第88話「拓海の想い」

 川倉先輩と約束した水曜日がやって来た。

 俺、印藤拓海はドキドキしながら大学へ行った。午前中は講義を受けて、午後に出かけようと川倉先輩と話していた。

 普段サークルで話すことはあるのだが、二人でどこかへ出かけるというのは今までなくて、俺は本当にいいのかなと自分の心の中で問いかけていた。でも川倉先輩も『楽しみにしてるね』とRINEで言ってくれた。あまりネガティブに考えるのもよくないだろう。

 午前中の講義が終わり、俺はサークルの部室へと向かった。中に入ると、川倉先輩がもう来ていたようだ。


「あ、拓海くんお疲れさまー」

「お、お疲れさまです、すみませんお待たせして」

「いやいや、大丈夫だよー。どこ行こっか?」

「あ、この近くの商業施設でお昼食べませんか? その後近くの公園でのんびりと。どうでしょうか?」

「ああ、うん、いいよー。じゃあ行こっか!」


 川倉先輩はそう言って俺の左手をきゅっと握った。俺はドキッとしてしまったが、こ、これはいつものスキンシップだよな……落ち着け俺。

 二人で大学近くの商業施設へ行く。中のフードエリアへ行くと、そこそこ人はいたが座ることができた。


「何食べよっかなー、たまにはハンバーガーというのもいいなー」

「そうですね、ハンバーガーにしますか」


 ハンバーガーを買って、二人で食べることにした。俺はてりやきチキンバーガー、川倉先輩はスパイシーチキンバーガーにした。川倉先輩は辛いものもいける人なのかな? 知らない一面を見ることができて嬉しかった。


「いただきまーす……あ、美味しい。拓海くんのはどう?」

「あ、俺のも美味しいです。てりやきがいい味してるっつーか」

「あはは、そーなんだね、ねぇ、一口交換してみない?」

「……ええ!? あ、わ、分かりました……」


 川倉先輩とハンバーガーを交換して一口いただく……って、こ、これは間接キスになるのでは……!? 川倉先輩は気にしない人なのかな……なんか押されっぱなしの俺がいた。

 美味しいハンバーガーをいただいた後、ちょっと商業施設を見て回った。冬物の服が売られていて、季節が過ぎるのは早いなと感じていた。


「拓海くんはこういう青い色とか似合いそうだよねー」

「そ、そっか、いいかもしれませんね。こっちの服は川倉先輩にピッタリのような気がするっつーか」

「あはは、そっかー、たしかにこういう淡い色もいいなぁ」


 商業施設を見て回った後、俺たちは近くにあった公園に移動した。買ったジュースを持って空いていたベンチに腰掛ける。


「外が気持ちいいねー、ちょうどいい季節なんだろうね」

「そ、そうですね、風も気持ちいいっつーか。でももうすぐ寒くなるんですよね」

「そーだねー、でも、拓海くんの地元はかなり寒かったでしょ?」

「あ、はい、雪もたくさん降って、高校時代は冬場は自転車で通学できないからけっこうきつかったっつーか」

「そーなんだねー、いいな、拓海くんの地元も見てみたいな……」


 そこまで話して、お互い無言の時間が流れた。い、いかん、何か話さなきゃ。しかし何を話せばいいのかよく分からなくなっていた。


「あ、あの」

「あ、あの」


 その時、二人同時に同じ言葉で話しかけていた。


「あ、ご、ごめん、拓海くんどうぞ……」

「あ、い、いえ、すいません、川倉先輩こそ、どうぞ……」

「あ、い、いや、その、あの……」


 いつもハッキリと話す川倉先輩が、どこか恥ずかしそうに言葉に詰まっている気がした。その可愛らしい川倉先輩の顔を見た俺は――


「か、か、川倉先輩!」


 少し声が大きくなってしまった。川倉先輩は少し驚いたような顔で俺を見る。見つめ合うと素直におしゃべりできないと誰かが言っていた気がしたが、川倉先輩の綺麗な目を見た俺は、俺は――


「あ、あの、俺、実は、川倉先輩のことが気になってて……その、好きです。俺なんて後輩の一人かもしれませんが、もしよかったら、お、お付き合いしてもらえると嬉しいです……」


 我慢できなくなって言ってしまった。さっき言った通り、俺なんてサークルの後輩の一人だ。川倉先輩が恋愛対象として見てくれているとは思えない。きっとダメだろうなと思って川倉先輩を見ると、顔を真っ赤にして、


「そ、そうだったんだね……嬉しい。実はね、わ、私もカッコいい拓海くんのこと好きで……こんなおばさんでもよかったら、お付き合いしてください」


 と言った。ああ、やっぱりダメ……え? い、今、好きって言った……?


「え、あ、あの、俺のことが、好き……と?」

「……うん。は、恥ずかしくて言えなかったんだけどね、私なんて年上だし、お酒呑んで絡むような女だし……」

「そ、それは全然問題ないですよ! その、そういうところも、す、好きっつーか……」

「そ、そっか、ありがとー。えへへ、拓海くん……」


 そう言って川倉先輩が俺の左腕に抱きついて来た。俺は頭が沸騰しそうなくらい熱くなった。


「あ、拓海くん、呼びづらいかもしれないけど、私のこと川倉先輩じゃなくて、亜香里って名前で呼んでほしいな……」

「え、な、なるほど、で、では、亜香里さん……と」

「あ、亜香里って、呼び捨てでも、いいよ……?」

「え!? い、いえ、亜香里さんは『拓海くん』って呼んでくれてるから、俺も『さん』をつけようかなって思って……」

「そ、そっか、じゃあそれで……えへへ、拓海くん優しいね……それと、敬語じゃなくていいよ。たしかに私の方が年上だけど、なんかよそよそしくて」

「あ、そ、そっか、じゃあ、普通に……あ、でもサークルのみなさんといる時とかどうすれば……?」

「ああ、今度みんなに報告しよっか。私たちお付き合いしてるって」

「そ、そうですね……じゃなかった、そうだね、そうしようか」


 なかなかタメ口というのも慣れないな……と思っていると、川倉先……亜香里さんがクスクスと笑った。


「……拓海くんどうしよう、今めっちゃ嬉しくて、夏みたいに暑さを感じてる……」

「お、俺も同じような感じで……恥ずかしいけど、嬉しくて。亜香里さんが可愛くて……」

「……もう、褒め上手なんだから……拓海くんもカッコいいよ」


 亜香里さんが俺の目を見てニコッと笑った。か、可愛い……こんな綺麗な人が俺の彼女になるなんて、高校の頃からは想像もできなかったな……。

 そういえば今日のデートがうまくいきますようにと、団吉とグータッチしたのを思い出した。団吉、俺頑張ったよ。また報告するから、団吉も喜んでくれるといいな。

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