第118話 手紙

「それでね――ちゅんちゅん…え。う、うん!ごめんねお兄さん、依頼報告をしなきゃ。それじゃね!バイバイ」


 お互いに握手を交わせばダリアに気に入られたらしく、五分程話し込んでいたがいきなり鳥声で何か話すとそそくさと別れを告げ、端のカウンターで仕事に励んでいる受付嬢に一言告げれば二階へ続く階段へ掛け走る。段差に足を掛ける寸前後ろを振り向き俺へ向かって嬉しそうに手を振るえば肩に停まっているらしい鳥と何か話しながら身軽な体でスキップしながら上へ登っていく。


「真の英雄とはお前の事を指すんだろうな!」


 ダリアが二階へ消えればあれ程静かだったギルドが一瞬のざわめきが起き、瞬く間に騒がしくなる。すると先から俺をジロジロと眺めていた一人の冒険者が近づけば遂に声を掛けられた。


 魔導国では珍しい前衛戦士を露骨に出した装備に身を包んだ傷だらけの大男、長年に渡って蓄積した経験の勘を元に此方の実力を測る為、頭の天辺から足先まで探ると剣の間合いより二、三歩手前まで進めばそこで止まった。表情から強い警戒を向けられている…無理は無い。いきなり隣国から来たA級冒険者が踏み入れば誰もが身構えるのは自然な流れ。


「真の英雄、とは何の事だ?」


 身長は俺より二十センチは高く、肉体は鋼の様に筋肉で覆われている。腰に巻いたベルトからは斧が二つぶら下がり、動きやすくて機能的を重視したレザーアーマーに急所部位を守る為鉄製の胸当てを付けている。男が座っていた場所へ目を向ければ五人用の丸テーブルに座り此方を見つめる四人分の視線と合う。カラフルな色柄のローブを被る男女4人、魔法使い特有のローブのせいで正しい体格は断定出来ないが料理が盛られた皿を持つ手の清潔感を見る限り四人とも純魔法使いなのであろう。


 前衛一人に、後衛四人…。バランスが取れたパーティーなのか一瞬頭に浮かんできたが、無関係の俺が決める義理は無い。ただ、酒場スペースで飲み食いする他の冒険者達が何もアドバイスを出していないので結局のところ優秀なメンバーなんだろう。


「おったまげだぜ!まさか、まさか『鳥狂い』に話しかける野郎が現れるとは夢にも思わなかったぞ。あんな気色悪い狂人に話しかける人間など真の英雄しかないだろ!」


 なぁ、と両手を広げながら周囲の同郷者達に問い質せば誰もが賛同する如く『おおぉ!』と歓呼が広がる。


「…ん?『鳥狂い』?『鳥使い』じゃ無いのか?」


 俺の質問に一瞬間抜け顔を見せた大男は一定の間を置いた後、口を大きく開いて高笑いが起きる。その笑いっぷりはまるで綺麗に並んだ歯を全部撒き散らすような大笑い。


「ガッッハハッハッハ!こりゃあ傑作だ!ああ、あんたは真の英雄なんてちっぽけな存在じゃ無かったな!あんたは英雄の王、英雄王だっ!皆も者!俺達は今伝説の誕生に立ち会った!さぁ我ら英雄王に乾杯といこうじゃないか!?」


「おおお!乾杯じゃ!俺に酒を持ってこい!」

「英雄王にカンパーイ!アハハハハ今日は目出度い!ヤベ笑い過ぎて腹が拗れそう」

「狂人の戯言を本気にしちゃって可愛い!顔も美形だし私お持ち帰りしちゃおうかしら?」

「ウフフフ止めとけ止めとけ!お前も真の英雄が伝染すれば商売あがったりだ。俺もパーティー解散はごめんだぜ!」


 伝染病のようにギルド内部に笑い声は広がっていく。思いっ切り馬鹿にしているが皆は気付いているのか、二階へ上がったダリアの実力はこの中で一番だと。


 それに酒場の一角に集まる集団に王都から同行してきた冒険者も居るが彼等は酷く冷めた目で見ている。実力主義の国家で強い者を尊敬し、重んじる国に暮らす人間からすれば、何故誰よりも強い者を狂人と蔑み馬鹿にするのか理解出来ていない様子。


