第20話「弟くんは」

 五月になった。

 ここのところ天気も良く、けっこう暖かいため、僕は嬉しい気持ちになっていた。やはり寒い冬よりは暖かい春の方がいい。これが夏になると今度は厳しい暑さになるため、それもきついなと思う。ちょっとわがままだろうか。

 今日は朝からバイトに入った。平日なので舞衣子ちゃんは学校だ。夜にバイトに入ると言っていた気がする。また一緒に入る日があるといいなと思っている。

 バイトが終わり、家に帰る。玄関を開けるとみるくが「みゃー」と鳴きながらトコトコとやって来た。母さんと日向はまだ帰っていないみたいだ。


「ただいまーみるく。僕が一番だったみたいだね、お留守番してて偉いね」


 僕の足にすりすりしていたみるくをなでて、リビングへと行く。絵菜もたしか今日は学校のはずだ。そろそろ終わったかな……RINEを送ってみようかなと思ったその時だった。


 ピロローン。


 僕のスマホが鳴った。RINEが送られて来たみたいだ。


『こんにちは、この前話したけどちょっとだけお久しぶりだね』


 送ってきたのは九十九さんだった。しかも元生徒会役員のグループRINEではなく、個別に送られてきた。それもめずらしいなと思って九十九さんに返事をする。


『こんにちは、ほんとだね、九十九さんは元気してる?』

『うん、元気だよ。ちょっと勉強が忙しいけど』

『そっか、まぁでも九十九さんなら勉強も問題ないよね』

『ううん、私も油断せずに気をつけておかないと、単位が足りないとかなったら大変だから』


 九十九さんは高校生の時、いつもテストの成績が学年で一番だった。僕も九十九さんを目標に頑張ったのだが、なかなか九十九さんに勝つことはできなかった。そんな彼女はちょっと離れたところにある大学の理学部に通っている。専門的なことを学んでいるのだろうなと思った。


『そうだよね、僕も留年とかなったら大変だから、勉強頑張ってるところだよ』

『そっか、日車くんも一緒か。なんだか嬉しいな』

『あはは、まぁお互い油断せずに頑張ろうね。それにしても何か用事があった?』

『あ、ちょっとこの前話し忘れたことがあって。少しだけビデオ通話できないかな?』


 ん? 話し忘れたこと? なんだろうかと思ったが、特に断る理由もないので、『うん、いいよ』と送ると、すぐに九十九さんから通話がかかって来た。僕が通話に出ると、九十九さんが画面に映し出された。


「も、もしもし、こんにちは」

「もしもし、こんにちは。こうして顔を見るのは久しぶりだね」

「う、うん、久しぶりに日車くんの顔見た……なんか、可愛いというかカッコよくなってない?」

「え、あ、そ、そうかな、自分ではよく分からないけど……あはは」

「やっぱり大人になってるってことなのかな……日車くん、カッコいい……」

「あ、ありがとう、そう言われると恥ずかしいな……つ、九十九さんも変わらず、び、美人さんだね」


 うう、こんな切れ長の目で美人の九十九さんにカッコいいと言われると恥ずかしいものがあるな……僕も男なんだな。


「あ、ありがとう。日車くん優しいね……そこは全然変わらない」

「そ、そうかな、あ、ごめん、何か話し忘れたことがあったって言ってたけど?」

「あ、そうそう、実はね、うちの康介こうすけが青桜高校に入学したんだ。日車くんのところの日向ちゃんは三年生だったよね?」


 おお、九十九さんの弟くんか、名前は九十九つくも康介こうすけ。昔からお姉ちゃんのことが大好きで、よく一緒にいるのを見かけた。少し歳が離れているからかもしれないなと思っていたが、そうか、康介くんも青桜高校に入ったのか。


「おお、そうなんだね、うん、うちの日向は今三年生だよ」

「あ、やっぱりそうだよね。康介に日車くんの妹さんがいるはずと伝えたら、『あいつの妹か……見に行く』とかなんとか言ってたよ」

「あはは、そうなんだね、あ、やっぱり僕は康介くんに嫌われているのかな……」

「う、ううん、日車くんだけじゃないの。康介は私の近くにいる男性が嫌いみたいで……それもどうなのかと思うけど……」

「そ、そっか、やっぱり康介くんは九十九さんのことが大好きみたいだね……」


 その時、玄関から「ただいまー」という日向の声が聞こえてきた。あれ? もう部活が終わったのだろうか。


「――あれ? お兄ちゃん、何してるの?」

「あ、おかえり、早かったな。今九十九さんとビデオ通話してたところで」

「ああ、そうなんだね! あ、九十九さんが映ってる! こんにちは!」


 ササっと僕の隣にやって来た日向が、スマホの画面に向かって手を振っていた。


「あ、こんにちは、お久しぶりだね」

「お久しぶりです! それにしても九十九さんと通話なんてめずらしいね、何の話してたの?」

「ああ、九十九さんの弟くんが、青桜高校に入ったらしくて、その話をしていたよ」

「ええー! そうなんだぁ! 九十九さん、弟くん何組ですか?」

「あ、たしか一年五組って言ってたよ。日向ちゃんは何組?」

「私は三年一組です! そっかー、弟くんは康介くんでしたよね、やっぱり九十九さんに似て頭がいいんですか?」

「わ、私に似ているかは分からないけど、そこそこ成績もいいみたいで……あ、そういえば、『俺も生徒会に絶対に入る!』って、今から気合い入れてたよ」

「おお、そうなんだね、それは楽しみだね。そのうち九十九さんみたいに生徒会長になってたりして」

「う、うーん、康介にできるかなぁ……そんなに簡単じゃないよとは伝えているんだけど」


 九十九さんは高校生の時、生徒会長として立派に仕事をこなしていた。その九十九さんの弟だ、きっと勉強もできてしっかりしているんだろうなと思った。


「あ、もしかしたら、そのうち日向ちゃんのところに康介が行くかもしれない……ごめん、その時はよろしくね」

「あ、はーい! 康介くん、けっこうカッコよかったですよね、なんかモテそうな気がします!」

「う、うーん、それが一番いいんだけどね……そしたら私から離れてくれるかもしれないし……」


 九十九さんがうんうんと頷いていた。やはり今もお姉ちゃんにくっついているようだな。そういえば九十九さんも恋がしたいなと言っていた。まぁ康介くんがくっついているのも時間の問題……あれ? どこかに彼氏ができても兄にくっついてまわる妹がいるな?

 ま、まぁそれはいいとして、康介くんも高校生活を楽しんでほしいなと思った。

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