閑話その13 私、乙女ゲームに転生!?

「ヴィーちゃん起きて、起きてってばー。授業に遅れちゃうよ」


 掠れている昔の記憶の中。現地集合した友人達と遊園地で遊んでいる夢の最中、誰かが耳元で私の名前を呼ぶ声と共に体が揺れるようにシェイクされる。う~ん、と眠りを妨げる甲高い女性の声にとろんと眠気の残った情けない声で夢から目覚める。頭の半分はまだ暖かい泥のような無意識の領域に留まっているけど、私を起こした張本人は関係ないとばかりに私の肩をがっしり掴み、荒ぶる海の波ばかりに揺らし続ける。


「ふぁああ…、おはようシャリス。起こしてありがとうね」


 流石に眠りから覚醒した私は、ベッドに片膝を乗っけて視界一杯に映る人物に取ってつけたような朝の挨拶を挙げる。


「夜遅くまで勉強するのは偉いけど、それで授業に遅れたら元も子もないじゃない。ほらさっさと顔洗って制服に着替えましょ」


 手前に伸ばした腕を仕方なく取った一緒の寮で学生生活を共に送る私の友人『シャリス』に引っ張られ、むくりと半身をベッドから起こした。


「よっこらせっと」

「ヴィーちゃん?おばさんみたいなかけ声出したらダメよ」

「うー」


 かけ声と共に起き上がった私に小言を零す友を適当に誤魔化してハンガーに掛かったタオルを取ると脇に挟んで私は部屋の隅に設置された洗面所に行き、魔石が埋め込まれた蛇口を捻じれば勢い良く一条の水がシンクにぶつかる。もし、魔石を無駄遣いすれば寮主の雷ゲンコツが落ちてくるので、両手に溜まった冷水を数回顔面に掛けて目先の鏡に投影された自身の顔に視線を捉える。

 前髪も濡れているけど、気に留めない私は鏡の向こう側に映る自分に笑いかける。

 染めていない天然の淡いが照りのある青色の髪に、随分と人目につく金色に輝く目の色。


「(青髪金眼って…地球じゃ絶対にお目にかかれないコンビネーションよね)」


 この世に生を受けて早12年、前世で日本人だった頃にプレイした乙女ゲームと酷似した世界に転生した私は未だに慣れない自分の容姿に思わず溜息を吐いた。




 前生に焼き付いた最後の記憶はあんまり覚えてない。最後に記憶してるのは仕事終わり、職場から離れたマンションに住んでいる私は帰りの電車に乗り、揺られながら仕事の勤めから疲れていた私は目的の駅まで休眠を取る事だった。


 座席に座る学生達からは元気な声が聞こえるけど。意識の半分を空っぽにして休ませ、電車のガラガラと響く音を鼓膜に刻まれていたが疲れもあった私の意識は深い闇の底へ消えていった。


「(…え)」


 肺に溜まった苦しさから思わずげほっげほっと咳が出て、顔に当たる光の眩しさから目を開いた私をのぞき込む青髪の若い女性。カラフルな髪色だな~と心の中で失礼な事を思ったりしたが、即座に思考を入れ替えた。


「(もしかして寝過ごした私を起こそうとした善意な外国人かな?)」


 治安が安全な日本と違って女性が一人で無防備に寝る事は無いとニュースで聞く。目的地である駅を過ぎた事にあちゃ~と反省するが、先に私のことを思って世話を掛けた外国人にお礼を伝えようとした。


「あー、うあー」


 体を起こして、ごめんなさい、そしてありがとうございますって伝えようとしたけど、口から出てきたのは、うめき声にしか聞こえない音だった。

 体も動かない、指先や腕が動く感触はあるのけど、他は上手く動かせない。


「(あれ…?ちょっと待ってよ)」


 思わぬ事態に冷静沈着をモットーにしていた私も混乱に陥っていた。それに段々可笑しい光景も優秀な脳に入ってくる。

 乗っていた電車の中では無く、雑音が全く耳には聞こえてこない静かな場所。

 目を凝らして周囲を見渡せば、電車の中だと思っていた空間は何時の間にか広々とした一室にすり替わっていた。住んでいたマンションの部屋に比べて優に三倍以上ある広さ、壁に掛けた絵画も見た感じ高価に見える。

 そんな平民丸出しな見方を思っていると、次の瞬間嫌な予感が脳裏を掠める。


「(此処って病室?)」


 もしかして、仕事からの疲れで意識を失っている時に電車の脱線事故が起こって入院していたのかもしれない。

 上手く言葉を離せなかったのは事故の後遺症に違いない。


「(あぁさらば私の平凡な幸せ…)」


 体が動けないという意味は全身打撲、内臓破裂らへんか、と妙に悟った気分で真実を受け入れようとする。

 派手な髪色の外国人は日本の病院に研修しに来たとか、そんな感じだろうか?


