第200話 ショウ対墓泥棒 終巻

 白目を向いて完全に気を失った『火竜の牙』メンバーのパトリックとノーラン、偉人が入れられた棺から遺物を盗み他国へ売り捌いていた墓泥棒グループは販路ルートにコネを持つリーダー以外、俺の手で輪廻の輪へと派遣した。今頃、浄化釜で魂の記憶を浄化して、来世の生まれ変わりの瞬間まで首を長くして待っているだろう。


「ゴロスゥゥ…ゴロシッデヤルゥ!」


「リーダーがこんな有様、最後まで付き合って貰うぜ孤独狼ショウ!」


 本来の力を落とし人間の範囲内で戦っていたが、残ったルト、ダビットと対峙する俺。――瞬間、地下空洞内に響き渡る轟音と共に天井の一部が崩落する。石窟奥部が揺れ動き、砂埃が舞い上がる。ルトが放出する炎の魔力に古い地下墓地の石壁が耐え切れないのだ。


「(あまり時間を掛けられないな)」


 内心そう愚痴りながらも頭上に降り注ぐ大小の破片を回避しつつ、逆手に持ち替えた短剣を瓦礫で視線が塞がれたダビットへ投擲。反応速度を上回った短剣は一直線に飛び、構えた盾をすり抜け彼の右太腿に命中。


 訪れる痛みに顔を歪ませたダビットが盾を上げる動作を視認した直後を狙い、蹠に溜めた魔力を爆発、縮地法で間合いを至近距離に寄せ鳩尾に正拳を叩き込む。

 衝撃が体内を突き抜け、石窟下の土砂を跳ねあげる。ダビットの体がくの字に大きく曲がると口から血反吐を吐き散らして白目を剥いた。


 背後で灼熱を流した剣で一心不乱に振り上げるルトの姿は映る。武器を捨てた素手の俺に勝機を見出したか、ニヤリと歪んだ笑いを皮膚に浮かべる。


「シネエエエェッ!」


 二人の視線が交差する中、空洞奥地に一輪の風が吹く。下から上へ、上から下へ、下から――雨のように連撃をばら撒く技を戦神から携わった手刀で迎え撃ち、全ての剣技を打ち消す。剣先が地面を抉り、魔力循環による肉体強化の勢いが乗った一太刀を手背で流す。体勢を立て直すべく距離を取ったルトは肩で息をしながら血走った両目を大きく開き、額に血管が浮かぶ怒り狂う。


「ゼェ…ゼェ…シネッ、シネッショウウウゥゥ!」


「もう終わりかルト?俺にまだ傷一つ付けていないぞ」


「ッ――ショウウウウウ!!ゴロスッ!!」


 荒れ狂う怒気と憎悪の感情を全身に発散させるルトの体内に流れる魔力は滾り、溢れ出した。

 刹那、地面を焦がす勢いで突進してくるルトの灼熱の剣撃を身体を後ろへ反らして躱し、頭上から振り下ろされる剣を手刀で横一閃。剣身の根元から切断された剣が石窟内に響き渡る甲高い金属音を奏でて天井の亀裂に突き刺さる。愛しの武器を失ったルトの動きは止まらず、激情に任せた狂犬の如く俺に嚙みつこうとするが…実に単純で容易に躱せる。


 極限まで足腰に力を入れ、地面を蹴って迫るルトの右足首を回転足払い蹴りで払い除け、バランスを崩したタイミングでがら空きの腹部へ回転した遠心力でバランスを崩した相手のがら空きの腹部へ中断蹴りをお見舞いする。黒ブーツがめり込み、胃液を吐き出しながら吹き飛ぶルトの肉体が石窟の壁に激突する瞬間、剣身が欠けた剣を最後の悪足掻きで投げつけるが――直前、物理攻撃を完全無力化する泡のバリアに阻まれ肌に届かない。


「ガハッ!……ハァ……ハァ――ジョ、ジョウウウ!」


 壁に激突したルトの後を追うように跳躍、地面に落下し吐血吐瀉物で汚した顔を歪ませ懸命にも地に手をついて立ち上がろうとするルトの顔面に、槌に見立てた右拳を叩き込む。骨が軋み、肉と皮が潰れる音が空洞内に響く。左頬を大きく腫らしたルトは後方へ吹き飛んだ。ボールのように跳ね上がりやがて近くの壁に激突、陥没させる。


 全身から力が抜けたように大の字で地面に横たわるルトに近寄るが微動だにしない。今の一撃で意識を刈り取ったようだ。


「(依頼…達成だな)」


 生捕りした面々が逃げられない様拘束ロープで身体を縛り、ローザが待つ牢屋へ戻る。通路はうすら寒い静寂が広がり、俺の足音だけが石窟内に響き渡る。曲がり角を進みやがて、鉄格子が見えてきた。


「ショウ様…お帰り…なさい」


「ああ、ただいまローザ。全て終わった、ルト達は今、ロープで拘束中だ。もう体力を回復したのか?」


 牢の中へ入り片膝を跪いて彼女と視線を合わせる。渡した食べ物を口にしたのかローザの顔色は良く、精気を取り戻したルビー色の瞳が俺を映す。隣に腰を下ろし、魔法瓶をインベントリーから取り出しながら依頼の全容を告げた。俺が依頼を受けた経緯、地下墓地で弱ったローザの気配を感じた事、一人で墓泥棒とルトメンバーと対決した事。…彼等の勝敗。


 全てを聞いたローザの瞳に大粒の雫が宿り、頬を伝う。俺は彼女の髪を優しく撫でて、アップルティーが入った魔法瓶を握らせる。彼女は振るえる手で蓋を外し、中の液体を口含むと一気に飲み干す。飲み終えた後、安堵したのか胸に手を当て、深く息を吐いた。そして…俺の目を見て感謝の言葉を口にする。


 俺は一人の紳士として約束を守っただけだ――。


「さぁこんな暗い空間からおさらばしよう。歩けるか?」


 小さく頷いた彼女の手を取り立ち上がらせるとそのまま手を引いて地下墓地の外へ向かう。


 外へ出れば地下から響いた戦闘音を聞き駆け付けた王国兵士に事情を説明して一緒に屋敷へ帰宅した。翌日、俺達は冒険者ギルドへ報告を済ませた後、報酬を貰う。提示された達成金額より多く貰ったのは組合を裏切った『火竜の牙』メンバーに関する箝口令を敷く為の口止め料と言ったところ。


「ロ、ローザ・イグドラシル・セレスティアルウィンド!ふ、不束者ですか今後ともよろしくお願いいたします!」


「こちらこそ宜しくお願いするわローザ。賢神のナビリスよ、猪突猛進のショウを尻に敷く役目を任されているわ。こっちは九尾の銀弧よ」


「よろしゅうローザはん。ウチと仲良ぉしてもぉてやぁ」


 この日、同居人が一人増えた。

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