第172話 戦後の後始末

 魔導国に根付いた強権打破を目論む革命軍が決起した、学園に通う生徒を目標にした妨害行為は蓋を開けてみれば此方側の完勝で幕を閉じた。敵側の物量作戦に当初劣勢だった冒険者達は五人程軽い怪我で済んだ。一名のみギリギリ致命傷を避けた深傷を受けたが既にポーションで回復済み。後衛から魔法支援で援護を遂行した学園の教師陣の面々は肉体的に無事だが限界を超えて魔力を錬り上げた影響なのか、戦いが終わった直後バタバタと意識を遠のいて眠る様に気を失った。

 視点を本職が教える立場にある彼等からすると、初めて人同士の争い事に精神が追い付かなくて失神したと、推測する。


 波乱は、あっさり消え去り、平静を取り戻した。 


 不運にも戦場に巻き込まれた生徒達を保護した後、他の冒険者が投降した革命軍の身柄を魔法で確保する間リーバスが積極的に心の疲労が切迫した生徒を親身になって世話を見ていた。戦いが終わり、現実味を帯びて我に返った瞬間、悲鳴を上げそうになった生徒を付き添うリーバスの勇姿に向こうも少しずつ心を開き正常な状態に戻した。


 思考を支配する指揮棒の魔道具が敵将の手から離れたことで味方に牙を剥いた魔物産みの蛙が棒立ち状態中に、これ幸いとばかり全ての討伐を成し遂げる冒険者の姿を見届けた俺はダリアを連れ添ってリーバスの元へ赴いた。お互い思う所はあるが、二人で秘密裏に結んだ和平協定。先程まで苦悩を抱えたダリアの表情には何処か晴れやかな笑顔が戻っていた。


「ピヨッピ!…ねぇお兄さん本当に、私と手を組んで良かったの?盟主様から与えられた課題を全うしなくちゃいけないのよ?もしかしたら私が漏らすお兄さんの情報がそっちに刃向かうなら、今直ぐ私を斬ってもへっちゃらだよ!」


 心配が重く、胸を痛めるダリアに俺は一段と柔らかい口調で話す。


「気に病む必要はないよダリア、本当に隠したい隠し玉は当然隠してある。取るに足らない情報が結社に渡っても俺の迷惑にならない」


「チュン…そう、お兄さんが言うなら私はもう念を押さないよ。でも、出来る限りお兄さんの不利は情報を流さない努力はする!」


「そうか…俺もダリアに何か起きたら可能の範囲内支援するさ」


 照れながら微笑んだダリアは俺の耳元に近づき、頬を赤く染めて小さく「ありがとう」とお礼を呟いた。耳の底に届いたその声は綺麗に磨かれた鈴の音色如く透き通っている。


「先の戦いお見事だったよショウ。怪我はあるかい?」


「リーバスの方こそ的確な決断力、実に瞠目すべき絶妙な動きだった。ギルドに帰還後是非とも、A級昇格への推薦を微力ながら薦めよう」


 近づく俺達の姿に気付いたリーバスが早歩きで駆け寄ってくれば、早速俺とゾアバックが繰り広げた死闘を褒め称える。横で歩くダリアの表情が強張るが表立って出さない。


「本当か⁉尊敬するショウから推薦状なら是非貰い受けるとも!此方も頑張った甲斐があった」


 長時間休憩も取らずに戦い続けたリーバスに疲労感は見受けられない、寧ろ俺が告げたギルドAランクへの昇格推薦が余程嬉しかったらしく水を得た魚の様に体が活気に溢れている。


 リーバスから視線を逸らした俺は次に土魔法で生成したベンチに腰掛けた不運な生徒達へ向けた。ミノタウロスの攻撃を守った光の障壁は既に無く、心身の疲労でクタクタに疲れた状態の生徒達。

 何名か俺と目が合った瞬間、立ち上がろうと腰を浮かしたが俺は手で制した。


「色々辛い目に遭った直後でまだ疲れているだろう?楽にしてくれ、それより此方に赴いた経緯を教えてくれると助かる」


 俺の言葉に生徒等が顔を合わせて、やがて一人の女子生徒の口から話始める。暗闇で素顔は見えにくいが、確か名はグレイシア・リッド・二プラントだった筈。娘がこの世界を模して制作したゲームに転生したヴィオレットが懐いていたと、グループ担当教師が紹介した時に記憶している。


「コホン…初めに私達を救ってくれてありがとうございますショウ様、貴殿は私の命の恩人です。…では今朝の出来事からお話します――」


 それから、俺とダリア、リーバスの三名は彼女の話を聞いた。飲み水が入ったコップを手に皆が彼女に耳を傾ける。

 演習を一日延ばすと講師より通達が有った。

 しかし、不満を抱いた不良生徒が群がり気付けば待機場所だった広場から姿を消した。

 残された生徒達は抜け出した不良を探すか、指示に従って残るか二つに分かれる。

 時刻は夕方、事件が起きた。森の方角からスタンピードの襲撃が起った。時間帯を推測するに、前もって地面に埋めていた召喚石が発動して大量の魔物が突如現れたと思われる。

 突如起きた悲劇。目の前に座るグレイシアが指揮を執って三波に渡るスタンピードは死者を出さず完遂したと謙虚に告げられた。

 危機を脱した生徒達は異常事態の元凶を探る為、選ばれた魔力量が高い少数精鋭で暗闇に包まれた森を突破して最後に、戦の場に巻き込まれたと締め括った。


 話を聞く最中ずっと、うんうん相槌を打っていたリーバスは彼女等を大袈裟に絶賛する。わざと大喝采する事で心に刻印された戦場体験を上書こうとした行動。


「素晴らしい!流石魔導国が誇る名門、君たちの働きは金一封に値する功績だよ!いやー本当に皆さん無事でよかった!それじゃ、援軍が来る間、食事でも洒落込むとするか⁉」


 皆の気力が回復すれば、教師陣が固まった場所へ同行した後魔都の援軍が来るまで各々時間を潰して過ごした。

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