それから…。
闘技大会でも活躍したランキャスター王国冒険者ギルド所属、その素晴らしい快進撃からA級昇格の話も出ていたパーティー名『火竜の牙』が仲間を裏切り墓から掘り出した遺物を他国へ売り捌く裏稼業の団体と結託する事件の全貌が瞬く間に王都中へ激震が走った。
騒然とした空気の中、事件の顛末を知らないままギルドに立ち寄った他の冒険者がお知らせ版に貼られた紙を読み、その内容に驚きで目を見開くと言う現象が幾度も起ったとか。
特に墓泥棒の被害に遭った偉人の子孫、末裔の怒りはぎゅうぎゅうに絞られた油より凄まじく。主犯格のリーダー、ルトメンバーの身柄を拘束した監獄塔へ乗り込まん勢いらしい、と依頼を受注したエレニール張本人から聞いた。
依頼達成から数日後、屋敷に王国騎士が訪ねてきた。自らをイェンブリック部隊長と名乗った騎士が曰く――朝方、重要参考人と思われる『火竜の牙』メンバーのダイアナが半殺しにした盗賊を引きずりながら正門付近へ姿を現した。事件などサラサラ知らず門番の衛兵にギルドカードを渡した彼女は現在、堅牢な城門を潜った兵舎で身柄を拘束され、留置場で取り調べを受けている最中らしい。
イェンブリックの話を聞いていたローザが今にも衝動的に兵舎へ突撃しそうだった所を宥めて、騎士の案内で一緒に留置場へ足を運んだ。
真偽を測る魔道具を使った尋問の結果、ダイアナの無実が証明され事実上『火竜の牙』は解散した。ギルドに預けていた共同口座からB級パーティーに相応しい金銭が補償されたダイアナはその足で我が門を叩き、実力試験を突破した彼女はローザ専属の護衛担当として俺に仕える事となった。
ハイエルフ族ローザが屋敷に住み始めて早くも一年が経過した。引っ越し当初、二柱の神に挟まれたローザは引っ込み思案だったが、段々慣れ始め今では使用人から愛される明るい性格へ変化した。聖職者らしく誰にも優しく接するローザを慕う者は数知れず。屋敷で働く奴隷達も、何かと人類に厳しく接するナビリスよりローザに話し掛ける機会が多い。
この一年で中央大陸の国々は様々な変化のうねりを迎えた。先ずは、領土拡大を目論む北方大陸の覇王が軍を率いて南下した。占い術で既に予言してた事態に王国側に大きな混乱は皆無、海上戦で勝利を収める。しかし、野望を捨てきれない覇王は幾度なく軍を派遣し、今日も国境線で小競り合いが起きている。
二つ目の変事…異世界から勇者を召喚したバンクス帝国が魔王率いる魔族に戦争を仕掛けた。機密最新技術と費用をガンガン注ぎ込んで完成した超大型飛空艇で魔大陸へ侵攻した。王国の密偵部隊から受けた情報では、戦況は一進一退を繰り返す膠着状態であり戦時は長引くであろう、との事。約束通り魔王セシリアに渡した黒水晶に反応があれば即座に転移する予定だが、今の所そんな素振りは無い。
三つ目は…中央大陸、獣人族が大部分を占める東方連邦で起こった戦乱の火花が広がり始めた。理由は至極単純、東方連邦の頂点に君臨する獣王が後継者を指名せず死去。身内や同氏への裏切りも日常茶飯事な王位争奪戦が幕を開けた。
気付けば大陸全土で大小の戦が起きているが王都ランキャスターは平穏な暮らしを送っていた。
俺はこの一年ある目的の為、忙しく動き回っていた。その苦労は実を結び、今日の式典を迎える事が出来た。
僅か数時間後――王都の大聖堂で俺とエレニールの結婚式が行われる。
この日のために誂えた白を基調した礼服に袖を通す俺は控え室で冠婚葬祭の始まりを静かに待っていた。エレニールの着付けが終わる時まで、過去の記憶を呼び起こす。
婚約を交わした俺とエレニールの現状を認めない連中は山程いた。出処が不明な俺の身分は功績から与えられた男爵位を持つ。しかし、素性の知れない怪しさ満載の俺が幾ら卓越した実力を持つ者であろうと、王位継承権を持つエレニールとの婚儀に異議を唱える貴族院の横入りは当然あった。
身分が高くない俺は言わば王室に紛れ込まん異物。故に更なる功績を残し、爵位を挙げる必要が有った。…そこで一役買ったのが他でもないエレニール本人。一枚岩ではない既存の王国貴族達を黙らせる圧倒的な功績を。学園剣術指南役もその地盤固め。
初めに俺はラ・グランジに天高く聳える『神の塔』完全制覇を公にした。90階層で獲得したアーティファクトを王族に献上した俺の勲功は誰もが知る事となった。追加でカジノで得た利益の半分を国へ寄附。国内外問わず馳せた俺は一代限りの法衣伯爵位を貰い受け、降嫁したエレニールが新たに興した公爵家へ婿入りする運びとなった。
「向こうの準備が終わったわ、行きましょ」
着付けが終わり、待合室へ入ってきたナビリスの案内で進む。普段からメイド服を着用しているナビリスも今日はダークカラーのドレスに身を包み、髪も綺麗に纏めている。南洋パールのネックレスが美しさと華やかさを完璧に引き立てる。
大扉の入り口に立ち、ナビリスが横へズれ招待客が座る位置へ戻る。…俺はエレニールと正式に結婚をする。開かれた扉を一歩ずつ踏み出す。潜った先は天井一面に煌めく無数の硝子細工が装飾された幻想的な光景が広がり、神父役の枢機卿が待ち構える聖餐台で新婦を…待つ。
「新婦の…入場」
美しい純白のウェディングドレスを着込み、白を基調としたヴェールを編み込んだ髪に被せたエレニールが王太子の兄にエスコートを受けて入場してくる。バージンロードをゆっくり歩くウエディングドレスに身を包んだ、花嫁の美しさに招待客の言葉が出ない。
「末永く妹を頼むよ義弟殿」
「ええ、命に代えても」
エスコートを終えた王太子ヴェルガが俺に耳打ちする。俺は彼の目を真っ直ぐ見て、返答した。
聖餐台の前まで来たエレニールは俺へ手を差し伸べる。その手を取り、神父役を枢機卿が祝福の言葉を述べる。
「汝、ショウ・フォン・シンカイはこの女性を妻として迎え、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し敬い慰め遣え共に助け合い死が二人を分かつまで、真心を尽くすことを女神の御前で誓いますか?」
「誓います」
「次に、エレニール・エル・フォン・ランサールンはこの男性を夫として迎え、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し敬い慰め遣え共に助け合い死が二人を分かつまで、真心を尽くすことを女神の御前誓いますか?」
「はい、誓います」
二人の誓いに神父は満足そうに頷く。
「誓いの指輪を」
枢機卿は銀のトレイに並べられた大小二つの同じデザインの指輪を差し出す。俺はエレニールの左手を取り、その細い薬指に小さな方の指輪をそっと押し込んだ。次にエレニールは指輪を取ると左手の薬指へ嵌め込んだ。同じ意匠の指輪を包む祝福の輝きが二人を照らす。
「今、この時を以って新たな夫婦が誕生しました。二人に門出に祝福の拍手を」
神父が聖水で満たした小皿を掲げ、二人の誓いが成された事を宣言した瞬間、大聖堂鐘が荘厳な音色を響かせる。拍手と歓声が上がる中、俺達は互いに向き合い、金糸の刺繍が施されたヴェールをそっとあげて……唇を重ねる。
星を管理する現人神として下界に降り立った俺は今日、エレニールと正式に夫婦となった。…紳士として彼女を未来永劫守ると創造神の祖父に誓おう。
ランキャスター王国より北方、大海原にぽつんと浮かぶ孤島の四方を取り囲む絶壁、まるで自然が作り出した要塞のようにそびえ立ち、波が打ち寄せるたびに白い飛沫を上げていた。絶壁の上には、わずかな草木が風に揺れているだけで、人の気配はまったく感じられない。来るものを仁王立ちで拒むような、そんな印象を与える島の中央には、二階建てのロッジがポツンと建ってた。
まるで時間が止まったかのような静寂に包まれてた孤島の中央に雨風を防ぐテラスで寛ぐ人影の背後からメイド服を着用した銀髪の女性が近寄る。テラスに設置された椅子に腰掛け、天に向かって左手を伸ばす人影が目の前に差し出された紅茶を口に含む。テーブルにカップを置いた人影にメイド服の女性が話しかける。
「また結婚指輪を眺めていたのね」
透き通る銀玉の瞳を宿した端正な顔立ちに腰まで伸びた銀髪が風に靡くメイド、賢神ナビリスの質問に外見年齢19歳らしき青年が左手の薬指に嵌った指輪を見つめながら答える。
「ああ…75年前の結婚式を思い出していた」
感慨深そうに微笑んだ青年――万能神ショウが零した言葉は風に攫われ絶壁へ消えていった。
『後書き』
次回、最終回。
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