第193話 模擬戦

 疑問で視界が溢れたエダン・コグジャックの挑戦を受け入れた俺は、脇に挟んだクリップボードを教師椅子に置いて、彼が佇む訓練所の中心へ進み出た。他の生徒等も模擬戦を見届けたいらしい、穴が開くほど瞳を覗かせている。潮が引いた静寂の空間、固唾をのむ生徒の視線が一斉に集まった頃、口を開く。


「成り行きを見守る見物者も居ることだ、早速始めようかエダン?模擬戦のルールはどうする」


 木剣を手に取った俺は、向かい合う彼に問う。じっと俺を睨み付け全身から闘志を溢れ出したエダンが辺りに響く大きな声を上げる。


「ルールも糞もねェ!一発、地面とキスした奴が敗者だ」


 ふむ、実にシンプルで傲慢に満ちたエダンらしい返答。


「それでは決着まで呆気ない、それに君に怪我をさせる訳にはいかない。故に手加減を計らせてもらう」


 『手加減』…その言葉を聞いた瞬間、エダンの顔が憤怒で真っ赤に染まった。耳の付け根まで茹でた蟹のように赤く。彼の眼には怒りの炎が揺らめき、木剣を握る手からミシミシ軋む音が響く。


「手加減だと――ッ!俺を愚弄する気か、貴様!」


 エダンは激怒に身を任せ、声を荒げる。彼の全身から闘気が煙になって立ち昇り、室内の空気が一瞬で張り詰める。他の生徒たちもその迫力に圧倒され、息を呑んだ。同時に彼らもまた、剣術の才能で推薦を受けた実力者ばかり。エダンの怒りに共感し、彼を支持する視線を送っている。


「俺はコグジャック伯爵家の武人!王国から、あらゆる逆賊を斬る名誉ある役目を与えられた家名に穢れは言語道断!手加減など笑止!全力で来い偽教師!」


 エダンの叫び声が教室に響き渡る。彼の目には決意と怒りが混じり合い、まるで猛獣のような鋭い眼差しで俺を睨みつけていた。他の生徒たちもその言葉に同意するように頷き、俺に挑戦的な視線を向けている。


…しかし、残念だが。彼の願いは果たせない。


「俺と君には覆れない実力差が存在する、例えるならウサギとマンティコア。これは安全性を併せもつ手加減。君は魔法込み何でも有の全力、俺は強化魔法無しで片腕のみだ」


 告げた真実に更に気色ばむエダン。怒りの嵐で震える彼の目には敵意を通り越して殺意が宿っている。遂には怒りを抑えてた蓋が外れ、戦闘開始の合図が上がる前に脚に力を込めて加速。踏み込んだ地面を見れば土が陥没している。


 魔力を巡らせた木剣を振り上げて一気に近づいたエダン。力だけの袈裟切りを右手の木剣で逸らし、間髪入れず怒りに身を任せた木剣の乱撃を一つ、一つ完璧に捌きながら、俺は彼の実力に感心する。


 貴族出身の武闘派一家と揶揄される才能と努力で培われた剣術は確かなものだ。精神的に不慣れな気負いが目立つが、剣がぶつかった際に加わる力は大半の剣士では耐え切れず破れるだろう。


「クソッ!クソッ!ックッソオオ!」


 腹の底から一気に喉元へ練り上げたエダンの叫び声が鼓膜を駆け抜ける。闘気を身体に巡らせた彼の攻撃は激しく、力強い。欠点を挙げるなら怒りに任せた動きには隙が多く、急激に変化する攻防の対策に運動神経に指令を伝える脳が追い付かない。…明日以降の授業で教える課題が一つ決まった。


「戦闘では常に冷静になれ。悪感情を抱いていれば勝てるものも勝てないぞ」


「るぅっせ!」


 自覚があるのだろう、俺の言葉にさらに激昂したエダンは、造作に間合いを詰める。顔面を目掛けて全力の水平斬りを繰り出した。彼の木剣が空を切り裂き、鋭い音を立てて横一線に振り抜かれる。その動きはまるで風を切るように速く、力強さが感じられた。瞬時に一歩後退した俺に迫った刃先が紙一重に空を切る音が耳元で囁き、風圧が肌を掠める。


「何ッ!」


「ほら、隙丸出した」


 余程自身が籠った一撃だったのだろう。容易に躱した俺にショックを受けたエダンは戦いの最中、動きを止めた。致命的な失態。


 観測出来ない腕の速度で振るう木剣が彼の足元に当たり、避ける間もなくバランスを崩したエダンが地面を転がった。


「これで終わりだエダン。先生の実力、納得出来たか?」


 俺は冷静に彼に告げる。エダンは地面に倒れたまま、悔しそうに拳を握りしめる。


「くそっ…俺はまだ…」


「素直に勝敗を認めるのも武人の教訓だと僕は思うよレオン君?当事者の君は識別出来なかったけど…君、空中で五回転したんだよ」


 手を離さなかった剣を杖替わりに立ち上がり、未だ闘志を燃やすレオンの姿に一人の生徒が声を掛けた。…貰った資料によると彼は剣聖を父に持つ特級クラス1の実力者。


「エダン、良く戦った。君の実力は確かだ。しかし、冷静さを失ってはその力も半減する。明日からもっと冷静に戦うことを心掛けるんだ。いいな?」


 俺の言葉に、エダンはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、深く息を吐いた。


「…分かった。次は必ず勝つ」


 彼の目には新たな決意が宿っていた。俺はその姿を見て、彼がさらに成長することを確信して満足気に頷いた。


「すごい…先生、本当に強いんだな」


「エダンもあんなに頑張ったのに…」


「でも、エダンの実力も確かだよ。あの攻撃の速さと力強さは見事だった」


 模擬戦の決着がつき、二人の戦いを観戦していた生徒たちのざわめきが広がった。生徒たちは口々に感想を述べ合い、その中にはエダンが披露した奮闘を称える声も多かった。特に、剣術に自信を持つ生徒たちは、エダンの技術と闘志に感嘆していた。


「先生の動き、まるで見えなかった…」


「本当に片腕だけであそこまで戦えるなんて、信じられない」


 俺の技術と神界で携わった剣技に驚愕した生徒が尊敬の眼差しを向けていた。その中には、次の模擬戦で自分も挑戦したいという意欲を見せる者もいた。


「俺も先生と戦ってみたいな」


「次は私が挑戦する番だ」


 生徒たちの中に新たな闘志が芽生え、訓練所は活気に満ちていた。エダンの敗北は彼自身だけでなく、他の生徒たちにも大きな影響を与えたようだった。


「ショウ先生!もし宜しければ私にもご教示いただけますでしょうか⁉」


 キラキラ目を輝かせて迫る生徒に勿論断る教師は皆無。


「ああ個人戦、団体戦。皆のすきな方で構わない」




 それから、授業終了の鐘が鳴るまで、生徒たちと模擬戦を生徒たちと模擬戦を繰り広げた。個人戦では、一対一の真剣勝負が繰り広げられ、各々が自分の技術を試し、磨き上げる機会となった。団体戦では、チームワークと戦略が試され、生徒たちは互いに協力し合いながら戦った。

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