閑話6 絶対的な力
「凄い…、な、なんて強さだ…」
思わず僕の口からそんな言葉を無意識に呟く。
今、僕の目の前ではショウさんが悪魔相手に一方的な戦いを見せされている。いや、僕の実力じゃただただ見る事しか出来ない。下手に手を出しても邪魔にしかならないと他の皆も理解している。だから今回のリーダーゴウテツさんも手を出していない。
今何回フェイントを見せかけた。何故あの出鱈目な構えからカウンターが出来る。何でスキルを使わずにあの剣技が出せる。どうやったら死角からの攻撃を振り返らずに防げるんだ。どうやって無詠唱で唱えた魔法のタイミングが分かったんだ、まるで悪魔の攻撃が最初から来ることが分かっていたかのように。予知系のスキルを持っているのか?彼を鑑定した時にそんなスキルは表示されなかった。やはりステータスを偽装しているのか?
僕は彼の神かがった動きに目を奪われていた。…いや、見惚れていたが正しいか。
彼がマジックバッグから見事な刀を取り出した時は少しびっくりして口に出してしまったが、彼は何も言わず悪魔へ向かっていった。
『孤独狼』ショウ。彼の名を初めて耳にしたのは僕がとある依頼を完了して王都に戻って来た時。
ギルドの酒場で話を聞いてみるとどうやら、冒険者の町オーウェンで登録すると瞬く間に上級冒険者に成り上がった一人の男。不思議な事に彼は誘われても一切パーティーを組まずに困難な依頼を難なくこなし、その達成率はなんと100パーセント。僕ですら全ての依頼を達成してきたのではない。
更にあの塔に挑み、ソロで第51階層まで辿り着いた噂も王都にも広がっていた。ハッキリ言ってそんな偉業を一冒険者がこなせるはずが無いと思っていた。
僕は当初その噂を冒険者ギルドで耳にした時に、どうせ尾びれが背びれが付いた噂だろうと小馬鹿にしていたが。馬鹿だったのは僕の方だったようだ。
あの時の僕を思いっきりブン殴りたい。
僕が彼の姿を初めてこの目で見たのはこのダンジョン調査の依頼を受け、集合日時での訓練場だった。
噂の彼を一目見た時、思わず驚きで目を見張った。思わず言葉を忘れる程に驚いた。
黒い目に、銀色と黒が交じり合った髪。顔は男の僕すら妬ける程に物凄く整っており、表情はピクリと動かず。作られた人形に見える。僕より高い長身に鉄の様に盛り上がったティーシャツの袖から出る腕は太く、良く鍛えられている。紺色のジーンズを履き、何故かコンバットブーツと言う何ともこの世界では異様な格好。そう…この世界では決して見る事は無い服装をしていた。手には昔の地球人が広めただろうコーヒーが入った紙コップを手に持って。装備は腰に差したミスリスの剣一本のみ。
彼のあまりにこの異世界から懸け離れた姿に、ここ最近よく耳にするようになったバンクス帝国に召喚された勇者達の一人かと思ったが、明らかに他の者とは違う強者の雰囲気を纏っている。身体全体に張り巡らせた凝縮された膨大な魔力が、魔力探知を使用しなくとも一瞬で理解した。
「ねえユーリ、彼は何者なの?彼が近くに寄った途端精霊が騒ぎ出したんだけど、まるで彼に感激してるみたいで」
傍にいるカノンが僕の耳に近付くと誰にも聞こえない程の小さな声で聞いてきた。そんなこと僕が知りたいよ…。
本当なら見つかったら無礼でマナー違反なのだが、思わず彼に鑑定を掛けてしまった。しかし、彼のレベルは僕と同じぐらいだったけど。称号の欄には転生者や、転移者の文字は見受けられなかった。もしあっても隠しているだろう。
気になったが僕が彼を鑑定している時、じっと彼が僕を眺めていた。…うん、僕の勘違いだと思っておこう。
彼の鑑定したステータスには何も可笑しいところは見受けられなかった。レベルも僕と同じぐらいだったし、スキルも特に変わった物は無かった。恐らく僕みたいに魔導具か何かを装備してステータスを偽装している可能性が高い。でも、彼の指や手首、首元を見ても魔道具を装着していない。
そんな事もあったが、それからギルドが用意した馬車に乗り込み。三日後にはダンジョンが発見された近くの村に辿り着き、運悪く?運よく盗賊団を壊滅させ翌日にはダンジョンへ向かった。
でも…門番のデスナイトをたった一人で討伐した時から確信していたが、ショウさんはここにいる誰よりも強い。今では僕と同じAランクらしいけど、直ぐにSランクに昇格しても可笑しくない。…Sランクより更に上のエレメンタルランクすら……。
羨ましい。
歳も僕とあんまり変わらないのに。僕も小さい頃からがむしゃらに頑張って来たのに。皆に認められてきたのに。
……ずるい。
僕の前世は退屈だった。中流階級の家庭に次男と産まれ、普通に暮らし、普通の学校に普通の成績で卒業して。普通に友人、親友を作り。普通の恋愛して、普通に失恋して。普通の会社に就職して、普通に事故で死んだ。
今でも車線から外れた車に衝突した記憶、痛みを覚えている。
車に跳ねられ、宙に浮かぶ僕は頭の中でこう思っていた。
…ああ、もうちょっと頑張ってみても良かったかな?
