第176話 晩餐会 その4

「では本題に移ろうかしら。明後日行われる晩餐会について」 


 窓すら見当たらない、高級感が漂う密室。他国から輸入した黒色の椅子の背もたれに背中を預ける王族の婚約者。金糸の刺繍をふんだんに使った姫騎士に相応しい軍服を見事着こなした彼女…第三王女エレニールは主題を切り出した。


「手紙でも読んだが、確か野外演習から無事帰還した学生を慶ぶ饗宴だったか?」


 最後にはてなマークを付け加えた言い方に肯定の印で小さく頷いたエレニール。苦難を乗り越えた生徒に思い出に残る華やかな宴を贈りたい学園の意志は理解できる。特に革命軍が人為的に引き起こした氾濫に対処する羽目に陥った生徒達の休養を兼ねた名目で今年の晩餐会は一段豪華に仕上げたい彼方側の心情も汲み取れる。しかし…。


「賓客のエレニールに紹介状が届くのは道理に適っているが、何で俺にも」


 俺が零した疑問の返答はエレニールが此方に向けた冷ややかな、呆れる微笑みだった。


「…何を言っているのだ。婚約者のお前が私のエスコートをするのは同然の役目だ。まさか、ショウの名代に何処の馬の骨か分からない輩に私の手を差し延べるとも?…ショウは私を悲しませるのか?」


 哀しげに震える口調で切実に話す、遠い星の瞬きのような、寂しげに語るエレニール。勿論本気で言っていない、からかい半分。言っていないが…。


「「……」」


 ほら壁に控えた侍女と女騎士が放つ殺気が猛烈に膨れ上がった。室内の空気が濃く重みを持つ。四方から圧し締まってくる殺気に俺はさっと謝る。


「スマン、度が過ぎた一言だった。浅学の俺を許してくれ」


 その言葉を待っていたエレニールの顔に笑みが戻った。そのご機嫌顔を例えるなら、満天に咲き溢れる桜に太陽がちらりと光を落としたかに見える。


「貸し一つだ」


 艶然と微笑むエレニールに内心『高い貸しになりそうだ』と密かに胸の奥で捻りを帯びる。


 膝に乗せた花柄のナプキンをテーブルに置いた俺は続けて彼女に質問を伝える。


「取り敢えず俺も婚約者の立場として参加する理は把握した。だが晩餐会で着ていく正装は持って来てないぞ?幾ら今から仕立て屋を手配して明後日の祝勝会まで間に合うとは到底思えない」


 俺が問題点を指摘すれば、勝ち誇った表情を浮かべたエレニールは壁に控えた侍女に目配せを交わし合い、以心伝心で合図を促した。アイコンタクトを通じた侍女は魔法袋から桐箱を取り出すと、目の前に置いた。外見上衣装を収納したケースと判断した。見事な細工が彫られた桐箱の蓋を少しだけ開ける。瑠璃色に染めた生地に金糸のラインが入った上着が収納している。


あろうかと事前に準備していた。もう文句は無いだろう?」


「完敗だ。身に余る光栄、僭越ながら謹んで私めに貴女のエスコートを任せて頂きたい」


 負けを素直に認め、大袈裟な演技で晩餐会の付き添いを誘った俺に心から満足そうに顔を綻ばせたエレニール。何時俺の身体を採寸したか聞かないでおこう。彼女の予想外の行動に、俺は驚きと共に、彼女の思慮深さに感心する。


「うむ、苦しゅうない。お主のエスコート技術を期待してるぞ」


「…」

「…」


 静かなる無言の時が密室に流れる…やがて。


「「ふふっ」」


 互いの口から晴れやかな笑声を立てる。それ後は穏やかな夜食を心赴くまま誰の邪魔されずにゆったりした時間を過ごした。報告書では明白な情報が伝わっていない敵の実態、特にゾアバックに宿った反射の能力を教えると実に興味深く質問を浴びせるエレニールに脚色を加える事はせず真実のみ語る。

 俺が戦いで使用した魔法の種類、剣術の詳細、敵側に与えられたマジックアイテム、最後に敵将が服用した薬の効果と副作用。話の話題は途切れること知れず瞬く間に時間だけが過ぎて行った。


「あらゆる攻撃を無効化、放った相手に反射する能力。よくぞ無敵の力を持つ敵に勝利したなショウ」


 ゾアバックに訪れた最期の瞬間を聞いたエレニールが告げる。


「傍から見れば弱点が存在しない万能な力に思えるが内側からの攻撃には反射が働かなかった。それに空から降ってきた水晶の矢に止めを持っていかれた」


「何処からともなく天から落ちた光の矢…私の勘だがお前が絡んでいるのではないか?」


 流石に怪しむよな。


「どうだろう、もしかして本当に偶々だったかもしれない」


「お前な…はぁ、まあ良いか」


「姫様そろそろお時間です…」


 会話が途切れる機会を窺っていたエレニール専属侍女が近づき彼女の耳元で囁いた。懐から取り出した懐中時計を確認すれば納得がいく時刻を指している。今夜はこれでお開き。

 エレニールが席から立ち上がると同時に俺もテーブルに両手をついて立ち上がった。


「久しぶりに会えて楽しかったエレニール。また、二日後に」


 火の消えたような感情を俺に向けた婚約者の眼先に跪き、取った手の甲にキスを落とす。


「う、うん私もショウに会えて嬉しかったぞ!晩餐会当日、お前に服を着せる者を宿に送るからな!お、遅れるなよ」


 急のキスに顔を赤らめたエレニールが早口で二日後の予定を告げる。そのまま俺が答える前に侍女と騎士を連れ添って廊下へ出て行く。


『あ~あ、純粋な姫を真っ赤に染め上げちゃって罪な男』


 密室に一人取り残された俺の脳裏にナビリスの念話だけ響き届いた。

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