第67話「兄妹の時間」

 僕は、日向と公園にいた。

 青空の下、二人で公園を走り回っていた。小さいけど運動がけっこうできる日向は、足もまあまあ速かったな。

 ……と思ったら、日向は休憩で座った僕の膝の上に頭を乗せてすやすやと寝始めた。寝付きがいいのも程があるだろ……と思っていると、


「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


 と、寝言を言い始めた。面白い奴だな……って、だんだん僕に乗っかるように動いてきた。お、おい、それは重い……あれ? なんか重い……こ、これは……?


「……ん?」


 ふと目が覚めた僕は、今のが夢だと気がつくのに数秒かかった。今何時くらいなんだろうと、時計を見ようとしたその時、異変に気がついた。


「……ひ、日向……!?」


 そう、いつの間にか僕の隣ですやすやと寝る日向がいた。手や足が僕に乗っている。そうか、これで重いと思っていたのか。そうだった、日向は寝る時によく動く子だった……って、ちょっと待て!


「おい、日向、起きろ、どこで寝てるんだ」

「……ふえ? あ、お兄ちゃんおはよう……」

「お兄ちゃんおはようじゃないよ、どこで寝てるんだお前は」

「……ああ、トイレに行った後、寝ぼけてこっちに来たみたい……えへへ」


 えへへ、じゃないのよまったく……時計を見ると朝の八時だった。けっこう寝ていたな。僕は起き上がることにした。


「……お兄ちゃん、もうちょっと寝ようよ〜」

「ば、バカ、引っ張るな、起きるんだよ。朝ご飯はパンでもいいか?」

「……うん、大丈夫〜」


 まだ半分寝ている日向を置いて、僕は起き上がり朝食の準備をすることにした。卵もあるから目玉焼きでも焼くか。

 ジュージューとフライパンからいい音がしている頃に、日向が目をこすりながら起きてきた。


「お兄ちゃんは偉いねぇ、朝から料理して」

「まぁ、食べるのは大事だと思って。パン焼けたからお皿に移してくれるか?」

「うん、まかせなさーい」


 目玉焼きも綺麗にできたので、二人で朝食をいただく。これも久しぶりだなと思った。


「前は、お母さんが朝早く出かけることもあったよねぇ」

「ああ、あったな、母さんはちょっと働きすぎなんじゃないかな……」

「まぁ、私たちのために頑張ってくれてたんだよー。大きくなってからだんだんと分かるようになったよ」

「そうだな、母親だけで子ども二人を育てるというのも大変なはずだよ」


 そういえば、絵菜の家もお母さんだけだ。絵菜のお母さんも子ども二人を支えるために頑張ったのかなと、ふと思ってしまった。


「ふっふっふー、今は私がいるからね! 家のことはなんでもできるからね!」

「お、おう、日向は家事がちゃんとできる子だもんな、いいお嫁さんになるよ」

「え!? や、やだなぁお兄ちゃん、お兄ちゃんとは結婚できないよ〜」

「誰が僕と結婚しろと言った? あ、そのうち長谷川くんと結ばれるのかもね」

「あ、そ、そうだねー、そ、そうなるといいね……あはは」


 相変わらず日向は自分の恋の話は恥ずかしい気持ちになるようだ。


「……さて、ご飯食べたら勉強するか」

「……お兄ちゃん、勉強しないとダメ……?」

「当たり前だ、甘えた声出してもダメだからな。ちゃんと課題をやるんだよ」

「う、ううー、お兄ちゃんが厳しい……分かりましたよ……」


 しぶしぶ受け入れている日向だった。

 片付けをした後に、勉強タイムとなった。日向が夏休みの課題を持ってきていたので、それを進めることにする。


「うーん、ここはどうなるんだっけ……」

「どれどれ、ああ、ベクトルの問題か、日向は苦手だったよな、これはこれで、こうなって……」

「ああ、なるほどー! お兄ちゃんはやっぱりすごいねぇ。その頭脳が少しでも私にあったらなぁ」

「まぁ、日向も自分なりに頑張ってるみたいだし、いいんじゃないかな。ちょっとジュース用意してくるよ」


 うんうん唸りながらも頑張る日向。僕はその姿を見てジュースを用意するために立った。昔から勉強はそんなに好きではなかった日向だが、頑張る時には頑張れるから、きっと専門学校を受けるのも大丈夫だろう。


「はい、どうぞ」

「ありがとう! ねぇ、これはどうなるんだっけ?」

「ああ、これはここがこうなって……」



 * * *



「ふー、ここまでできたらもう後は大丈夫かな!」


 日向がうーんと背伸びをした。時計を見るとけっこう長い時間勉強していたみたいだ。やはりやればできる子だな。本人に言うと調子に乗るのでやめておいた方がよさそうだが。


「ああ、よかったな。だいぶ進んだみたいで」

「うん! あー夏休み明けにはテストもあるのかー、思い出したくないことを思い出してしまった……」

「そういえば青桜高校はそうだったね。今も変わらないのか」

「うん、悪しき伝統がずっと続いてるよー」

「あ、悪しきって言うなよ……たぶん模試もあるだろうから、もうしばらく頑張らないとな」

「そ、そうだった……私、生きていく自信がありません……」

「だ、大丈夫だよ。そういえば火野や高梨さんが日に日にやつれていっていたのを思い出した……」


 なんだか自分が高校生だった頃を思い出して、懐かしい気持ちになった。


「あはは、みんなきついよねぇ。あ、そういえば、真菜ちゃんはやっぱりお兄ちゃんの大学を受験するみたいだよ」

「おお、やっぱりそうか、真菜ちゃんも頑張ってるんだな。長谷川くんはどうだ?」

「うーん、健斗くんもそのつもりだったんだけど、どうも点数が足りないみたい……まぁ、まだまだチャンスはあると思うけど」

「そっか、まぁ大学も一つじゃないから、自分のレベルと、行きたいところと、学びたいことをよく考えてって伝えておいて」

「うん! そのうちみんなでここに遊びに来よーっと!」

「お、おう、それはいいけど、今は課外授業をしっかりと受けるんだぞ」

「う、ううー、話をずらしたのに、お兄ちゃんはすぐ勉強の方にいっちゃう……アホー、ボケー」


 ぶーぶー文句を言いながらポカポカと僕を叩いてくる日向だった。

 勉強が終わった後、のんびりと二人でメロディスターズのライブ動画を観ていた。そうだ、また今度ライブに行きたいと思っていたんだった。東城さんにも話してみようかな。

 久しぶりの兄妹二人の時間は、ゆっくりと流れていったような気がする。たまにはいいものなのかもしれないな。

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