第191話 昼休み後の暴挙

終わりを知らす鐘が鳴り響き、疲労した生徒等は体に鞭を打ちながら出入口の扉へギクシャクした足取りで歩く。


 室内に俺だけ残されると早速、予鈴が鳴る前に二限目の準備に取り掛かる。なお、準備と言っても素振りで荒れた地面を土魔法で平らに整地、訓練所に籠った煮しめた空気を入れ替える単純作業。室内の換気は屋外訓練所と隣接した扉を開いて湿っぽい空気を外へ排出する。


 土魔法を使って高低差を無くして、次に生徒が使う訓練用の木剣を整頓し、必要な道具を所定の位置に配置する。二年生の生徒が集合したときにスムーズに訓練を行えるように、綻びなく整然と並べられていることを確認する。


 窓越しに外を見上げると、清めた輝きに満ちた青空が広がり、冬の暖かい日差しが枯れかけた庭の木々を労うように照らしている。


 二限目の準備を終えると、クリップボードに目を通しながら次の授業内容を頭の中で整理する。思ってた以上に基本レベルが高かった学生たちに応じて、一段階進んだ高度な技術を教えても支障は出ないだろう。


――キーンコーンカーンコーン


 二限目の予鈴が鳴り、瞬く間に高等部二年の生徒たちが訓練所に入って来る。一学年上だけあって遅刻者は居なかった。皆の北条には期待と興奮が滲み出ている。


「本日から剣術指導に任命されたショウだ。普段は冒険者活動を生業にしているがよろしく頼む。では点呼を行うので名前を呼ばれたら返事をするように――ルーカス・シュピライザ」


 体操着に着替えた生徒が一列に整列したのを確認すれば先程と同様の言葉を話し、名簿帳を読み上げた。




 四限目の授業が終わり、疲労感が全身の筋肉を蝕む生徒たちが訓練所から出て行き、俺も無意識に軽く息を吐く。吐息が水蒸気になって消える。初めて大勢の人族に剣の技術を教えたが、人の尺度に合わせるのは意外に骨が折れる。


『フフ、初日から大変ね。一種族に肩入れした貴方の自業自得よ。責任もって完遂しなさい』


 ナビリスの実にありがたい念話が脳に沁みる。お返しに感謝の印を念話に括り付けて送り返す。直後、甘ったるい喘ぎ声と怒りの感情が耳に届くが知らぬふりをして、昼食を取るために食堂へ向かうことにした。


 訓練所の扉を閉め、廊下を歩いていると、他の教師や生徒たちが談笑しながら食堂へ向かっているのが見える。廻廊の境目に映る高さ三メートル以上を誇る出し惜しみしない高級木材を使った両開き扉を進んだ先に寥廓たる四階建ての大食堂に到着した。奥ゆかしい雰囲気を幾分か、食事を楽しむ生徒たちの笑顔が溢れかえっている。


 全校生徒3000人を収容する学園の敷地面積は王宮を次いで二番目の広さを誇る。学園施設は初等部、中等部、高等部と分散されているが。大食堂は全生徒が一堂に集まる…言わば社交場。


 外観は白い石造りで、細かな彫刻が施された柱が並び、まるで古代の神殿を思わせる荘厳な雰囲気を醸し出している。屋根には赤い瓦が敷き詰められ、四隅にはドラゴンの彫像が守護神のように配置されている。


 一階は主に平民出身や、下級貴族の生徒が食事を取るスペースで長テーブルとベンチが整然と並べられている。テーブルの上には卒業生が贈った花瓶に冬の花が飾られ、食事時を鮮やかに彩っている。壁には大きなタペストリーが掛けられ、歴史的な戦いや伝説の勇者たちの雄姿が描かれている。提供される料理は栄養バランスが考えられた食事で、手が出やすい安価で食べられる。


 魔法式エスカレーターを上がった二階では、一流シェフが調理したカフェテリア形式のカウンターがあり裕福な下級貴族、大商会出身の生徒たちは好きな料理を選んでトレーに乗せる事が出来る。料理は地元の新鮮な食材を使ったもので、バラエティ豊かなメニューが揃っている。


 三階は個室や小さなグループ用の部屋があり、静かに食事を堪能したい上級貴族やその取り巻きとプライベートな時間を過ごしたい生徒が使う。部屋ごとに学生の親が寄附した金額によって部屋ごとに異なるテーマ風景を選別できる仕様となっている。