「――、~。――――」


 今まで生活してきた中で一度も聞いたことがない国の言葉で私に告げると、何を思ったのかその女性に抱き上げられた。


「(ちょ、ちょ、ちょ!)」


 背が平均より高い私を軽々と持ち上げた女性により一層と混乱を覚えた。

 もしかして、運び込まれたこの病院は助からない患者に人体実験を施す秘密裏の病院じゃなかろうか。それなら巨人族並みに膂力を持った派手な髪色の女性に持ち上げられても変では無い。


「あー、あーあー!」


 離せ離せ!って暴れるが口から出てくるのはうめき声。

 抱き締められた私に顔を近づけてくる女性、どんどん大きくなる唇に『食べられる』て思わずギュッと恐怖で目を閉じた私。だけど、それは早合点らしく女性は私の額に驚くほど柔らかな唇を落とした。唐突のキスにビックリして目を開いた私の瞳に写った女性は陽だまりのような母性愛に包まれた愛情で私に笑顔を見せていた。


 心の中に何かがぽっと点火されたような温かさの笑顔に不思議と安堵した私は煙のように意識が薄まっていきやがて意識を手放した。




 目を覚ましてから五年の年月が流れた。


 あの日から一カ月も経てば私が生まれ変わり、日本どころか地球じゃない星に記憶を残して生まれた真実を受け入れた。勿論日本に置いてきた家族の事で何度も夜泣きしちゃったし、精神が肉体に引っ張られて幼児がやりそうな事もやった。だけど、年月が解決してくれた。

 意識を取り戻してから最初に見た青髪の巨人は私の母親だった。つまるところ私が赤ん坊に若返ってたわけ。


 18歳の時に私を産んだらしい母親は、前世の私より遥か10歳年下で子持ち…。毎日が仕事一杯で良い出会いが転がって来なかった私に比べて今世の母は十分女傑な女性。しかも追加情報で私には二歳上の姉も居る…。初産が15、16の時、って初めて母親の年齢を聞いた日は驚きで口が開きっぱなしだったよ!


 ヴィオレットと名付けられた私はスクスクと手間が掛からない温和で知的な子供として育ち、新たな家族と一緒に過ごしている。

 幸運にも?子爵の次女の私は不便な生活を送るどころか美味しい空気が広がる領地でひっそりした暮らしに満足していた。そんな私に転機が訪れたのは三歳の頃。


 


 屋敷の書斎に篭った私を膝の上に乗せた母は子供向けの絵本を私に読み聞かせていた時だった。


「こうして初代魔導様は私達が住むラーヘム魔導国を作り、教え子たちに魔法を教えながら幸せに暮らしましたと」


「まほー!?ママ、わたしもまほーつかいになりたい!」


 この世界には魔素と魔法が存在する事を知った私は普段は考えらない程興奮気味に母親の袖を掴んで揺らした。日本では創作の中でしか存在しなかった魔法と言う神秘が積もった技術。興味津々に決まっていた。


「ふふ、ヴィーちゃんが魔法に興味を持つなんて嬉しいわ。…でも今は我慢しないとダメよ」


「ええー!なんでー?」


 まさかの母が反対するなんて思わなかった私は駄々をこねるように瞼に涙を滲ませて上目遣いで尋ねる。


「ん~、五歳になって教会で洗礼を受けると魔法が使えるようになるの」


「きょーかい?せんれー?」


 教会で洗礼を受けたら魔法が使えるってどういうこと?そこらへんの意味を込めて聞く。


「そうよ。五歳になっても元気な子供達に神様がプレゼントを贈るの。それがステータス魔法よ」


「(ステータス!?)」


 バリバリのファンタジー世界から前世で馴染みのある用語に叫び声を上げそうになる。


「ステータスぅ?」


「っそ。ラーヘム魔導国、ランキャスター王国、バンクス帝国、カサ・ロサン王国、他の国で暮らす子供達もこれだけは一緒なの」


「(――っえ?)」


 母の口から飛び出た国名に私の思考は一瞬停止した。だって、母が発した国の名前は前世の頃から知っていたから。


「(ランキャスター王国、バンクス帝国、カサ・ロサン王国…。まさか、まさか私が転生した世界って乙女ゲームの世界ぃ!?)」


 そう、私が転生してしまった世界はドハマりした乙女ゲームの世界でした。

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