第119話 観光
幾つもの陰謀が混じり合う魔導国の首都ガヘムに到着した初めての早朝、寝る必要が無い俺は安宿で借りたベッドの横になりながら一晩中ナビリスと念話を交わしつつ情報共有を行っていた。どうでもいい世間話からエレニールが手紙に示した内容まで。我の女神との会話に話題が途切れることは無かった。
――ドゥンッ――ドゥン――
――バッ…ヒュゥゥゥッドーン――
遠くからけたたましい破裂音が耳の穴に流れ込んでくる。余程離れた距離で起こった爆発らしく音は室内まで及んだが建物に振動は感じない。
『外が騒がしいな。後でかけ直す』
『ええ、そのようね。丁度私も新人奴隷の教育の時間だから。続きは今夜にでも今夜にでも、愛しているわショウ』
俺も愛している、と呟けばナビリスとの繋がりが途切れる。…さて、外の爆発音は何だったのだ?花火の音に類する大音だったが、宿屋の女将に聞いてみるか。
思い立ったが吉日、颯爽とベッドから起き上がった俺は水で満たされた桶で顔と髪を濡らし熱風魔法で乾かせ後は今日着る衣服を考える。木製の板戸を引けば早朝のひんやり冷たい空気を肌に冷たく感じる、インベントリーから冬服を取り出す。コートをパーカの上から羽織ズボンは地球から取り寄せたジーンズ、分厚い靴下に汚れても構わないコンバットブーツを履けば準備完了。
剣帯を腰に回し、ベッドに立てかけたミスリルソードを差せば完璧。360度何処から見ても冒険者の風格だ。
「すまない、先程の爆発音に心当たりは?」
日の光が照らさない薄暗く静かな廊下を進み受付の奥で何やら紙に文字を書く作業をこなす作業員に尋ねた。昨日の女将は見当たらない。代わりに居るのは若い女性作業員。恐らく娘だろう。
廊下の奥から来た俺に気付いた女性は羽ペンを持った手を紙から離し、数秒考え込めばそのまま腑に落ちた納得する声を上げた。
「あ~、もしかして初めて魔都ガヘムに来る旅の者ですか?」
「ああ…昨日リコリス方面から列車で来た」
「…もしかしてランキャスター王国よりいらっしゃった使節団の」
もう噂が広まっているのか。それとも駅のホームで姿を見ているのか?俺は肯定の意味を示す相槌を取った。
「見てくれは立派に聞こえは良いが、魔物の間引きや護衛等の単純な依頼を受けたに過ぎない、実際雑用係に近い依頼だった。そのまま日帰りで王国に引き戻っても良かったのだが、折角だし、少しの間滞在して観光スポットとか寄ってみようと思って」
「あぁ、そうですか。っと、話が逸れましたね。先程響いた爆発音の発生場所は二つに絞られます。一つは学生が通う国立イヴァルニー魔法魔術学園、もう一つは魔法の淵源を掴み国家の戦力せんと毎日優秀な魔術士が研究する魔術の塔」
机に突いた腕を曲げてペンを掴んだ手で二本指を突き上げる。
「二ヶ所共危険で高火力の魔法を扱うので要所より離れた立地に建造されたのですが、音は遮断出来なかったらしいです。もう皆慣れていますから逆に活用して目覚まし代わりにしていますよ…ふふ」
イヴァルニー魔法魔術学園に魔術の塔、どちらも駅のホームで購入したガイドブックに記載されていた。
…成る程さっきの爆発音は魔法の発動に失敗した音だったのか。
「両方とも当時魔導国一の建築士が建造した建物との事で外見は城にも劣れを取らない目を奪われる程に凝った作りになっております。流石に関係者以外敷地内に入る事は出来ませんが、遠目から一見出来ますよ。初めてガへムへやってきた旅人はその圧倒的存在感を放つ建築物に腰を落とす抜かす人もいるとか」
作業員の言葉を聞きつつ腕組みして思いを致すが、一回ぐらい見渡すのも悪くない。今日、明日は観光で時間を潰すのも有りだな。
「色々教えてくれて礼を言う、ためになった。少ないが取っておいて欲しい」
「っえ?あ、ありがとうございます!まだ何かありましたらご自由に聞いてくださいぃ!」
手間をかけたお礼にとポケットから取り出した銀貨を三枚程のチップを受付のカウンターに置けば、やや取り乱した口調で感謝を伝えると恐る恐る掴んだ銀貨を衣服の上から着たエプロンのポケットに突っ込んだ。宿代も安かったし、女将が作る飯も美味かった。少しチップを恵んでも構わないだろう。
城下町に出た俺は一旦大通りを目指しつつ周囲を一望していた。朝日が昇って然程時間が経っていないせいか道を歩く住民は多く無い、だが制服っぽい魔法使いのローブを着た若者達と度々目に入る。季節が冬に近づいているので寒そうに口から白い息を吐き出し、寒さに手を海老のように赤くへし曲げながら学園があるであろう方向へ駆けていく。
空を見上げてみれば色付きのローブを身に纏い、様々な素材を使用した箒に跨って宙を飛ぶ一流魔法使いをざっと見る。目を凝らせば火魔法のエンチャントが付いた服を着ているらしく全く寒さを感じていない。
王都ランキャスターでは味わえない風景に物珍しげで楽しみを感じつつ大通りへと繰り出した。
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