第116話 駅のホームから冒険者ギルドへ


 魔導列車から降りた駅のホームにて依頼が現時点において完了したと一方的に声を放ち、最後の番となった俺の前に近づいてきた兵を指揮する軍隊長よりエレニールからギルドに手紙を預かっていると俺の目を睨み付けながら告げた。国に仕える一人の軍人として王族からの名誉ある御言葉に対して感情を出さない俺の反応が気に入らなかったのか、大きく舌打ちを打ち此方から離れていった。


 王都から同行してきた同僚者も何時の間にか周囲から消えており、ポツンと立つ俺一人に魔導国に住まう民の視線が集まってくる。視線の殆どはまるで実験動物を強化ガラスの向こうから観察するような好奇心溢れた感情。一人か二人、集団に紛れて此方に敵意を隠さない視線も感知したが向かうから危害を加えてくる訳では無いので、そのまま隊長に告げられた通りにホームから出て冒険者ギルドを目指す事にする。


 ホームの出口を抜けた先、瞳に映る光景を俺は興味深く観察していた。魔法に力を入れている国家の足元だけあって街並みは綺麗に整えられ、自国で生成された魔道具を輸出する事で景気も良く住民の顔にも不満そうな表情は伺えない。少なくとも表面上は。


 しかし、ランキャスター王国とは全く異なった文化が目に入ってくる。真っ先に目に入ってきたのは魔法使い特有なローブに身を包んだ者達の異様な多さ。勿論全員が全員、魔法使いと言う事では無い。それでも半数以上が膝まで隠したローブを着ている。


 一目するに灰色のローブに真新しいとんがり帽子を被った者の殆どが十代半ばの若者。片手には魔導書を脇で挟むように持ち、同世代であろう同じ灰色のローブを着込んだ魔法使い仲間と楽しく地面を歩きながら話し合っている。


 そして、顔を空へ見上げれば灰色以外のローブを纏った魔法使い達が箒に跨り空中を飛びながら進んでいる者達。


 杖に跨って空中を優雅に進む魔法使い、俺と同じ様に自らの足で大地を踏みながら進む民間人に灰色のローブを着た若人。きっちりその二種類に分かれていた。要するに灰色の魔法使いは魔法見習いと奴で、色付きのローブは一人前の称号を持った魔法使い……か。格差を付けたがる人間らしい規定だな。


 道沿いに建てられた建物に目線を向ければ殆どは二階から三階建てに素材はレンガが使用され、独自の文化として二階と三階に付けられた玄関ドアの前にはベランダから着陸出来るための空間が設置されている。更に屋根部分を見れば落下防止の為か片流れ屋根で出来ている。


 ガイドブックによれば飛空魔法で思うがまま飛べる魔法使いも年に数回は激突事故を起こすとか。


 これは途中立ち寄った駅のホームで購入した旅行本に示されていた記事に示されていた情報だが。五歳の時受けられる洗礼にて一般より高い魔力を持ち、ステータスに魔法属性を覚えている者は学び舎に無償で魔法の教えを積むことが出来る。


 だが、生まれながら平凡な魔力を持った者、魔法では無く他のスキルがステータスに現れた者達はそれらの恩恵を受けることが出来ない。最後に、偶に生まれる魔力無しの存在。この国では魔力を持たない人は価値無しと言うレッテルが張られ、親族からも差別を受け蔑まれた一生を送るとか。運が悪ければ洗礼の後で自身の親が己の子の命を間引くという昔ながらの名残が今も続いているらしい。


 ……全く、人間とは何と生物の中で一番愚かなんだろう。何かとばかり順序を付けたがり、他と比べ劣っている生物を見下す。散々痛めつけた後最後には命を奪う。人間以上に大罪に塗れた醜い生き物はそう簡単に居ないだろう。


 その人間の一人と契りを交わした俺が言うのも酷な話だ。ナビリスが今も人間を信じない理由の大半と同じ。…王都に帰還したらキチンと労いの行動を示さないとな。


「(はぁ、余計な考えをしたせいで少し疲れたな。リフレッシュ気分に何処か飲み物を扱う屋台が見つかれば喜ばしい)」


 先ずは冒険者ギルドに向かう事を最優先に、ちょっぴり寄り道がてら幾つかの露店に足を運び情報収集を兼ねたコーヒーブレイクを洒落込むとしよう。少々遅れても手紙は困らない。


 魔都に建てられた冒険者ギルドは大通りから進み、二つ目の交差道を右に曲がった直ぐの所に存在していた。一国家に肩入れしない冒険者ギルドには様々な人種、種族が行き交うある意味平等を看板を掲げた組織。この在り方は魔法に力を入れた国でも変わらず、開き扉を潜ったギルドの中は構造は違えとランキャスター王国のギルドに似た匂いを雰囲気を醸し出している。


 …例えば、建物に入った俺を見極めようと視線が集まる所なんかは王国ではもう味わえない感触。


 秋から冬へ季節の変わり目を肌に感じる寒さがあるとは故、革ズボンに茶色のコートとシンプルな服装。一切の防具は無く、鞘にも入れていない青銀色に輝いたミスリルのロングソードを腰に携帯した俺の姿に困惑の極みを見せた魔都を中心に活躍する冒険者。


 しかし、ちらほら王都から共に使節団に参加していた他の冒険者はとっくに俺の風貌に慣れたのか一瞥すれば視線を元に戻した。


「大変長らくお待たせいたしました。貴方も王国よりいらっしゃった使節団の依頼をお受けた冒険者ですね、依頼の書類とギルドカードの提出をお願いします」


 何も語る事は無かったので、依頼と書かれた看板を吊るしたカウンターの列に並び待つこと二十分後、俺の番に回ってきた。これまで多くの対応をこなしてきたのか若い受付嬢はスラスラと噛む事も無く内容を告げる。


「A級のショウ。依頼書とギルドカードこれで良いか?」


「ッツ…。A級のショウ様ですか。実は我がギルドマスターより『孤独狼』のショウ殿が訪れた際に伝言を預かっております。お手数ですが二階の廊下奥の談話室にてお待ちしていただけますでしょうか?直ぐにギルマスを呼んできますので」


 カウンターに隊長から手渡された紙とA級を示すギルドカードを置いた途端、受付嬢のほんわかとした雰囲気が一気に変わった。


「御厚意に甘えるとしよう、ギルドマスターにはゆっくり時間を掛けても構わないと伝えておいて平気だ」


 背後でざわめきが起こっているが気にせずに俺は二階へ続く階段へ向かった。

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