第120話 極限まで省いた一太刀
上段から振り下ろす神速の剣閃。最早離れた所から目で追うことすら不可能な神域の絶技は、子供体型の醜い魔物は頭頂部から股下へ斬られた事すら認識できず、虫唾が走る潰れた叫び声を上げながら肉体が左右二つに分かれる。体内から溢れた緑青色の臓物を雑草が生えた地面に潰れるように落ちれば周囲に異臭をまき散らす。しかし、魔物を真っ二つにした張本人は鼻に巻き付く悪臭を気に留める事無く頭上から襲い掛かってくる新たな魔物へ向けて剣を振るえば首を斬り飛ばす。
新しい死骸が既に大量に重なる死体にぐしゃりと肉の潰れる音と共に加わる。
積み重ねられるように転がっている死体、既に足の置き場も見当たらない程ショウの周囲は生命が途切れた魔物達で溢れかえっている、一目で数を測れないほど。だが魔物の突貫は止まらない。真正面から飛び掛かる魔物、他の死体に紛れて毒が塗られた短剣を構え奇襲を仕掛ける魔物、木の枝から弓矢で攻撃する魔物、遠距離から攻撃魔法を飛ばしてくる魔物。全方位から攻めてくる魔物にただ一人で抑えるショウは手を休めること無くその場から一歩も引かない。
「っひぃ……!た、助けて。…誰か助けて……父さん、ママっ!」
ショウの背後で縮こまって血で赤く濡れた魔女帽子を深く被り耳を自分の手で押さえる年端も行かない少女。傍には使い古した魔法使いの杖が地面に転がっている。精神状態も不安定に陥っており呼吸も恐怖で乱れている。
不運が重なりたった一人生き残った不幸な彼女を標的に定めた並み居る魔物は欲望に塗れた老醜を晒しながら途切れる事無く襲い続ける。
一振一殺。淡々と、素振りを繰り返しているようにショウは殺していく。彼は攻撃魔法や神の力は使用していない、ただ純粋な剣術でみるみる内に魔物の数を減らしていく。使用したのは怪我を治療する回復魔法のみ。
「俺の傍から離れるな、離れたら死だと思え」
高速で発射される火球を四分に斬り裂くショウの言葉に酷く怯え、コクコクと涙を流しながら何回も頷く。
「いい子だ」
視線は魔物に集中しつつ雨の如く振ってくる矢を弾きながらショウの小さな囁きが呟かれると同時に、白銀の刃が振るわれる、瞬間、空間を断ち斬る四十を超える神速の斬撃。
放たれた絶技を回避出来る筈も無く刻まれた剣閃の軌跡にいた魔物は平等に首がとび、大地を更に赤と緑の血で染めていく。
それでも魔物の攻撃は止まらない。寧ろ後方から追加でどんどん増えていくのが目に映る。
――事の発端は一つの依頼から始まった。
建物が入り組んだ裏道の奥に盛り切りする小じんまりした宿屋『梟と不死鳥』にて一室を借りたショウは二日かけて魔導国の首都を情報収集を兼ねた観光に費やしていた。
魔都ガヘムを象徴ともいえる、三日月型の湖。魔道具にて絶え間なく清浄された湖に流れる水晶のような水は奥底まで見通せる程透明感に溢れており、湖の中央に聳え立つ頭一つ飛びぬけた王城。城と高級地区を行き来できる横幅十メートルは超える大橋は人気のデートスポットで日常観光客やカップルで賑わっている。
ガイドブックに書かれた『一度は行くべき観光地ベスト10』を僅か二日で完遂したショウは暇つぶしも兼ねた冒険者ギルドへ足を運ぶ、そしてA級依頼表にデカデカと貼られた一枚の依頼書がショウの目に入って来た。
殴り書きで荒く『緊急を要する!』と書かれた依頼内容を読み解けば…。
魔都ガヘムから半日程離れた村から魔物の集団の目撃情報があり近場の冒険者ギルドへ依頼が依託された。その依頼の内容は目撃された魔物の種類の判別、可能であれば討伐、と言った変わりない物。依頼が貼られて寸刻でC級一名、D級四名のCランクパーティーが一件を受けた。
後衛から遠距離攻撃を放つ魔法使いが三人、最前衛で守備に徹底した大盾使いのリーダー、中衛でパーティーの指揮とサポートに重心を置いた魔剣士。
やや前衛役が頼りないが魔導国では普通に見かける配置、寧ろバランスが取れたパーティー。礼儀も正しく、傲慢から程遠いメンバーが集まったパーティー、そこまでは良かった。
――依頼を受けて三日、彼等は戻って来なかった。
この事態を重く見た冒険者ギルドは首都へ連絡、後日斥候に長けたB級冒険者二名に指名依頼が出された。
これで何か情報を掴めると安否した冒険者組合、しかし二人の姿はそれ以降見た者は居ない。
流石にこれ以上優秀な死傷者を出したくない冒険組合は依頼の脅威度をAランクに上げた、そしてショウの手にと渡って来たのだ。
依頼を受けたショウは颯爽と目撃情報の村へ向かうため北門を抜け暫く徒歩で距離を開ければ王都の屋敷で飼う馬を転移魔法で呼び出せば慣れた手つきで鞍とハミを装着しその場で身体にピッタリとフィットするキュロットを履いて大型の馬に跨り手綱を中指と薬指で握った。
ショウによる魔力操作で馬は疲れを覚えず全速力で野を駆け抜けるその姿はまさに風、数時間でCランクパーティーが当初依頼を受けたと思われる町を過ぎ去れば消失したと思われる村に辿り着くまで僅か。
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