第117話 冒険者ギルドにて
受付嬢に告げられた二階へ続く階段を上がり、廊下を進んだ端の扉に張られたドアプレートには「談話室」と書かれていたのでノックも無しにドアノブを捻りギィと木製特有の音を廊下に響かせ扉を開く。
ぐるりと部屋内部を見渡す。談話室の中はシンプルさを優先順位に置いているのか備え付けた家具は対面するように設置された長ソファー、挟むように置かれたローテーブル。屈強な男冒険者が乱暴に扱っても安易に壊れないようにテーブルの脚と繋目に鉄板と釘で補強している。最後にポツンとテーブルに置かれた生け花が良い雰囲気を醸し出している。
これ以上概要説明する所も見えないので適当に選んだソファーに腰を落とし、鞄から書店で買った魔導国の歴史書に目を通す事で時間を潰すことにした。
―コンッコンッコンッ――
「入ってくれ」
静けさの中、時間の存在そのものさえ忘れてしまうようなゆったりとした時間を読書に費やしていれば談話室の扉からノック音が響き渡る。このまま待たせるのも無粋と感じた俺は読んでいた本から目を離すと、鞄に戻し扉の方へ向かって返事を送った。
「失礼する、待たせてしまってすまない。少々大事な会議に朝から参加していてな。あの老い耄れ連中、私を中々帰してくれなんぞ。お詫びと言っては何だが、この地で人気の茶葉を用意した。気に入ってくれると喜びに堪えない」
開いた扉から部屋へ入って来た人物は入国してから初めて目にする漆黒のローブを暑苦しそうに胸元を手で仰いでいる。首からはメダリオンが横一列に並べたネックレスを下げ、ローブの袖から見える腕には細い希少金属のブレスが何本も巻かれている。
武器は腰に巻いたベルトには小振りの杖を装備している。濡れ羽色の長髪を背中に流し、額から左頬へ掛けて前髪で隠している。神の目で調べたが実年齢は45を超えているが、どう見ても二十代後半にしか感じさせない。肌の美しさは保たれて、目皺も確認できない。
何人の男が勇気を振り絞り悪魔如き美しさの彼女を誘い、真実に絶望したか考えたくもない魔性の女。
ギルドマスターと思われる女性の背後に控える若い受付嬢が持つ木製のトレーに置かれたティーカップからは淹れたばかりの白い湯気が渦を巻きながら立ち昇っていく。
「ふぅ…長時間話した後の紅茶は喉に染み渡る。では、お初にお目にかかるSランクに最も近いA級『孤独狼』ショウよ。私は魔都冒険者ギルドを任されたシルヴィア・メェハリム。住まう国は違えど、同じ組合に所属する同士だ。好きなように呼ぶが良い」
上品に、そして気品ある仕草で対面するソファーに腰を下ろした魔性の女性はテーブルに置かれたティーカップを手に取れば唇に僅かに当て音を立てないよう一口すすれば自身の名を名乗った。背後の壁際に控える受付嬢は此方を見つめるのみ。
「どうやら自分の事を熱心に調べてるご様子、ならば今更名乗るのは言わずもがな。此方こそ宜しく魔導国が誇る唯一無二の『重力魔術士』メェハリム殿」
俺の放った言葉にピクリと片眉が跳ね上がる。しかし、シルヴィアと名乗るギルドマスターは顔を歪める事は無く平然とティーカップに口をつけてゆっくりと喉に流し込む。良い家柄の生まれであろうギルドマスターは洗練された手つきで音もなくカップを置いた。
「元『重力魔術士』だ。既に引退していて今はお偉いさんとの有り難い無駄話に付き合うだけの過ぎた小母さんだよ。此方にも噂が噂を呼んで広がっているわ、闘技大会優勝者で異界より召喚されし勇者様から婚約者である第三王女様を守る為、会場の観客の前で拳一つで気絶させた話…吟遊詩人今一押しの歌よ」
重力魔術士の前に元を付け加えて誤魔化すが、魔都のギルドマスターは時間が空くと執務室エリアから逃げるように消え付近のダンジョンへ挑むのは街中の住民が知る事実。後半の方は聞かなかったことにした、あの後ナビリスから三十分以上に渡る小言を受ける羽目になり、晩餐会の夜では異様に上機嫌だったエレニールの世話に奮闘する結果となった。
「おっと、話がそれたわね。嫌ねぇ歳を取るとすぐ余計なお喋りを始めちゃうの、ごめんなさいね」
優しい含み声で自らをやさしく諭す口調に俺が出来るのは横に頭を振る。
「早速本題へ入りましょ。今からエレニール王女殿下の使者から預かった品を取り出すわね、魔法袋から出すから身構えないで頂戴」
一旦前置きを添えるシルヴィア。了解の相槌を送れば腰のベルトに固定した少し膨れた魔法袋に手首ごと入れると、中から漆塗りと金継ぎが施された文箱が現れる。蓋に書かれた王国の象徴する紋章は純金が使われている。一見して開けられた形跡は見当たらない。
…エレニールからのサプライズと取っていいのか?
