第96話「一歳」
十一月も中旬になり、日中は冷たい風が吹き、朝晩もだいぶ冷え込むようになった。
寒いのが苦手な僕は冬物のコートをもう着ている。いつでも暖かいのが正義だ。正義ってなんだ?
今週も講義にサークルにバイトに、色々と忙しかったなと思った。今日はバイトもないし、ゆっくり本でも読もうかなと思っていたら、
「おおおお兄ちゃーーーん!!」
と、騒がしい声が聞こえてきたのと同時に、僕の部屋にいきなり入ってきた日向がいた。
「お、おう、どうした? でかい声出して」
「す、すっかり忘れてたことがあったー! 私としたことがー!」
「ひ、日向落ち着いて……忘れていたこと?」
「うん、絵菜さんの誕生日が来たってことは、みるくがうちに来て一年経つんだよー! それに仮のお誕生日も決めていたのに、何もできてないー!」
あ、なるほど、みるくがうちに来て一年か。そういえば去年、絵菜の誕生日の次の日だったか、日向が玄関にうずくまっているみるくを見つけたのだ。
「ああ、そっかそっか、早いな、もう一年経つんだなぁ。みるくも一歳になったのか」
「うん、早いよねー、あれ? みるくどこ行ったんだろ? みるくー?」
日向が呼ぶと、「みゃー」と鳴きながらみるくがトコトコと僕の部屋に入ってきた。
「ああー、物置部屋で寝てたのかな? みるく、一歳おめでとー!」
日向がみるくの頭をなでなでしている。
「あはは、日向はやっぱり動物好きだなぁ。そうだ、みるくにいつものご飯じゃなくて、特別なご飯かおやつでも買ってあげようか」
「あ、うん! ホームセンターに行けばあるかな?」
「そうだね、あそこならペットコーナーもあるしありそう。あ、そういえば今日は絵菜がバイトって言ってたような……」
「そうなんだね! お兄ちゃん、絵菜さんが働く姿を見に行こうよー」
「ああ、それもいいかもね。絵菜は恥ずかしがるかもしれないから、こっそり見てみようか」
そういえば絵菜が働く姿というのはまだ見たことがなかった。たまには見るのもいいのかもしれないが、声はかけない方がいいかな……そんなことを考えていた僕だった。
* * *
僕と日向は一緒にホームセンターへ行く……のだが、いつものように日向は僕の左手を握っていた。だからこうしていると兄妹じゃないのよ、カップルなのよ……と思ったが、何も言わないことにした。
ホームセンターに着き、中に入る。絵菜がどこかにいるんだよな、なぜかこっちが緊張してしまった。
「絵菜さん、どこにいるんだろうねー? ちょっと探してみようよ!」
「お、おい、絵菜が緊張してしまうだろ――」
僕の一言は聞かずに、僕を引っ張るようにして絵菜を探し始めた日向だった。ホームセンターもそこそこ広い。どこにいるかな……と思っていると、文具コーナーでお客さんを案内している絵菜がいた。
「お、お兄ちゃん、絵菜さんいたよ」
「あ、ああ、なんかこっちが緊張してしまうな」
どうしよう、声はかけない方がいいよな……と思っていると、絵菜がこちらを見た。少し驚いたような表情をした後、ニコッと笑ってこちらにやって来た。
「あ、あれ? 二人ともどうした?」
「あ、ああ、ちょっとお買い物で……あはは」
「絵菜さんこんにちは! エプロン姿がカッコいいです!」
「あ、ありがと、恥ずかしいな……なんか探してるのか?」
「あ、実はみるくがうちに来て一年経ったのと、一歳になったからお祝いに特別なご飯かおやつでも買ってあげようかと思ってね」
「ああ、そっか、みるくちゃん、もう一歳になったのか……早いな」
「早いですよねー! 絵菜さんのお誕生日の次の日にうちに来たんですが、すっかり忘れてて!」
「そっか、あ、じゃあペットコーナーだな、ついて来て」
絵菜に案内されてペットコーナーへと行く。「このあたりが猫ちゃんのご飯」と絵菜が教えてくれた。おお、いろいろあるな。
「わぁ、いろいろあるねー! この『ちゅーる』ってやつ、CMでよく見るような?」
「ああ、なんか猫が夢中で食べてるよな、みるくも食べるかな、買ってみようか」
「うん、買って行く人多いから、美味しいんだろうな。みるくちゃんも食べてくれるんじゃないかな」
それからちゅーるの他に、ウェットタイプのご飯をいくつか買うことにした。絵菜がレジを開けてくれて、お会計をしてくれた。
「ごめんね、絵菜も忙しいのに。ありがとう」
「ううん、団吉も日向ちゃんもお客さんだからな、ちゃんと対応しないと」
「絵菜さん、ありがとうございます! バイトもう少しあるんですか?」
「あ、うん、あと少しある」
「そっか、じゃあもう少し頑張ってね、僕たちは帰ることにするよ」
「うん、ありがと。あとでRINEする」
絵菜が小さく手を振っていた。たしかにエプロン姿もいいな……いつもとは違う絵菜の姿が可愛かった。
僕と日向は家に帰って、さっそくみるくにちゅーるをあげてみることにした。
「食べてくれるかなー……あ、食べた! やっぱりCMは嘘じゃなかったね!」
「ほんとだ、すごく食いつきがいいな……美味しいんだろうね」
あっという間にちゅーるを一本食べてしまったみるくだった。もっとほしそうな顔をしていたが、あまりあげすぎると夕飯が入らなくなると思うので、今日はここまでにしておこう。
「今日はこのウェットタイプのご飯にしてみようか」
「うん! マグロ入りなんだねー、お魚くわえたどら猫って言うしね!」
「そ、そうか、それはいいとして、みるくもたまには違うご飯がほしいんじゃないかな」
その時、「ただいまー」という声が聞こえてきた。休日出勤だった母さんが帰ってきたみたいだ。
「あ、おかえり」
「あら? 二人で何してるの?」
「お母さん、みるくがうちに来て一年経つんだよー! 時が経つのって早いねー!」
「あらあら、そういえば去年の今頃だったわね、たしかに時が経つのは早いわ。みるくも大きくなったからねー」
母さんの足にすりすりしていたみるくを、母さんがなでなでしていた。
でもたしかに、時が経つのは早いものだと僕も感じていた。一歳になったみるくは、今日も元気に日向と遊んでいた。これからも元気でいてくれるといいなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます