第195話 地下墓地の依頼

 屋敷に立ち寄った冒険者ギルドのサブマスターを玄関まで見送った後、自室に戻り装備を整え始める。クローゼットから防腐のエンチャントが付与された滑りにくい黒いブーツ。

 伸縮性の素材で作ったダークブラウンのボトムス。

 万が一、王都民に見つかっても不信感を持たれない対策に防寒仕様の分厚いパーカーをシャツの上から着替えていく。ブーツの靴紐を固く結んだ次は狭く暗い地下墓地に適した武器を選んでいく。町や都市の武器屋で購入した様々な武器が置かれた棚に目を通す。


 不規則な石で覆われた石窟は狭く、長剣は扱いにくい。自身の腕力なら無理矢理でも振り回せるが、やりすぎて墓全体を陥没させたら眠りに就く亡霊が挙って俺を呪うのは目に見えている。

 結果選んだ二本の短剣を交差する風に腰に装着した。加えてギルド側より魔法の使用を禁止されているので代替案に、軽量で使いやすいクロスボウを手に取った。矢筒には高い貫通力を誇る尖矢を10本程入れ、背中に背負った。


 必要な道具を詰め込んだポーチの中身を一瞥し確認する。ポーション類の小瓶、包帯、毒消し丸薬、煙玉、先端にフックが付いた魔法ロープ。一生、自分が使わない道具が揃っている。


「(最後に――、これで準備は万全だ)」


 俺には必要ないが、暗闇でも視界を確保できるランタンを腰に装着すれば完了。部屋に備え付けた鏡で全身を確認して部屋を後にした。


 長い屋敷の廊下を進みながら…帰り際にサブマスターが呟いたパーティー名『火竜の牙』を脳裏に思い起こす。


 彼等と初めて顔を合わせた日は今でも鮮明に覚えている。大都市ラ・グランジで受けた依頼で共闘したグループ、実際は組合が用意した俺への監視役だったがムードメーカーで、気のいいリーダー『ルト』を筆頭に攻守バランスの取れたパーティー。…そしてメンバーすら正体を隠して活動するヒーラーのローザ、最後に姿を見かけたのは武闘会だった筈。王国に名を馳せる実力者がそう易々敗れるとは考えにくい。


 何よりローザを陰ながら守る風精霊や彼女に上げたネックレスは正常に起動している。自然の愛し子と伝えられる風の大精霊を無効化しつつ、ネックレスに魔力を注ぐ暇無くローザの意識を音もなく奪える強者が敵陣営にいる可能性は薄い。十中八九手引きした内通者の仕業。


「行ってらっしゃいショウ。晩御飯が冷めない内に帰ってきなさい」

「ああ、日を跨ぐ前には戻る」

「おにぃはん。おぉ気をつけて行ってらっしゃいありんす。遅ぉなったらウチが、おにぃはんの分の料理が頂きんすえ」

「ナビリスが作る料理は絶品だからな、全部食べられるのは困るぞ銀弧。帰りにマキュリア苺を買うから勘弁してくれ」

「うふふ…二人とも嬉しい事言ってくれるじゃない。そんな褒めても一品しか増えないわよ」


 玄関で待つナビリスと銀弧を己の腕で包み込み、出掛ける愛情表現である接吻を降らせる。玄関ホールで働く使用人の前でも慣れた様子で凛としたナビリス、九本の尾をせわしなく動かし顔を真っ赤に染める銀弧に俺は微笑みながら、手を振って屋敷を後にした。


 季節は秋が終わり、初冬の到来を実感させる冷く粒立った空気が、爽やかな陽光を含んで冴え返っていた。屋敷から犯行現場まで些か距離がある、現在の時刻は11を指しているが到着する頃は日没近い頃合いになるだろう。


 認識阻害の魔法を掛け王都の南西へと脚を進めた。人影がなく物静かな区域に建つ教会を通りすぎ、さらに奥へと進むと、緑の木々と黒い金属の柵で囲まれた広大な墓地が見えてきた。入り口には古びた錆門があり、上には「共同墓地、永久の眠り」と刻まれた石板が掲げられていた。


 傍にこじんまりした詰所へ向かいやる気がない墓守り依頼書を渡し、門を潜り抜ければ、墓地の敷地内は静寂に包まれていた。風が木々の間を通り抜け、葉がささやく音が聞こえる。王都で暮らす平民が亡くなると大体はここに葬られる。女神教の教会が墓を管理しているが、墓に入るのに信者である必要はない。亡骸からの感染防止やアンデッドに化けて出るのを防ぐ対策だとエレニールから聞いている。


 庶民など普通に暮らした民の骸は共同墓地に骨壺を埋葬、戦争などで活躍した英雄は地下墓地の石棺に骨浄化を施してから遺体を入れる。


 足を進め墓石の間を抜けていく、道は次第に狭くなり、奥まった場所に地下墓地への入り口が目に映る。古びた石のアーチで構成されており、長い年月を経て苔が生い茂っている。階段を降りると、石の隙間から冷たい風が吹き込み、肌を刺すような寒さを感じられ湿った土の匂いが鼻をつく。


 地下墓地の通路に広がる底知れる暗闇が俺の面影をすっぽりと隠した。前任者が灯した蝋燭の光が微かに揺らめいている。

 不規則な石で覆われた床を鳴らす足音が石窟内に響く、まるでリズムが乱れた打楽のようだ。時の流れと共に風化した古の彫刻や文字が壁に刻まれている。


「(奥にローザの気配を感じる。今の所、薬で眠らされているようだ。他にも気配が…ある)」


 迷路のように入り組んだ通路の奥にハッキリと彼女の気配を探知する。命に別状はないことを確認し、俺は神らしからぬ安堵の息をついた。


 所々床に溜まった水たまりを踏まないよう気を付けて奥へ歩く。両側に並んだ、異なる模様や名前が刻まれた無数の墓石と、開いた形跡が見られる棺を尻目に進む中、やがて大きな石窟が広がった場所に出た。

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