僕が死んだと分かってから何となく、暫く暗闇の空間でじっと待っていると。気が付いた時には赤ん坊に転生していた。うんびっくりしたよ。
転生と言えば神様あたりと面談をして凄い能力やチートが貰えるのが定番であるけど、残念だけどそのようなアタックチャンスは貰えなかった。まあ異世界に神様がいるのかは分からないけど第二の人生を預かった事には感謝している。
でも赤ん坊ながら目をぱちぱちと開き、部屋を見渡す。
赤ん坊部屋らしく家具はそんなに置いていなく、ベビーベッドから見える窓の向こう側の景色では完全武装の鎧を着こんで馬に跨った男性や、動物の耳と尻尾が生えた種族に赤ん坊ながらに興奮した。
更に今世の母がゴルフボール程の綺麗な石を手に持ち、何か言葉を唱えた瞬間現れた光の玉や火の玉にも興奮した。魔法が存在する異世界に産まれた、と。
僕が何かしらの因果でこの異世界に産まれてから一年が経つと、徐々にこの世界の言葉が分かるようになり。僕の名前がユーリだと分かった。父親は僕達が住まう都市を守る兵士で母親は元冒険者だったらしい。僕が母親からの話を聞いた瞬間から僕は有名な冒険者に成る事を決めた。
他国は知らないけど、ランキャスター王国では五歳になった子供は皆教会で洗礼の日を迎えるらしい。
詳しく聞くとどうやら洗礼を受けるとステータス魔法と生活魔法を授かるらしい。
母からステータスと言う言葉を聞いた時僕は変な顔をしていただろう。だって異世界でステータス、という言葉を聞くなんて思いもしなかったもん…。
教会で何事も無く洗礼を受け、颯爽と家に帰宅し自分の部屋にこもると早速ステータス魔法を唱えてみた。
するとそこには剣術スキル、鑑定スキル。魔法の項目に限っては光魔法、風魔法、火魔法の三属性もあった。しかし、喜んだのも束の間。称号の欄に目を向けるとそこには『転生者』の文字がデカデカと出ていた。
両親に僕の秘密がバレると冷や汗を掻いたが、どうやら称号だけは隠せるらしい。実際に両親に僕のステータス画面を見せると絶賛され称号に関しては何も無かった。
その日からがむしゃらに努力を重ね、父親に頼んで摸擬戦を受けたり。母親からは魔力を増やす特訓や魔法が書かれた本を一緒に読んでもらったり。気が付くと冒険者ギルドに登録が出来る15歳になっていた。
登録を完了してからは冒険者名物、新人いじめにあったり。簡単な依頼を受けていると狂暴な魔物に遭遇したり、盗賊に襲われたり。色んな事があった、それに大変だった。
しかし、僕はこの世界を楽しんでいた。前世では絶対に体験出来ない出来事をたくさん経験した。
とある依頼でランキャスター王国とカサ・ロサン王国を繋ぐ国境付近の森で奴隷狩りにあっていたエルフ族、カノンを助けてから一緒のパーティーを組むようになり。気づくと王都でクランを束ねるリーダーにのし上がった。
巨大なクランの頼れるリーダーになった。美しい女性のパートナーになった。それで僕は満足したと思っていた。だが違った。僕はもっと強くなりたい。ショウさんの力が欲しい。他人を魅了する絶対的な力がっ。
双子の悪魔を討伐し、ダンジョンの調査を終えた僕達は近くの村に戻り。歓迎を受けながら一泊してから王都へ向かった。
王都へ帰る途中の野宿で僕は彼に質問した。
「ショウさん。どうやったら僕も貴方の様な力を得る事が出来るのですか?」
「んー?そりゃあ高レベルの魔物を撃退して、スキルを伸ばせばいいだろ」
相変わらず人形のように動かない表情で僕の質問に答えてくれた。違う!違うんだ!僕が欲する力はそんなチンケな物では無い!!
「ええーそれだけで貴方みたいになれるのかな?歳も近いし憧れちゃうよ」
「そうか、それはありがとうな」
彼はそれだけ言うと夕飯を食べ始めた。
……気に食わない。
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