第194話 墓泥棒
「戦う相手と力量が同じだった場合、魔力循環の僅差が勝利の分かれ目となる。肝心な基幹は血液の流動を感じ取るところから始める。心臓の鼓動に耳を傾け、圧入器が休む間もなく向き合っている魔力の激流を聞いてみろ。体内に生成したマナは長い間無視されていきた。だから、教えてやるのだ。相応しい魔力というものを。次は溶けた魔力をどこは流れるかを」
剣術クラスに配属された初日に起きた模擬戦から時間は急速に進み、二週間が経過していた。初日以降、授業で習う生徒たちは一層真面目に打ち込んでいった。
生徒から話を聞けば、常勝無敗であり、学内屈指の実力者として名を馳せるエダン相手に片手一本で鎧袖一触の強さを見せつけ勝利した話題が一気に広まったとこと。
その負けず嫌いなエダンを筆頭に、特級クラスの生徒たちと放課後まで鍛錬に勤しんでいると言う噂が駆け巡った結果、他クラスの皆も負けじと対抗心を露わに競い合った。
特に気構えが高いクラスは、当然ながら推薦組が混合した特級クラス。来年の春に開催する『天雲祭』優勝を志す彼等は誰よりも力に渇き、その手助けをする俺と利害が一致して全員の信頼を得ていた。
…順番に二週間の間に起きた出来事を振り返りながら、俺は現在屋敷の一階にある応接間にいた。部屋は、秒を刻む時間を感じさせない程しんとして、静止した雰囲気を醸し出していた。革張りのソファにもたれかかる俺と、テーブルに対峙した客人の前に、ナビリスが淹れた紅茶が音もなく置かれた。
「こ、これはご丁寧にありがとうございます」
「いえ、何か御座いましたら何なりとお申し付けください」
人離れした美貌をまき散らすナビリスに顔を紅潮させた冒険者ギルド所属サブギルドマスターが、ハッカの香気の籠ったコップを一気に飲み干す。
事の始まりは前日の夕方まで遡る。学園より帰宅した俺は明日から始まる二週間ぶりの休日をどう過ごそうかと、リビングで寛ぐナビリスと銀弧の三名で考えていた頃合い。
ナビリス特製ハンバーグステーキに恍惚としてわれを忘れた銀弧が心置きなく味わう光景をのんびり眺めていた時、抑え気味のノック音がリビングに響き渡った。メイド長の役目を全うするナビリスが立ち上がり、扉を開けば正門の見張り番である武装奴隷が立っていた。
彼の話によれば、つい先程冒険者ギルドから使いの者が門を訪れ、何やら明日俺と是が非でも話したいとのこと。詳細な内容は後日改めて話すらしい。
「どうする、ショウ?」
「ふむ。まぁ、明日になれば自ずと分かる」
俺は特に考えず、そう答えた。銀弧も別に拗ねる事はなく、呑気に明日の土産を所望する始末。
そして時は現在に至る。予告通りの時間帯に訪れたサブギルドマスターを応接間に案内した報告を受けた俺も部屋へ入った。
「それで。一体どのような用件で?」
対面するサブギルドマスターに前置きを省いて単刀直入に尋ねる。向こうも肩の凝る茶話が好まない性格だと承知だったらしく、驚いた様子もなく淡々と機械的な口調で話始めた。
「実はAランク冒険者『孤独狼』殿に指名依頼を持参してきました。此方が依頼書になります」
屋敷に赴いてから肌身離さず持っていたレザービジネスバッグを開け、中から一枚の羊皮紙を取り出し、滑らかな動作でテーブルに置いた。表紙は文字の無い空白。
「この件は冒険組合が定めた機密依頼となります。願わくば内密に…」
「ああ、承った。それで…紙に魔力を流せば良いのか?」
サブギルドマスターは頷き首肯した。俺は羊皮紙に手を翳して、魔力を流した。
「
浮かび上がった文字を目で走らせ、依頼内容の全容が明らかになった。簡潔に説明すれば…こうだ。
『機密依頼内容』
依頼主:とある高名な方。
依頼概要:最近、王都の墓地を荒らす墓泥棒が頻繁に発生しており、死者の安息が乱されています。犯人を見つけ次第、全員捕縛または始末することが絶対条件。
詳細情報:
1。犯行現場:王都内の主要な墓地兼地下墓地がターゲットとなっています。特に、過去輝かしい成果を上げた冒険者や王都に店を構える商人の棺が狙われていることが多い。地図には、過去に犯行が行われた場所が赤い印で示されています。
2。犯行時間:主に夜間に行われており、特に月が出ている夜が多いです。犯行は非常に巧妙で、墓守の目撃情報はほとんどいません。
3。目撃情報:僅かな目撃者によれば、犯人は複数グループで行動している可能性が高い。犯人は漆黒のローブを着用し、素顔を隠しているとのことです。追加で高い戦闘技術を持っている事が分かっています。
4。被害状況:墓泥棒によって盗まれたものは、主に貴金属や宝石、魔道具の遺物、英雄が愛用していた武器類などです。これらの品々は、闇市場で高値で取引されていると考えられる。
5。依頼の目的:犯人を特定し、捕縛または始末すること。犯行の背後にある裏組織や目的を明らかにし、再発を防ぐための対策を講じることも求められます。
6。報酬:依頼の成功に応じて、高額な報酬が支払われます。また、王都の治安維持に貢献したとして、名誉も与えられます。
「墓泥棒か…」
内容を眺め終えた俺は声を漏らす。墓泥棒は単なる盗賊とは異なり、死者の安息を乱す卑劣な行為。背後に待機するナビリスの視線が俺の髪を見つめる。
「高い戦闘能力を持つと書かれているが、詳細は情報はあるのか?」
「はい、実は…前に依頼を受けたB級パーティーの六名が墓調査に踏み込み、結果は誰も帰還せず。亡くなったのか、はたまた敵側に捕まったのか…。――あぁこちらが犯行現場の地図と、目撃情報が記された書類になります」
サブギルドマスターは再びバッグから数枚の書類を取り出し、テーブルに広げた。地図には赤い印がいくつも付けられており、墓泥棒が活動しているエリアが示されていた。情報を脳裏に叩き付けつつ戦略、作戦を練り上げる。
「情報屋の話によれば、彼等は高位の魔法を使っている噂もあります」
「そうか」
迷路の様に入り組んだ通路に幅が狭い壁。当然派手な動きは余計な騒動を生み出すし、殺傷力が高い魔法を詠唱すれば墓地事崩落する可能性が高い。絶妙な力加減と狭い場所でも扱える短剣で墓泥棒を壊滅させなければならない。……ふむ、中々楽しみになって来たぞ。
「分かった。この依頼、引き受けよう」
「ありがとうございます。成功を祈っています」
礼を述べたサブギルドマスターが立ち上がり、部屋から出ようとした寸前、俺は彼を引き留めた。
「一つ気になったのだが、俺より前に依頼を受けたB級パーティー名は誰なんだ?」
足を止めた彼は視線を宙に這わせて考えをめぐらした後「ああ」とパーティー名を名乗った。
「リーダーのルト率いるパーティー『火竜の牙』ですよ」
「……そうか」
その言葉を残して彼は部屋を後にした。
「(ローザ…)」
頭の中に脈絡もなく浮かんだハイエルフを思い出しながら。
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