第3話「自己紹介」

 入学式の次の日、僕は朝から大学へ行った。

 小学校から高校まで歩いて通学していたので、電車を使うというのが新鮮で、なんだか嬉しい気持ちになった……が、当たり前だが人は多い。浮かれすぎて疲れないようにしないといけないなと思った。

 大学の理工学部の校舎へと行く。桐西大学は十二の学部があり、それぞれ校舎が第一号館、第二号館……という感じで決まっていた。理工学部の校舎は第三号館だった。

 今日からしばらくオリエンテーション期間で、履修科目の説明や登録方法、講義の説明、サークルや部活動の簡単な紹介などが行われる。これも当たり前だが高校とは違い大学は自分で決めて動かないといけないことが多くなりそうだ。青桜高校もけっこう生徒の自主性に任せていたところはあるが、それ以上だと僕は感じていた。

 午前中に履修科目の説明が行われた。おお、数学だけでも解析学、幾何学、微分積分学など、色々な種類があるのだなと思った。学ぶことがたくさんありそうで、数学が好きな僕はひっそりとテンションが上がっていた。危ない人だろうか。

 高校と同じように学生用のホームページもあるようだ。スケジュールや講義の補足など、色々な情報が載っているとのこと。スマホでも問題はないが、これはタブレットかパソコンを用意した方がやりやすいのではないかと思った。

 色々な説明を聞いて、お昼になった。今日はお弁当を持って来ていないし、学食へ行ってみようかと思っていたら、


「……なぁ、さっきの説明、分かった? なんか難しそうじゃね?」


 と、隣に座っていた人に声をかけられた。


「あ、う、うん、一応分かったかな……で、でもたしかに難しそうだね」


 うう、初めての人と話すとどうしても引っかかってしまう。見ると隣の人は男の人で、短髪でクールそうでカッコいい感じがした。


「そっか、すごいな、俺なんていきなりついていけるか自信がなくなってきたっつーか」

「そ、そっか、まぁ、いきなり全部理解するのも難しいから、少しずつでいいんじゃないかな……」

「ああ、たしかに、いきなり全部ってのも難しいよなー。あ、自己紹介してなかったな、俺、印藤拓海いんとうたくみっていうんだ。お前は?」


 うっ、自己紹介か……過去の嫌な記憶が思い出される。この変わった名前で何度も笑われてきた。なので自己紹介がすごく苦手だった。でも言わないとこの人にも失礼だ。そう思って、


「あ、ぼ、僕は、日車団吉といいます……」


 と、少し小さな声で自己紹介をした。また笑われるんだろうな……と思っていたら、


「日車……団吉……か、へぇ、めずらしいな、でもいい名前だな。あ、日車よりも団吉の方が呼びやすそうだな、団吉って呼んでいいかな?」


 と言われた。あ、あれ? 笑わないのか……? しかもこの感じ、どこかで……と思ったその時、過去の記憶が思い出された。そう、中学時代に同じようなことを言った人が一人いるのだ。その人は火野陽一郎ひのよういちろう。僕の一番の友達であり、僕が一人でいた頃もよく話しかけてくれていた。今は少し離れたところにある体育大学に通っている。


「あ、う、うん、いいよ……」

「よっしゃ、団吉、よろしくな! あ、昼だったな、一緒に学食行かね?」


 そんな感じで、なぜか二人で学食に行くことになった。印藤くん……か、わ、悪い人ではないと思いたいが……。



 * * *



「へぇー、青桜高校ってとこ出身なのかー、悪い、俺地理苦手でさー、位置関係がイマイチ分からないっつーか」


 印藤くんがカツカレーを食べながらあははと笑った。僕は焼肉定食を食べている。


「う、うん、まぁここからもそんなに遠くないところかな。印藤くんはどこ出身なの?」

「ああ、印藤くんなんてよそよそしいから、拓海って呼び捨てでいいからさ。印藤ってなかなか変わってるだろ?」

「あ、いや、まぁ、名前は僕もめずらしいから……」

「まぁたしかに、日車って聞いたことないなぁ。でもなんかカッコいいよな、男って感じで。自信持っていいと思うけどな」


 そう言って印藤く……拓海がまたあははと笑った。な、なんかフレンドリーだな、誰にでも話しかけることができるタイプなのだろうか。いんと……拓海は僕より少しだけ背が高く、火野とはまた雰囲気が違うカッコよさがあった。


「あ、ありがとう……あ、いんと……拓海はどこ出身なの?」

「ああ、実は俺県外から来たんだ。地元は雪の多い北国でさ。今はこの大学の近くに一人暮らししててさ。だから土地勘があまりないっつーか」

「あ、そうなんだね、一人暮らしって、偉いな……」

「あはは、そんな偉いもんでもないぞー。でも母ちゃんに小言言われなくて済むのはいいなー」

「そ、そっか、でも親は寂しいんじゃないかな、息子が遠くに行ってしまって」

「まぁそうかもなー、それに、離れてみると親のありがたみが分かるっつーか。そんなもんかもしれないけどなぁ」


 拓海がまたあははと笑った。なるほど、親と離れて分かることもあるのか。僕も今は実家で暮らしているけど、そのうち家を出る日が来るのかもしれない。


「あ、団吉、よかったらRINE教えてくれないか? なんか団吉頭良さそうだし、分からなくなったら訊きたいしさ」

「あ、うん、いいよ」


 僕はスマホを取り出し、RINEのアカウントを拓海に教えた。


「よっしゃ、ありがとう! さっきも言ったけど俺県外から来たから、こっちに友達いなくてさ、仲良くしてくれるとありがたいっつーか」

「あ、うん、僕もこの大学にはまだ友達いないから、よ、よろしく……」

「おう、よろしくな! あーオリエンテーションってまだ続くのかな、俺けっこう疲れてきたよーって、まだ初日で疲れてたらこの先やっていけないか」


 そう言って拓海がまた笑ったので、僕もつられて笑った。なんだろう、火野と外見はさすがに違うけど、接し方などの雰囲気が似てるんだな。ホッとしている自分がいた。

 印藤拓海くん……か、高校の時の友達はみんなバラバラになって、また一人になるんじゃないかと思っていたけど、これから大学生活が楽しくなりそうだなと思った。

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