第192話
昼休み直後の剣術クラスは滞りなく進み、今日の授業も残り一つとなった。絞めのクラスは他と異なり少々特殊な授業だと、学園長から聞かされている。その名も特級クラス。
特級クラスの生徒たちは、名門学園の中でも選りすぐりの才能に恵まれた推薦者達が集うクラス。学年関係なく、高等部一年から最高学年の五年生が混合している。
性別、年齢、種族を問わず、実力者が集まった特級クラスに求められる方針は、王立学園の悲願である
「ようこそ諸君、特級クラスへ。朝にも挨拶したが本日からクラスを任されたショウだ。優秀な君達には普段の授業では学べない高度な技術や剣技を実戦を踏まえて教える。これからよろしく」
「は~い!お願いしまーす優男先生」
「「「…」」」
六限目の鐘が鳴り、訓練所に集まった体操着姿の生徒たちを見据えた俺が前に立ち、名乗った。元気な返事をくれた生徒は一名のみ、他は明らかに冷笑を浮かべ、猜疑深い表情で俺をじっと見つめる。
ふむ、いきなり配属された俺を得心がいかないらしい。
兎に角授業を進めんとクリップボードに挟んだ名簿帳を読み上げていく。
「出席を確認するから、呼ばれたら返事を――ミシャエラ・エンウッド」
「……はい」
点呼が終わり、再び俺はやる気が見れない生徒を見渡すが構わず今日の授業内容を説明し始める。
「さて、今日は10分間のウィーミングアップを開始、その後全員の実力テストを測る…早速、ランニング始め」
生徒たちは無言のまま指示に従い、ウォーミングアップを始める。彼らの動きは滑らかで、既に高い技量を持っていることが一目で分かる。だが、その中には、明らかにやる気のない者も数名見受けられた。真一文字に結ばれた口元に、俺に向ける不満が表れている。
普段から剣の才能を振りかざして自分の意見を押し通す推薦組からすれば、感情を持たない俺から実力を低く見られている事への不満や、地味で退屈な準備運動をしろと命令された事に対する抗議も含んでいた。腕が立つ人が正しいという風習や価値観に影響を受けた思春期真っ只中の生徒を正しい道へ導くのも教師の役目。同時に神として人に気安すぎず。
ウォーミングアップが終わると、俺は生徒たちを横二列に並ばせた。
「次に、実力テストを行う。これは諸君の現在の実力を測る目的だ。全力で挑んでくれ」
実力テストの概要を軽く説明した俺はクリップボードを手に取り、一人一人の名前を呼び上げていった。最初に呼んだのは、ミシャエラ・エンウッド。呼ばれた彼女は一歩前に出て、真剣な表情で俺を見つめた。呼ばれた他の生徒らも同様。俺に言われるがまま三つの種目を遂げる彼等の動きを細かく観察し、評価点をクリップボードにカリカリとペンを走らせる。
素振りテスト。反応速度テスト。持久力テスト。
次が最後の実力測定となった。生徒から敵意の視線を向けられるまま俺は生徒たちに向かった説明を始める。
「さて、最後は実戦形式のテストだ。土魔法で生成した泥人形に向かって打ち込んでもらう。これは諸君の攻撃力と精度を評価する」
地面に手をかざし、魔法を唱える。詠唱が終われば地面が波打ち、土が集まり始める。瞬く間に、二足歩行の泥人形が形成され、その姿はまるで生きているかのようにのっそり体を動き回る。
「なんと…」
剣術指導役の俺が中級魔法を展開した事実に驚いたのか、生徒の表情から食いついたのが解った。
「準備はいいか?強化魔法は許可する。…それでは、始め」
「――っはい!」
一番槍は案の定ミシェエラが前に飛び出た。腰から下げた木剣を構え、全身に強化魔法を纏わす。魔力に自動反応した泥人形が動き出すと同時に、前屈みに傾けた彼女が素早く前進し、正確な一閃を見せた。剣が当たる度に、土が飛び散り、形態が崩れていく。
「はぁッ!真風斬!」
ミシェエラは一瞬の隙も見逃さず、次々と攻撃を繰り出す。彼女は振るう木剣は風を切る音を立て、泥人形の胴体に深く食い込んだ。身軽さを活用した動きは正に羽ばたく蝶。
痛覚を感じない泥人形の腕が振り下ろす。だが、ミシェエラの反射速度は素晴らしいもので、一瞬の躊躇もなく素早く横ステップを踏み、地面に激突する攻撃を回避した。
泥の腕が地面に叩きつけられ、舞い上がる土の中、真っ直ぐ突き伸ばした剣は見事、泥人形の胸部を深く貫いた。その瞬間、耐久力を無くした泥人形は完全に崩れて平べったく地面の上に広がる。
「見事。完璧な攻防だった。特に最後の突きは絶妙なタイミングだ。君の才能と努力、確と見させてもらった。これからもその調子で頼む」
「…はぃ」
「では次…エダン・コグジャック」
「ッケ!」
次の名前を呼んだエダンが前に出る。武人を輩出する武門で有名なコグジャック伯爵家の生まれ、貰った資料によれば、彼が挑んだ模擬戦は連戦連勝、向かうところ敵なし。
導火線に火がついた感情を散らすエダンは授業が始まる前から敵意を含んだ目で俺を睨み付けている。鋭い眼差しはまるで鼠を狙う猛獣。
テストが始まり、反抗的な態度で重厚な木剣を握ったエダンは高等技術である闘気を纏い一気に攻撃を仕掛けた。筋肉を膨張させ振り上げた剣に全てを込めた渾身の振り下ろしは泥人形の肩から胴体にかけて深く斬り裂き、土が飛び散った。
「見事な剣閃だ。これからも励むがい――「おい、先生」」
俺を睨むエデンは話を途中で遮った。剃刀で物を断ち切るように言葉を奪った彼は手に握る木剣を此方へ向ける。
「先生が本当に教えるって言うなら、まずは貴方の実力を俺達に披露してもらおうじゃないか!」
エデンは挑発的な口調で続けた。
「口先だけの偽教師なら、俺達に必要ない」
室内の空気が一瞬で張り詰める。他の生徒たちもエダンに賛同してるらしい。彼の言葉には確かに挑発的な意図が込められていたが、彼の目には真剣さも感じる。
俺は一瞬考えた後、静かに頷いた。
「いいだろう。君の挑戦を受けよう」
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