「さぁ!我らが英雄の王よ。この神酒を譲与しましょう!さぁどうぞ、一献」


 酒場から中身が入ったジョッキを目の前に差し出される。付き合いきれんな、さっさと建物から出て今夜停まる宿を探すか。俺宛ての手紙も開封しなきゃならない。


「ああ、ありがとう」


 受け取ったジョッキを一気に体内へそそぎ入れた。エール以外の味も混じっているが神の身体には関係ない。俺の飲みっぷりが傑作だったのか再び笑い声が巻き起こる。


「王国のエールより濃厚が足りないが、気にする程では無いな。では、俺は今夜停まる宿を探さなければならんのでな」


 そう言うと近くに設置されたテーブルに空になったジョッキを置いて冒険者ギルドから出る。


扉を潜りまでギルドからは笑い声が続いていた。



「こちらが部屋の鍵となります。ごゆっくりどうぞ、夕食時に一度声をお掛けますね」


「ああ、部屋で寝ているからノックは強めにお願いする」


 立ち寄った宿のカウンターで鍵を受け取れば括り付けたタグに書かれた部屋まで向かう。日差しが当たらない立地に建つ宿は見た目こそ不気味だが、内部はこじんまりとした質素な宿。宿泊客も少なく静かな空間が好きな人には最高な物件。


 転々と設置された蝋燭の光では足りない薄暗い廊下を進み番号が書かれた扉に鍵を差し込めばガチャリと鍵のまわる音がする。まだ昼頃だと言うのに部屋の中は暗く、神眼を発動していない今何も見えない。


ライト――。


 指先から豆電球サイズの光の玉が浮かび上がり、空中でユラユラと揺れる光は部屋に備え付けたランプへ吸い込まれていき部屋を照らす。


「(部屋に発信器や聞き身を立てる輩もいない、早速手紙を――)」


 袋から取り出した無駄に凝った文箱を机の上に置く、日本の平安時代にありそうな古風な風情ある漆塗りと金継ぎが施された文箱を結んだ薄オレンジ色の紐をほどく。


 重厚な蓋を開ければふわり、太陽の光をいっぱいに吸い込んだライラックの花の香りが部屋に充満する。


…この香りは王城の花園に植えられた花、エレニールらしい深みのある趣向だな。


 そして本題の箱の中身である巻手紙を手に取る。


 施された封蠟には王族だけが使用できる紋章が押されている、正真正銘彼女からの手紙。


 他人に手紙の内容が露見を阻止する罠も仕掛けられている、このまま開封すれば罠が発動して手紙は即座に燃えカスとなる仕掛け。罠を解除するには既に決めている合言葉に魔力を籠めながら唱える必要がある。


「…アンジュは一番の天使。愛しいアンジュは大天使」


 よりによってどうして合言葉をこれに決めたのか講じたいが…まぁ良いだろう。


 発光した封蠟が一人で開封され、王女直筆に書かれた手紙の内容を読み解く。


 俺に宛てた手紙には季節の挨拶から始まり数行世間話の後、間諜が集めた情報の一部が書き表している。色々省略されているがもし詳しい内容を知りたい時には密偵が集まる場所への行き先と時間帯が地図付きで手紙の端に張り付けている。


最後には魔都に辿り着けば全然会えなくなる事に納得出来ない、駄々っ子のように、殴り書きで文字を並べていた。せめてエレニールが念話のスキルを覚えていれば四六時談話出来るんだが、一度ナビリスに聞いてみるか。


こうして魔都一日目は過ぎていった。

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