第173話 晩餐会 

 結局、魔都から援軍が参ったのは夜露をしのぐこともままならず一夜を明かし、東の空にいぶし銀が広がった頃合いだった。


 様々な傷跡を残した戦が終わり、一つ目に取り掛かったのは古代遺跡跡地前の草原に山積みになった死体の埋葬。魔物の残骸は魔石のみ刳り貫いて後は珍しい素材を除き、高温の火魔法で骨まで燃やした。これには年若い学生達の手も借りたので然程時間は掛からなかった。

 しかし、累々と横たわる死体の処置と縄で繋いだ捕虜の待遇に関した議論は実に面倒だった。革命軍を一段憎む教師陣は兵士の死体を野ざらしにするべきと豪語していたが、魔導国で活躍する冒険者から見れば同じ国に生まれた国民当然。遺体の扱いも丁重に埋葬すべきと反論した。話し合いの結果、敵兵を埋葬する代わり冒険者達だけで遺体を埋める事で丸く収まった。

 二十数人だけで50名以上の遺体を魔法で掘った大穴に運ぶのは骨が折れたが俺とダリア以外、体に鞭打ってでも全ての死体を埋葬し終える。最後に土で穴を埋めた後近場に落ちていた大きめの岩を墓石に見立てて置いた。


 この間生徒達は教師陣と合流して時折視線を此方へ向けていたが、端的に言えば学園側に邪魔され懸命に遺体を運ぶ冒険者に加勢の許可は許されなかった。


 遺体の処理が終われば今度は捕虜の脱出を防ぐ簡易柵を土魔法で建てた。これには教師達も理解して手も貸してくれた。捕虜の中には敵に情報を与えていたE級冒険者の青年も混じっている、意識が失っているらしいが慈悲深いリーバスが悩みに悩んだ結果、生かした模様。それに関して別に文句は無い。全て定命の者が定めた事情に俺は意見を挟まない。


 そして…勢揃いで此方にやって来た国に所属する常備部隊に捕虜の引き渡しが完了すれば、俺達は学生等が待機している広場へ戻り彼等と合流、乗ってきた馬車に揺れれて魔都に帰還した。当然ながら予定されていた残りの野外演習は中止、後日改めて行うという次第。ご愁傷様だと思ったが後々聞いた話だと今回の事件で活躍した者は最高評価を獲得し試験を免除されたのこと。


「本当…色々起こったな。ギルドの建物が見えた途端、これ程感激するなど夢にも思わなかった」


 大広場の交差で二手に分かれた冒険者達と学園側。ゆっくりと進む馬車より外を除いた冒険者がそう沁み沁みと零した。彼の言葉に同意を示して頭を頷く者多数、俺やダリアは無言の暖かい時間を静かに過ごしていた。


「皆の者っ、今回の依頼では本当に様々な事件が起こった。苦しい瞬間、辛い時、良くぞ激痛に耐えて今日まで尽くしてきた!…現時点を似て、依頼完了を断言するっ!ご苦労‼」


「「「おおぉー!」」」


 冒険者ギルド裏庭に訓練場で停まった馬車から一足早く降りたリーバスは、魔法や剣術の訓練に熱中する先客全員に聞こえる勇ましい掛け声が周囲に響いた。一緒に連れ添った冒険者達も彼の掛け声に賛同する雄叫びを上げる。騒ぐ彼等に他の者達から注目の眼差しが向けられる。


 散々な目に遭った彼等は一刻も早くフカフカな毛布に包まれたいのか颯爽とギルドの建物へ駆け走る。俺もダリアと一緒に内部に繋がる扉を潜り依頼完遂を告げるカウンターに並ぶ、列の奥を見れば結社のスパイである受付嬢と目が合った。無関心を顔に装って冒険者達を対応する受付嬢だが、腹に殺意を隠してじっと抑え込んでいるかに思える。実際、短期間で幹部二名を討ち取った俺に言葉で言い表せないごどの憎悪を持っている。

 そんな憎い俺の横を陣取った結社所属のダリアが見せる笑顔に文句の一つ、二つ物申したいだろう。


 少し経って俺達の番になった。


「……お疲れさまでした『孤独狼』ショウ様『鳥使い』ダリア様、大体の事情は聞き及んでおります。恐縮ですがギルドカードの提出をお願いします」


「ああ」

「ピヨヨ、お姉さんもお仕事お疲れ~」


 怨念の籠った眼で見つめ、憎しみに産毛を逆立てている受付嬢に従い俺とダリアは素直にギルドカードを目の前に置かれたトレイに置いた。


 「どうも」短く返した受付嬢は二枚のカードを手に取り、カウンターの引き出したから取り出した書類に文字を書き記し、スタンプを押した。次に口型の水晶にカードを乗せたら水晶が光を灯した。依頼が完了した合図だ。


「はい、全ての手続きが完了致しました。改めましてご苦労様ですダリア様、『孤独狼』…様。報酬金額はギルド口座へ振り込まれます。後ほどご確認を、ではギルドカードをお返しいます」


 手渡された自身のカードを掴んだ際、反対を掴む受付嬢の圧力が高まった気がしたが即座に弱まりその手を離した。軽くお礼を言い、ダリアに宿に戻る案を伝えて俺はギルドの扉を押した。


「いらっしゃい――って美男のお客様じゃないの。依頼から帰って来たのかい?」


 日差しが当たらない初見では非常に目立たない立地に建てられた宿屋、玄関扉を押せば建物の中から暖かい空気が流れてくる。するりと中に入るとカウンターで営業中の女将が声を掛けてきた、まだ俺の顔を覚えていたらしい。

 元々、演習から戻り次第此方に顔を出すと伝言を残していたお陰か。


「ああ、色々遭って早く終わらせてきた。まだ俺が借りた部屋は残っているか?」


「前金を貰ったし勿論だよ、後一週間はお客様に残していたさ。――っとそういやお兄さん宛てに置手紙を預かっているんだった」


 そう言うなり床下に設置した金庫を開き一枚の手紙を此方に渡した。


「あからさまに高級そうな紙で出来た手紙だったから部屋に置かなかったのさ」


 見覚えがある封蝋を施された封書の差出人にはこう書いてある。


『愛しの婚約者より』


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