第40話「ポジティブ」

 梅雨の雨が続いている。なんだか心もどんよりとしてしまうような気分だった。

 私の学校は七月一日からテストがある。そのテストに向けて勉強をしているのだが、今日は三人で勉強をしないかと言われたので、春奈と佑香と一緒に学校に残って、勉強をしていくことにした。教室に残っているのは私たちだけみたいだ。なんかこうしていると高校時代を思い出すようで、少し懐かしくなった。


「うーん、絵菜ー、ここ分かるー?」

「ん? ああ、ジェルネイルのことについて聞かれているから、こうなるんじゃないかな……」

「ああ、なるほどねー! 絵菜は高校の頃も勉強できたのー?」

「あ、いや、そうでもない……いつも団吉に教えてもらってた」

「あははっ、そーなんだねー、いいなー勉強ができる団吉さんかー、この前見たけど可愛かったなぁー」

「……春奈、団吉さんは絵菜のもの」

「分かってる分かってるー、団吉さんみたいないい人がいないかなーってね」


 なぜかニコニコする春奈だった。分かってるとは言ったが、春奈が団吉を好きになってしまわないか、ちょっと心配だった……って、気にし過ぎだろうか。


「ま、まぁ、団吉みたいな人はいるはずだから、春奈も慌てずに……」

「あははっ、そーだねー、慌てないことにするよー。あ、絵菜、ちょっと爪見せてー」


 春奈がそう言うので、私は右手を出した。


「ふむふむ、やっぱり爪も人それぞれだよねー。皮膚学のここはここのことを言っているのか……ふむふむ」

「まぁそうだな、春奈も佑香も綺麗な爪してるよな」

「ふっふっふー、最近自分でもお手入れ頑張ってるからねー、病は気からっていうように、綺麗は自分からって言うじゃん!」

「……なんか違うと思う」


 私もそう思ったが、ツッコミを入れるのはやめておいた。でもたしかに、自分で自分を磨くことも大事だ。女性なので美意識……とでもいうのだろうか、そういうものがあって当然だよなと思った。


「ふむふむ、ああここもなんかイマイチよく分かんないんだよねー、佑香、これどうなる――」

「――あ、ここにいたのか! 池内さんに鍵山さんに沢井さん!」


 その時、一人の男の人が私たちを呼びながら教室に入ってきた。この前の小寺だった。


「げっ、あんた何してんの、ここはトータルビューティー科だよ、ああ、バカだから自分の教室も分からなくなったのか」

「ガーン! ち、違うよ、三人がいないかなと思って来てみただけだよ……って、あれ? 三人とも勉強しているの?」

「そーだよ、テストが近いから三人で勉強してるんだよ。あんた邪魔だからどっか行ってくれない?」

「そ、そんなに邪険に扱わなくても……そういえばテストが近いよね。勉強も頑張らないとね」

「……言われなくてもやってる」

「か、鍵山さんもなんか冷たいね……そうだ、俺もここで勉強していっていいかな?」

「ダメ、却下」

「ガーン! そんなこと言わずにさー、あ、沢井さんの前の席借りるね」


 そう言って小寺は私の前の席に座った。


「あーっ、絵菜に触れるなよ、絶対だぞ、触れるなよ」

「そ、そんな押すな押すなみたいに言われると、触れたくなっちゃうじゃないか……沢井さんも可愛いしね」

「……気持ち悪い」

「ガーン! じょ、冗談だって! でもほんと沢井さん、綺麗な金髪してるよね、いつからなの?」

「あ、中学の時から……」

「へぇ! そんなに前からなのか! でも先生に怒られたりしな――」

「はーい、ここからは絵菜への質問は一つにつき千円をいただきまーす」

「ガーン! な、なんでそうなるの……あ、勉強しないとね」


 そう言って前を向く小寺だった。あ、相変わらず春奈と佑香には嫌われているんだな……少しかわいそうになった。



 * * *



「うーん、今日はこのへんにしとこうかー」


 春奈が伸びをしながら言った。結局四人で真面目に勉強をした。小寺も私たちに話しかけることもなく、真面目に取り組んでいた……意外にもそういうところもあるんだなと思った。意外というのは失礼か。


「ああ、そうだな、そろそろ帰るか」

「……なんか喉渇いてきた」

「あ、じゃあさ、駅の近くのハンバーガー屋にでも寄らない? 小腹も空いたしさー」


 たしかに、ちょっとお腹が空いた気もする。ポテトが食べたいなと思った。


「そうだね! みんなで行こうじゃないか! 一緒に勉強した仲間だもんね!」

「あんたには言ってないっつーの。来なくて結構結構コケコッコー」

「ガーン! な、何そのコケコッコーって……言ってて恥ずかしくない?」

「あんたには言われたくないね、いつからあんたが仲間になったんだっつーの」

「ま、まあまあ、べ、別に一緒に行くくらいならいいんじゃないか……? ケンカはやめよう……」


 そういえば私と大島がぶつかった時、こうして団吉が止めていたなと思い出した。まさか止める側になる日が来るとは……。


「さ、沢井さん……! なんという優しいお方だ……! もう俺には女神に見えてきたよ」

「……気持ち悪い」

「ガーン! い、いいじゃないか、ほんとに優しいなって思ったんだから」

「う、うーん、まぁ絵菜がいいって言うなら……でも、絵菜に触れるなよ! 触れたら今度ここから突き落としてやるからな」

「ちょ、ちょっと待って、ここ五階だよ!? さすがに天国に行っちゃうよ……ま、まぁいいか、じゃあみんなで楽しく行こうじゃないか!」


 結局四人で駅の近くのハンバーガー屋に行った。ふと思ったのだが、小寺はかなりのポジティブ人間なのではないかと。こんなに春奈と佑香に冷たくされても怯むどころかぐいぐい来るもんな……ネガティブになりがちな私からすると、ちょっとうらやましかった。


「あーっ、なんで絵菜の隣に座ってんの! 触れるな触れるな! バカがうつる!」

「だ、だって四人席だから仕方ないじゃないか! あ、鍵山さんの隣に行こうかな」

「……絶対嫌だ」

「ガーン! お、俺何もしてないのに……沢井さん~助けて~」


 ……ま、まぁ、ちょっとうらやましいとは思ったが、さすがにこうはなりたくないなと……というのは小寺に失礼だろうか。

 春奈と佑香に冷たくされてしまう小寺が、ちょっと面白いなと思った私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る