが震えた。何だろうと思って立ち止まって見ると、RINEが来ていた。


『日車先輩、おはようございます。ついに大学生活が始まりました』


 送ってきたのは天野あまの蒼汰そうたくんだった。天野くんは僕の高校時代の後輩で、最初はちょっとライバル視されていたけど、その後は僕を慕ってくれるようになった。真面目で生徒会長も務めたしっかりした男性だ。

 天野くんに返事を送りたかったので、僕は急いで大学へ行き、席に着いてから天野くんへ返事を送る。


『おはよう、ごめん遅くなった。入学式あったよね、今はオリエンテーションかな?』

『はい、今日から色々な説明を受けるのですが、大丈夫かなと心配になって……』

『大丈夫だよ、天野くんは真面目だし、ちゃんとできるよ。あ、お昼に会えないかな? 学食にいると思うので』

『はい! 学食に行きます! それじゃあまた後で』


 先生も来たので、スマホをポケットに入れて先生の説明を聞くことにした。



 * * *



 お昼になり、僕と拓海は一緒に学食へと行く。僕は今日はお弁当だ。母さんが作ってくれたのだ。本当にありがたい。


「お、団吉は今日はお弁当か、いいなーお母さんが作ってくれるのか?」

「うん、まぁたまに寝坊したりして作れない時もあるけど、学食もあるしいいかなと」

「あはは、うちの学食安くて美味しいし、いいよな。俺みたいな一人暮らしの者にはありがたいよ」


 そう言ってカレーを食べている拓海だった。僕もお弁当を食べていると、


「――あ、日車先輩!」


 と、僕を呼ぶ声がした。見ると天野くんと橋爪はしづめさんがこちらに来ていた。

 橋爪さんというのは、橋爪はしづめあおい。高校の時の後輩で、僕の後を引き継いで生徒会の副会長をしてくれた女性だ。なぜか僕に憧れがあるらしいが、まぁそちらは深く考えないようにしよう。


「ああ、二人ともお疲れさま。ついに大学で会うことになったね」

「ほんとですね、またこうして日車先輩と一緒になれて、嬉しいです」

「日車先輩お久しぶりですー! ついに大学で会うことになるとは……! 私この瞬間を夢見てました! 日車先輩もますますカッコよくなってるし!」

「そ、そっか、ありがとう。あ、そこ空いてるから、座っていいよ」


 僕がそう言うと、二人とも「失礼します」と言って僕の隣に天野くんが、拓海の隣に橋爪さんが座った。


「おお、団吉の後輩くんたちか、お久しぶりだね、去年の学園祭で会って以来か」

「印藤先輩もお久しぶりです! そうですね、去年の学園祭ではお世話になりました」

「い、印藤先輩、お久しぶりです! わ、私もお世話になりました……あの、か、カッコいいですね……」

「あはは、ありがとう、なんだろう、女性に褒められると嬉しくなるっつーか」


 笑顔の拓海と、ちょっと恥ずかしそうな橋爪さんだった。そういえば橋爪さんは拓海のことカッコいいって言ってたな。


「二人もオリエンテーションがあったと思うけど、どう? やっていけそう?」

「あ、はい、色々お話を聞いたのですが、なかなか難しそうだなと思っていて……なんかこれまで以上に自分で決めて取り組むことが増えそうですね」

「私も天野くんと同じような気持ちで……できるかなって心配になりました」

「大丈夫だよ、僕も拓海も去年同じようなこと思ってたけど、なんとかなったからね」

「そうそう、ちゃんと講義を受けて勉強しておけば大丈夫っつーか。まぁ、再試験があった俺が言うのもなんだけどね」

「そ、そうですか、お二人でも同じようなこと思っていたのですね……うん、頑張らないとな」


 天野くんがぐっと拳を握った。


「うんうん、自分のペースでね。あ、天野くん、慶太けいた先輩もいるから、そのうち会おうか」

「あ、そうでした、はい、ぜひお会いできると嬉しいです!」


 慶太先輩というのは、佐久本さくもと慶太けいた。文学部の三年生で、僕も天野くんも高校時代にお世話になった先輩だ。今はサークルでも一緒だ。


「ああ、日車先輩が今日もカッコいい……! あ、そうだ、日車先輩はサークルに入ってましたよね? たしか写真を撮るところだったような」

「あ、うん、僕も拓海も写真研究会ってサークルに入ってるよ。二人はサークルや部活動に入るつもりあるかな?」

「そういえばサークルなどの説明もあるらしいですが、僕はまだ迷ってて……勉強の方が気になってサークルまで楽しめるかなと……」

「私も勉強は気になるのですが、もしよかったら日車先輩と印藤先輩と一緒になりたいなって思ってます!」

「そっか、まぁ説明もあるだろうし、ゆっくり考えてみてもいいんじゃないかな。僕たちは第三号館近くの研究棟にいるから、よかったら来てもらえると嬉しいよ」


 そういえば、去年はこんな感じで川倉かわくら先輩と慶太先輩に誘われたなと、なんだか懐かしい気持ちになった。

 川倉先輩というのは、川倉かわくら亜香里あかり。理工学部の四年生で、写真研究会の代表も務める、明るくて美人の女性だ。ちなみに川倉先輩と拓海はお付き合いをしている。


「は、はい! もしかしたら僕もサークルに入らせてもらうかもしれません。その時はぜひよろしくお願いします」

「私もよろしくお願いします! ああ、憧れの日車先輩と同じサークルでキャッキャウフフと毎日過ごすのですね……キャー! すっごい楽しみ!」


 相変わらずテンションの高い橋爪さんだった。ま、まぁいいか。


「きゃ、キャッキャウフフというのがよく分からないけど……ま、まぁいいか。これから頑張っていかないとね。一緒に楽しみながら頑張ろう」


 僕がそう言うと、天野くんと橋爪さんが「はい!」と元気よく返事をしてくれた。うん、この二人ならきっと大丈夫だろう。そう思っていた僕だった。

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