婚約者の性格すれば少々手間や金が掛かった派手な一品を両手で受け取った俺は足元に置いていた袋に入れた。他人の目があるの場所で手紙を開くなど浅はかな事はしない。当然なる礼儀。
さて、果たすべき要件は全て済んだな。
「確かに受け取りました。それでは、俺はこの辺で失礼します」
「あら、もう行ってしまうの?もう少し世間話を広げても私は構わないわ」
文箱を入れた袋を背負いソファーから立ち上がった俺を意外だ、と些か呆気にとられるギルドマスターに目を合わせて告げる。
「折角他国に来たんだ、どのような依頼が出されているのか興味有る。もう行っても構わないか?」
「…えぇ。勿論お眼鏡に叶う依頼が見つかったら受けても構わないよ。欲を言えば長年張りっぱなしで放置された困難な依頼を受けて欲しいわね、依頼達成率100%の優秀冒険者さん?」
巧みな口調でどれだけの若造を落としてきたやら。男の醜い嫉妬で命を奪われる可能性もあるはずだが、未だに存命出来る実力を持つ、と言うことか。
「気になる内容を見つけたら受けるのも一興。全て魔都冒険者ギルドの職能次第だ」
それ以上口に出すことは無く廊下へ続く扉を開いた俺は一階へ降りる階段を目指して足を進めた。
「(ふむ…王都のギルドと変わらず超大型や行き来するだけで時間が掛かる依頼は放置される割合が高いな)」
ギルドのロビーに戻った俺は集まる視線を気にすること無く掲示板に張り出された依頼一覧を一通り眺めていた。Ⅾ級とC級の依頼は人気なのか依頼書の数は少ない。F級とE級の依頼は冒険者になって余程経っていないだろう見た目は俺より若い、青年少女達が雛鳥如く依頼書を剥ぎ取ってゆくがどんどん追加の依頼が張られる。……しかし、若者らの視線が痛いな。感情的に嫉妬の部分が強い傾向。
まぁ外見は一、二年上の俺がデカデカとA級と書かれた依頼書に目を通していれば「誰?」っと風に知りたくもなるか。
王都から一緒に来た使節団の冒険者達は酒場スペースで酒や料理を飲み食い交わして俺を見て見ぬふりを徹底している。
「ちゅんちゅん…鳥さん、鳥さん戻って来たよ。ぴーーよピヨピヨぴー…ヒヨドリさん静かにしないと又怒られちゃうよ?ちちちチョットコちょっコイ…うん、今回の依頼も大変だったね。でも!予想以上に時間が掛かったのは鳥さん達があちこち寄り道しちゃうからだよ!」
シーン――
冒険者特有の活気に包まれた雑音はたった一人の冒険者が入って来たことによって搔き消された。背はアンジュより低くて髪の毛を肩に届くほどに伸ばした紫色の髪が鳥の巣ように絡まったボサボサ頭に置かれた花冠に込められた異常な程の魔力。幾つもの花柄のローブは土で汚れ長年洗った形跡は、無い。
両肩に交互顔を向け鳥と会話を繰り広げてらしいが、そんな影は見えない。
恐らく彼女の瞳にしか映っていないのであろう。
「あれぇ?ここも静かだね…ちゅんちゅん。え、鳥さんどうしたの?ちちちちピーヨピヨ…えー!凄い魔力量を持った人が居るって。どんな人?チュン、 チャッチャッ、うんうん…ニーニーニ、ほぇあそこに居る男性の人」
鳥たちと会話を楽しんでいた冒険者を首が回れば俺へ向けられた。目線が合った、なら俺から話しかけよう。それが紳士の役割だ。
「よく俺の魔力に気付いたな、上手く隠せていると自覚しているつもりだったが」
目が合うなりいきなり話しかけてきた俺にビックリした様子だが、一度交互に両肩を視線を落とせば再び俺を見つめてくる。
「…ぜーんぜん!あたしじゃ全く気付かなかったよ!気付いたのは鳥さん達なんだ。お兄さんも詰めが甘いね!鳥さんに隠し事は出来ないんだよーちちち、キョッキョッヒーヒョー、ヒーヒョー。…えええ何で鳥さん達が怒るの!?チャッチャッチャッ…う、うん初めて会う人にはもっと優しくしないとね!うーん、ごめんなさいお兄さん。鳥さん以外と話すのは久し振りだから少し心が躍ったの!」
「俺は気にしていない、いや寧ろ隠した魔力に気付かないだろうと豪語していた俺に責任ある」
うんうん、と腕を組み考える風に数回頭を上下に頷く。
しかし…神眼で観察してみても彼女が話している鳥は目に映らない。ちょっかいを掛ける訳にはいかない。
「ちゅんちゅん…うんうん、お兄さん優しいね!ニーニーニ、ピョピョ、ちゅん…あーそうだね鳥さんの言う通りだ!でね、鳥さんが言うらしいにはお兄さんのお名前分からないから教えて貰っていい?キョッキョッキョッ、えぇ!私の名前が先!?むぅー何だか恥ずかしいよぉ」
「別にこっちから名乗っても平気だ。ランキャスター王国を拠点に活動するA級冒険者ショウ。他の者からは『孤独狼』と言われている」
名を名乗った俺は相手に右手を差し出す。その意味が分からなかったようで首を傾げる彼女だったが、鳥から教えて貰った様子で目をキラキラ輝かせて俺の右手を掴んだ。
「これが握手なんだね!っあ、あたしはラーヘム魔導国を中心に活動するA級冒険者ダリア。『鳥使い』のダリア!」
食い込むほど手を握ったダリアの顔には会心の笑顔を見せていた。顔一杯に満面の笑みに普段動かない俺の口角が緩んだ気がした。
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