第177話 晩餐会 その5

 エレニールと二人でワイングラス合わせて二日が経過した本日。彼女と躱した約束を守り、この二日間俺は冒険者ギルドへ足を運ぶことはせず、都市を回り王都で帰りを待つナビリスと銀弧宛の土産を探し求めた。

 つり目で気品に溢れた外見に似合わず可愛い品に目が無い銀弧には富裕層向け商業区に煉瓦造りの店を構える雑貨屋で偶然見つけた特大ぬいぐるみをプレゼントする算段。熟練の職人が手掛けた動物をモチーフにしたぬいぐるみの毛一本一本、長時間魔水に漬けた特別製。衝撃ならある程度吸収するように工夫が施された逸品。

 特別仕様に生産した動物のぬいぐるみは値段も特別仕様であつらえ、ラーヘム魔導国で両替した白金貨一枚が飛んだ。余計な出費が嵩んだが銀弧の笑顔の為なら安い物。


 念話で教えてナビリスには秘密にして貰っている。


 「(そろそろエレニールが送った部下が向かいに来る時間帯)」


 静寂が支配する部屋。ぐらつく椅子に腰かける俺が手に持つスケルトン機械式懐中時計の針が三を指している、直後に時刻を表す教会の鐘が三回鳴った。確か…宴が開始するのは5時、遠からず準備に取り掛からなければ遅刻するかもしれない。出来れば避けたい。


 …否、今の言葉、取り消そう。


 廊下から聞こえてくる金属が擦る音が耳朶に触れる、ズシリと歩く度、板張りの通路に轟かす足音の重さ。魔導国では不人気の金属甲冑等を装甲する物好きは騎士以外考えられない。重量があっても耐久力のある鎧は板金加工の最先端技術でさることながら、非常に高価、例えば大国の元に仕える騎士階級。


――コンッコンッコンッ。


「本日は麗しゅうショウ殿。私奴、王女殿下の達しより来訪に参った所存。何でも今夕魔法学園が主催される晩餐会用に見繕った礼服の件にて」


 扉の向かい側に佇む二人の気配。特に気にしない俺は廊下で待つ彼等に「今開ける」と告げて、俺は静かに扉に手を伸ばし、古い金属の把手を握る。冷たさが手の平に伝わるが気にせず回してドアを引き開ける。軋む音が空気を切り裂き、入り口が開かれた。


 案の定そこに待ち構える人物は前回同様俺を案内した騎士に加えてお供のメイド姿。床に目をやると見覚えがある桐箱が用意されている。どうやら騎士は荷物持ちも任されたらしい。


「出迎えご苦労。何も荷物を置いていない部屋だが、入ってくれ」


 特に隠す秘密がない質素な部屋に入室を了承すればレディーファースト故メイドの女性が先に入る。続けて箱を抱きかかえた騎士が礼を言いながら付き添って部屋の中に足を踏み入れた。


「忝い。それでは祝宴の挨拶に遅れる前に終わらせましょう、後はお願いします」


 桐箱を近くのテーブルに置いた騎士は扉を背にして佇む。


「本当何もない倉庫…いえ、部屋ですね」


 中央に立つメイドが部屋を見渡すと、小さく苦言をポツリ零す。王族の下で働くメイドの殆どは下級貴族生まれの三女、四女が占めている。当然ながら敬愛する姫の婚約者が装飾が一切置いていない地味な個室に文句の一言、二言、述べたいのも当然の感覚。


「湯浴びは既に終えている。準備は出来ている」


「ですか、ではお召し物を脱がします。失礼」


 目の前に立った俺を見つめるメイドが深呼吸をし、自分自身を落ち着かせる、おずおずと手を俺に伸ばした。シンプルでありながらも、ウールを原料とした普段着。脱がせば上半身裸の現人神が出現する。長年、神界で鍛え抜いた筋肉は彫刻のように美しく、力強さと優雅さを優雅さを兼ね備えている。腕は、鍛え上げられた玉鋼並みに硬く、それぞれの筋肉が明確に定義されていた。

 視線を下へ向ければ、六つに分かれた腹筋は均等なブロックようで、柔軟性を示している。


 扉へ視線を送れば普段より体を鍛えている騎士の驚愕した表情を見せている。正面に立つメイドは俺が長年かけて努力した黄金に等しい肉体に顔が首の付け根まで注いだように真っ赤に染めている。


 それ程、男に免疫を持っていないらしく、顔に紅葉を散らすメイドがぼーっと露わになった体に視線が釘付けに固定している。思考は遠くへと飛んでいった様子。まるで時間が止まったかのように静かに立ったまま此方を見つめるメイドにさすがの俺も声を掛ける。


「平気か?着替えが無理なら服の着方さえ教えてもれえば後は自分で如何にかするが…」


 っお?内なる世界から現実に戻った。


「じゅるり…。っえ?い、いえ!とんでもございませんっ。とても凛々しいお体で少しびっくりしてしまいましたわ」


 態度が少し変化した…。特に何も言わない。




 それから下着姿になった俺はエレニールが準備した正装に着替えた。ほんのり顔を赤らめたメイドより渡された手鏡に映る自分を見る。


 瑠璃色に染めた上着の襟は少し立てて、丈は膝程まであり、袖は大きめのカフに金ボタンで留めてある。金糸で見事に緑取られた刺繍が上品に仕上がっている。中のベストは落ち着いたクリーム色で、ボタンホールに通したチェーンが良い味を見せている。ズボンは上着と同じ意匠の刺繍が挿されている。 手袋は上等な布が使われていた。


「手伝い感謝する。では早速宴の舞台へ赴こう」


「っは」


 未だぼんやり俺を見つめるメイドの肩を叩く音を背後に俺は部屋から廊下へ一歩踏み出す。いざ、行かん魔術学園。




 

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