第190話 教師一日目
室内訓練所に入って来た最初のグループが体操着に着替える更衣室へ向かってから、慌ただしく扉が開き、生徒たちが続々と地面を土で固めた訓練所に入室する。
初手にやってきた生徒たち同様の会話を彼等に告げ…それを何度か繰り返す。
――キーンコーンカーンコーン
始業を告げる本鈴が室内を支配する。事前の会議で学園長から初回の遅刻は許してくれと通達を受けている。本鈴が鳴って間もなく、全力疾走で廊下を駆けた生徒が頬を伝う汗を制服の袖で拭って室内に入った途端、目線が合った俺を恐る恐る見つめる。だが、寛容した表情を浮かべると、遅れた生徒はほっとした様子で息を整えた。
「遅刻は今回だけ特別に見逃すが、明日からは気を付けるように」
そう優しく諭すと、生徒は深く頷き、更衣室へ急ぎ足で歩いた。
その後、体操着に着替えた生徒等全員が一列に整列し、訓練の開始を待つ。人数は軽く40人を超えている。
一限目の授業は高等部一年生に基礎と筋肉運動の土台作りが優先されると前任者の教倫が残した指導書に書き写しされていた。
ふむ…名門学園で学ぶ高等部とは言え、見渡す限りまだ骨格もおぼつかない育ち盛りの十代前半。過度な訓練を行使すれば変に骨が歪み、将来に悪影響を及ぼす。正しい訓練方針を算出し、負荷のかけ方を調整しながら授業をこなさなければならない。
剣術指導官としての役目を果たすべく、一挙一動に耳を傾ける彼等の前に出た俺は一回目の授業内容を説明する前に自己紹介する。
「では、改めて本日から剣術指導の教師に任命されたショウだ。本業は冒険者として王都を中心に活動している。よろしく頼む」
「「「よろしくお願いしますショウ先生!!」」」
40名以上の揃った声が空気を揺らす。
「いい返事だ。これから点呼を行う、名前を呼ばれたら返事をするように――ディオンㇴ・サーチレイ」
クリップボードに挟んだ生徒の名前が記入された名簿帳を読み上げる。
「はい!」
「ロウジェイデ・カールソン」
「っはい!」
暫く経って全員の名前を呼び終えた。幸いな事に欠席者は出なかったので全員の顔と名前を記憶した。
「良し、全員揃っているな。最初の授業は皆の実力を測る簡単なテストを行う。明日以降の課題内容の方針を定める為だ。全力で取り組んで欲しい。まずはウォーミングアップから始めるぞ。全員、準備運動を始めろ」
俺の言葉を最後に生徒たちは一斉に動き出し、指示に従って体をほぐし始めた。各々、全身の筋肉を一つ一つ動かす光景を眺めながら俺は思考を重ねていた。
「(流石名門の王立学園に通いながら剣術クラスを選択した者達。無駄な肉は一片もない、念入りに鍛え上げられた柔軟な身の動き。神経系統の発達も12、13歳ながら秀でている)」
準備運動が終わり、室内訓練所をぐるりと何周か走らせても息を切らす生徒は見受けられない。スタミナも十分保っている。ウォーミングアップが終わると、次に俺は生徒たちを集めて次の指示を出す。
「次に基本の剣技を確認する。全員、木剣を持って型を構えろ」
『はい!』と元気な返事を出した生徒たちは腰に差した剣帯から木剣を取り出し、構える。気迫を込めた姿勢はどれも真剣、皆のやる気が皮膚の表面に伝わってくる。
「いい戦意だ。では振り下ろしを一通り拝見させてもらう、始め」
「ッせい!ッせい!」
「はあっ!はあっ!」
「っや!っやあ!っや!」
「てやぁ!ソイヤッ!おっりゃ!」
一斉に動き出し、基本中の基本である剣の振り下ろしを繰り返す。集中力が漲ったその動きは力強く、的確だった。しかし…経験が乏しいのか、剣先に殺意が溶け込んでいない。
こればっかりは無理もない。剣術指導の教師が居ない間、剣を心得ない副教員が見守る中で自主練の毎日だと聞き及んでいた。
俺は一人一人の動きを注意深く観察し、必要なアドバイスを与えていく。
「ビクトール、腰を落として重心を安定させろ。太腿の筋肉に血液が集まるイメージを持て」
「はいショウ先生!」
「レイチェル、両目に被さる前髪が視界を遮っている、実戦では致命的な一撃を下さいと言ってるもんだ。明日から前髪は額にかからないようにピンで留めろ」
「はい先生!」
「ジングムンド、力を入れ過ぎて手首に負担をかけている。肩の力を抜いてリラックスした状態を保て。振り下ろす瞬間、腰の回転を使って力を伝達するんだ」
「っうす!」
俺の指示を素直に従って動きを修正していく。どんどん彼等の動きは滑らか、無駄な力が入っていない剣先が一直線に振り下ろされ、木剣が空を切る音が響く。生徒の成長を見守りながらアドバイスを教えていく。
「これまで」
終了の鐘が鳴る15分前に終わりの合図を掛ける。終わると同時に、全身の筋肉が軋み、芯から疲れた様子に湯気が立たんばかりに汗塗れた生徒たちがその場に倒れ込んだ。彼らの彼らの顔には疲労の色が濃く浮かび、息を切らしながらも達成感に満ちた表情を見せている。
「があぁ…やっと終わった」
「一限目からハードだったな…いや本当」
「でも、久しぶりにサッパリした私もいる…」
生徒たちは互いに声を掛け合いながら、地面に仰向けになって大の字に倒れ込む。浮き出た汗が額から滴り落ち、体操着が肌に付着している。彼らの胸は大きく上下し、ぜぇぜぇ激しい呼吸音が聞こえる。
「良くやりきった。皆の動きは格段に向上していた。これからもこの調子で訓練を続けていこう」
木剣を杖替わりに身体を支える生徒の元へ近づいた俺が告げた言葉に全員の顔が強張った。まるで俺が常識足らずの不条理を実行する狂人みたいな視線を向けられた。
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