第174話 晩餐会 その2
宿屋に帰還した後、女将が預かっていた文を受け取った俺は早速寝泊まりする部屋に戻った。延長分の料金を事前に先払いしていたお陰か俺以外の宿泊客が使用した痕跡は見受けられない、寧ろ毎朝欠かさず掃除していたらしく部屋は清潔に保っている。
外は既に太陽が上がり朝の光が都市を明るく照らしているが、日差しが滅多に当たらない宿に窓ガラスは埋め込まれていない。代わりに付けられた木製の戸を外側へ押せば薄暗い室内に光の欠片が広がった。
四本足の長さが合わなくグラついた年季が入ったシンプルな椅子に腰かけ、自分には分かりやすい差出人不明の封筒を開封して中に密封された手紙に目を落とす。
一人静か、黄色い派手な高級紙が使われた手紙にしたためた美文字を読む。
見慣れたエレニールの麗筆で書かれた冬の訪れを労う挨拶の言葉から始まり、紙一杯にギッシリつまったの内容を要約すれば、こう示されていた。
どうやら俺が受注した依頼の内容は王国の密偵がエレニールに報告しており、学園の野外演習で起こった全容が早朝知らされた。明後日の夜、学園の大広場にて勝利を祝う晩餐会に尽力した冒険者達も招待されるとのこと。当然ながら国の来賓であるエレニールも参加すると手紙に書いてあった。政治的な背景もある故、婚約の儀を交わした俺は彼女をエスコートしなければならない為必ずや参加しろ…など。
最後の行には晩餐会の日程を事前に決めておきたいから今晩、向こうが予約したレストランで一緒にディナーを食べるので夕方ごろ彼女の部下が俺が泊まる宿屋へ出迎えが来るまでに外出の準備をしておけ。拒否権は無い、と終わりの結びで締めくくられた。
特に今日の予定が入っていない俺は封等に戻した手紙をインベントリーに放り込み、指定された時刻まで椅子に座ったまま目を閉じて神眼を通じて世界を眺める事で時間を潰した。
――コンッコンッコン。
「こちら、ショウ殿の御部屋でお間違いないか?」
「ああ今開ける」
扉を叩く音と共に閉じた瞳を開けば部屋は黄昏の夕焼けに包まれていた。ガタつく椅子から降りた俺は扉の向こう側から話しかけてくる男性の声に返答しながらドアノブを捻った。
燭台の上に立つ蝋燭の光で明るい廊下に佇む背筋を伸ばした一人の男性、光に照らされた顔を見るに年は二十代後半。国が支給した鎧に身を包んだ実力派の騎士。男の顔には見覚えがあった、使節団に同行していた騎士の一人。俺の姿が目に入った騎士の顔には何処か安堵の微笑を浮かべている。
「大体の事情は既に聞き及んでいます、大変でしたね。ご無事でなによりです」
「ありがとう、異変に巻き込まれたが結果論を言えば上場の結果を得た」
「…左様で。表に馬車を用意しているので外出の準備は宜しいか?」
頭の天辺から靴先を視線を動かし俺の身なりを一目した騎士はやがて満足げに頷くと、外に停めた馬車へ導く。
今身に着けている俺の服装はジャラジャラ宝石を縫い付けた豪華で派手な見栄を張った格好ではない。寧ろ、質素な色彩で富を象徴するアクセサリーすら装着していない。しかし決して、粗悪品な訳では無い。逆に鑑識眼に優れた人が見れば服に使われた高級生地に感嘆の息を漏らす衣服と分かりだろう。
大国の姫と夜会しても相手に失礼を働かない清潔で手入れが行き届いた身なりに騎士の彼から見て合格点を得た俺は外に停まった二人用のコンパクトな馬車に乗り込む。
石畳やタイルなどで綺麗に舗装された道路を進む馬車が進むこと二十分後、やがて馬は速度を落とし遂に停車した。どうやら無事目的地に辿り着いたようだ。
「到着です。個室までは彼方の侍女の案内に従ってください。では、私は失礼します」
「ご苦労」
高級店が立ち並ぶ区画、開けた馬車の戸から外に降りた俺は御者台から顔を覗かせて一声掛けた騎士に礼を言い、魔晶ダイアと金字に彫られた入り口の横で待機している見覚えがあるメイドに近づいて俺の名前、紹介した張本人の名を告げた。
「お待ちしておりました『孤独狼』ショウ様」
俺の返事を待たずに踵を返したエレニール専属の侍女はスタスタと早足で規則正しい歩き方で扉の奥へ入っていく。店内は会話の邪魔しない程度に低く小さく流れるのはオペラ。紫のドレスを着こんだソプラノの女の声と、テノールの男の声が混ざり合う。そこに、見るからに裕福な客層が丸テーブルを囲んでぼそぼそとした話し声や皿の音、グラスを重ね合わせる音などが水のように溶け込む。
だが前を歩く侍女は一瞥もくれずドンドン奥へ向かう。下級貴族、大商人が集うホールを通り過ぎて人気がない通路を進む。長い通路を歩くと奥にこれは一際豪華な扉が見えてきた。両側には男女の騎士が護衛している。
廊下を歩く俺の姿が目に映ったのを視認した女騎士はVIP部屋へ繋がる扉を叩く。
「姫様、ご客人が到着しました」
「……」
「っは」
まだ扉との距離があるせいか中の声は聞こえなかった。扉の直ぐ傍まで近寄れば今度は男性の騎士が前に出てくる。
「失礼」
それだけ言うと衣服の上から身体に沿って手を動かす騎士に俺はなすがままにボティーチェックを受けた。例えエレニールの婚約者とは言え普通、王族と会う前には面倒な検査をするのが習わし。別に不満なんて無い。
「うむ」
隅々簡易身体検査を終えた騎士が頷くとやっと扉が開かれる。
遂に俺は開かれた扉を潜った。その先には――。
「ごきげんよう愛しの君…ふふ、会いたかったぞショウ」
「今晩の招待、感謝至極エレニール姫。…前置きはこれ位で、俺も会いたかったぞ」
テーブルを挟んで向かいに座り、ワイングラスの脚を指の間に挟み、くるりと小さく回転させる絶世の美女が恋人だけに浮かべる笑みを見せた。
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