 最上階である四階は展望デッキになっており、利用できるのは限られた生徒だけ資格を持つ。公爵家の人間、にランキャスター王家、他国の王族が食事を摂りながら美しい景色を楽しむことができる。ぐるりと外縁を硝子で囲んだ展望デッキ内は温度調整が常時保たれて不満無く歓談しながら優雅な時間を過ごすことができる。


 学園に通うランキャスター第五王女のアンジュリカも当然ながら最上階で料理を頂く…筈なのだが。


「お久しぶりですショウ様。此度の魔導国使節団、大儀でしたわ」


 食堂へ入ってきた俺を狙って待機していたエレニールの愛妹、アンジュリカが外向きの微笑みを浮かべながら近づいてきた。彼女の姿はまさに王族の風格を感じさせるもので、その美しさに周囲の生徒たちも一瞬息を呑む。


「ご無沙汰しております王女殿下。このショウ、恙なく殿下にお目にかかれて恭悦至極」


 屋敷に訪ればひたすら銀弧のモフモフ尻尾に包まれて限りない幸せに顔を綻ばすアンジュも、学園内では一派なお姫様を演じている。周りの視線が集まる中、俺は騎士の礼を繰り出す。大袈裟に振る舞った所作が茶番の笑いを誘ったのか、クスクスと扇子で隠した口元から静かな笑い声が聞こえてきた。


「そんな硬くならないで未来のお義兄様。よかったら私と一緒に食事でも如何ですか?」


 微笑みながら食事を誘ってくるアンジュリカの言葉に聞き耳を立てていた周囲の生徒の視線がさらに集まり、ざわめきが広がる。彼女の背後で佇む取り巻きらしき貴族令嬢方が互いに見つめ合い小声で話す。何処か興奮気味に以心伝心会話を繰り広げている。


 勿論、断る訳がない。


「御言葉に甘えてご一緒させていただきます」


 俺の言葉に嬉しそうに頷いたアンジュリカ。差し出された手袋越しの手を取って案内される。彼女の優雅な歩き方に合わせて、俺も自然と歩調を合わせる。食堂の中を進み、魔法式エスカレーターを進んで最上階へ到着した。


「こちらへどうぞ、ショウ様」


 特別に用意された席を示すアンジュリカに感謝の礼を送り、城下町が一望できる特別席に腰を据える。テーブルには既に豪華な料理が並べらており、まるで王族の晩餐のような光景が漂っている。


「どうぞ、お召し上がりください。今日は特別にシェフにお願いして、ショウ様のお好みに合わせた料理を用意してもらいました」


「ありがとうございます、殿下。こんなに豪華な食事をいただけるとは、光栄です」


 俺は重ねて感謝の意を込めて一礼し、料理に手を伸ばす。アンジュリカも優雅に食事を始め、二人で静かに食事を楽しむ。一緒に昼食を召し上がる取り巻きを気にしてか、お姫様の仮面を被ったままの食事。


「ショウ様、お耳に挟んだですが、魔導国にて見事な武功を挙げられたとか?話して頂いても」


 アンジュリカが興味深そうに尋ねる。俺は少し考えながら、魔都ガヘムで受注した依頼先での出来事や冒険の話を彼女に聞かせる。彼女は真剣に耳を傾け、時折質問を交えながら話を進める。


「それは本当に素晴らしいですね。ショウ様の武勇と業前にはいつも感心させられます」


「ありがとうございます、殿下。殿下の励ましがあるからこそ、私は頑張れるのです」


 口調を陰に潜めた二人の会話は和やかに続き、食事の時間があっという間に過ぎていく。アンジュリカの笑顔と優雅な振る舞いに、俺も自然と羽を伸ばし、楽しいひとときを過ごすことができた。


 ――キーンコーンカーンコーン


 やがて、楽しい時間は終わりを告げる。


「さて、そろそろ午後の授業が始まりますね。殿下もお忙しいでしょうが、どうかご無理なさらずに」


「はい、ショウ様もどうぞご自愛ください」


 教師として役目が残っている俺は立ち上がり、軽くお辞儀を交わして別れる。アンジュリカ王女は侍女と共に優雅に去って行き、俺は午後の授業に向けて訓練所へと戻った…。




「――ショウ先生っ、貴殿に模擬戦を申し込む!その化けの皮…伯爵家嫡男である、このレオンが大衆の面前で暴いてみせよう!!」


 やはり、教師初日は厄介事で迷い込んでくるのが「原点」の定め…か。

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