第175話 晩餐会 その3
「ごきげんよう愛しの君…ふふ、会いたかったぞショウ」
「今晩の招待、感謝至極エレニール姫。…前置きはこれ位で、俺も会いたかったぞ」
女将より渡された文に招待された俺。向かいに来た王国騎士に連れられた所は高級店が立ち並ぶ区画の更に豪華な外観の料亭。第三王女専属侍女の後ろを歩き、やがて見えてきたレッド・シダーを贅沢に使ったドアを潜った室内には俺の待ち人がワイングラスの脚を指の間に挟み、くるりと小さく回転させていた。
周りに置かれた調度品も見るからに高級品。
大きく艶やかなクリスタルシャンデリアが天井から吊られ、内装はシャンパンゴールドの色調で統一されている。壁には窓代わりにカット済みの黒曜石が埋め込まれている。床に引かれたフカフカな漆黒の絨毯を踏めば靴が柔軟さに埋もれた。密室の中には大きな一枚板のテーブルは光芒を放っている。置かれた椅子は2脚だけ、後から入ってきた侍女は音もなく壁側で静かに佇んでいる。まるで彫刻だ。警備を任された女近衛騎士が事細かく俺の動きを観察している。
出会いの挨拶を交わした俺はエレニールに促され椅子に腰かける、テーブルを挟んで眼前に座った彼女に視線を送る。服装は彼女らしい軍服を着用している、首から下げたペンダントは俺が贈った品、毒を無力化する王族にとって非常に有効性を持つ魔道具。わざわざ元から装備した状態異常耐性の魔道具を外した彼女の姿に心意を感じる。
普段からゆるく三つ編みにした長い髪を、うなじの上で巻き上げて留めた髪型は解かれ、耳より上の位置で後頭部に一束にまとめて、紐で結んで後ろに垂らすポニーテール。いつもより活発で爽やかな印象を与えるエレニールにポニーテールスタイルはえらく似合っていた。
「髪型似合っている。まるで火の女神が顕現したかと己の目を疑った」
「う、うん…あ、ありがとうショウ。そんな大袈裟に褒め称えるなど思いも寄らなんだ」
絶賛した俺の言葉に背中で揺れる束ねた髪を触って照れ隠しに微笑むエレニール。同時に護衛の騎士含む侍女から向けられる気圧が上がったかに感じた。
「コホン」と一つ咳をして浮いた雰囲気を脱したエレニールはテーブルに置かれたベルを取れば左右に揺らした。チリンチリンと魔力を含んだ冴えた鈴の音が密室に響く。
「さて、小難しい話は食事の後で良かろう。噂によると此処が供応する料理は魔導国一の絶品らしいぞ。王族が城下町で飯を頂く機会など早々無いからな…ショウも遠慮しないでくれ」
「御言葉に甘えて全力で堪能するよ」
そんな言葉に笑いを零すエレニールを眺めていれば早速、扉を叩く音が二人の耳に入った。ドアに向かって「入り給え」と威厳が備わった返事を告げると侍女が開いたドアから、料亭で働く従業員が料理を運ぶワゴンを押しながら部屋に入ってくる。ダークスーツの上からエプロンを着こなしたウェイターは外見上、丁寧に業務を行っているが神眼で心を読めば緊張の余り正しく思考が働いていない。寧ろ彼が適正な感情の持ち主。裕福な家の生まれとは言え、爵位を持たない平民が大国のお姫様直々にお会いする日など万に一つあるかないか。
不安と怯えを心の奥底に仕舞ったウェイターが料理を盛り付けた皿を置き終えると無礼にならない最敬礼をエレニールに捧げて部屋を出ていった。
レニールはその様子に黙秘を貫き、飲み物を注がれたワイングラスを持ち上げた。
「では…随分久しぶりの再会に感謝を祝して、乾杯」
「乾杯」
祝杯の音頭を取り、ワインで乾杯をした。グラスを軽く合わせると、天井で天国の鐘が鳴ったような音がした。
「ご馳走様、王国では味が出せない郷土料理だったな。甘さともちもちした食感が実に興味深い、我が宮廷料理人に食わせて調理法を習得するのも一興…」
ハンカチを口に当てたエレニールが独り言とも思える口調で呟いた。何処に居ても彼女が頭の中を整理する間は国益について思考を重ねる。俺は肯定も否定もしない、一人語るエレニールを聞き届けてただ首を頷くのみ。助言を与えて嘴を突っ込む真似を彼女は望まない。
いつか俺と結婚する日、降嫁して王位継承権を放棄する寸前まで民を思い、王族の勤めを全うするエレニールの好きな様にさせるのが紳士道の原本。幾ら時が経とうとも飛鳥の実家で見付けた俺の聖書を一秒でも忘れる訳無い。
「――ではショウ。報告で軽く目を通したが、お前中々愉快な面倒事に巻き込まれたらしいな?なんでも再び、結社所属の幹部と搗ち合ったとか」
遂に本題が彼女の口から飛び出した。鷹のように光る目が此方を射抜く。血色のいい両頬に浮かんでいる豊かな微笑み、しかし眼の奥に宿る温度は絶対零度に冷え込んでいる。
「ああ、演習最終日まで学生を護衛する楽な依頼を受けたのに気付けば第一級国家テロ集団と直面する羽目に至ったからなぁ」
感傷深く呟いた俺に無言の威圧を放つエレニールだったが、やがて諦めた様で額に手を当てて重い息をついた。「はしたないですぞ姫様」と壁際に立つ侍女が咎めると今度は俺をもの言いたげな目で睨み付ける。
「短期間で忌々しい結社の幹部を二度遭遇するとは…お前は不運に愛されているのか?」
実際はダリアも含めて三度だが噯にも出さない。
「こうして無事エレニールの元へ戻って来たんだ、結果が良ければ事前に起きた過去など些細な事」
「今回はその言い訳に矛を収めよう。しかし、この度をもってランキャスターへ帰還するまでの期間、冒険者活動を一旦休止してもらう。……お願いショウ、これ以上私を心配させないで」
最後に言った言葉は彼女の本心だろう。確かに表面上、技術お披露目の交換で訪れた使節団の一員が他国の戦争に参加したなど婚約者からすれば気が気でならない。ここは素直に承認しよう。
「承った。今より依頼は一切受注しない。ダンジョンにも潜らないし、指名依頼も全て断る。心配させて済まなかったエレニール」
「いいの、私の方こそ我が儘言ってる自覚あるから。応じてくれて感謝するわ」
肩の荷が下りたのか心が安らかに落ち着いた声を取り戻したエレニール。彼女は言葉を続ける。
「では本題に移ろうかしら。明後日行われる晩餐会について」
遂に今夜食事に誘われた主題に話が切り替わった。
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