第171話 大野外演習その終幕

 王都に待機したナビリスが放つ矢は寸分違わず敵将ゾアバックの心臓を射抜いた。背中から落下した敵の胸部には大きく穴が開いたゾアバックの最期を目の当たりにした皆が口を閉じ、水を打ったような静けさが戦場に訪れた。無理もない、激戦を繰り広げていた所に突如天から降った流れ星が丁度宙に浮かばせた人間の心臓部を偶然貫けば敵味方関係なく一同仰天する思いだろう。


『見事と射抜いたナビリス。天弓アルテミスの手応えはどうだ?』

『異空間で行った試行結果と効果は同じで世界に歪みは見受けられないわ。世に出ても星に悪影響を与えない武器よ』

『了解、ご苦労様。会えるのを楽しみにしているよ』

『ふふ、それこそ私の台詞。銀弧もショウに会いたがっているわ、踏ん張って転移魔法を我慢する姿も愛しいわよ?それじゃあまたね』


「あ、ありえん!使者殿が敗れる筈など…!何かの…何かの間違いだ!」


 ナビリスと念話を通じて会話する中、戦場に訪れた寂寞を砕いた最初の人物は馬に跨った革命軍の隊長。顎に蓄えたカイゼル髭を素手で毟りながら、信じ難いと視点の定まらない目でしどろもどろに脈絡のない言葉を並べて口調は希望を失った絶望を叫ぶようでもあった。プルプル震える手より魔物を刺激する杖も零れ落ちる。


「勝敗は既に決した!最早これ以上血を流す必要は無い!武器を捨てて投降せよ!」


 戦局が一転して主導権が完全にこちら側に写った所へ頼りになるリーバスが透かさず降伏を促した。もう戦いをする意味が存在しないと四方に響く大きな声を上げる。


「…どうする?」

「頼みの最強戦力は昇天、残りの大蛙の討伐も時間の問題…降伏する他ない」

「お、俺は諦めないぞ!魔導国に蔓延る権勢を挽回する為、革命軍に参加したのだ!例えここで半ば殺されようとも、同志達が必ずやり遂げる!四番隊ッ進めー!」


 万物の攻撃を反射する特別な能力を持ったゾアバックが倒された事実に闘志が消えた兵士は武器を捨てて地面に脱力する者。平均年齢が若い執念強い兵士はまだ諦めず手に持つ剣、槍を固く握り締めている。


 降伏を促した張本人であるリーバスも全員が素直に応じると思っていなかったが、無力で悔しさに耐えるように唇を噛む。根っから善人のリーバスからすれば同じ国民同士で殺し合うのは心に苦痛を覚える。そういった話を、焚き火が燃える昨晩二人きりの時教えてくれた。


「テロ集団の勢いが収まった!国家に名を置く名誉に懸けて、これ以上の狼藉を許す訳にはいかない!魔力が回復した順から反乱軍を拘束せよ!」


 すると、高所で休息を取って消耗した魔力を回復してた学園教師陣が活発化すれば、武器を持って反抗的な意志を曲げない兵士等を一気に捕縛魔法でドンドン捕まえていく。『クソッ!』『離せ!国家の犬如きが!』など怒りを感情に任せて叫ぶ断末魔があがる空間を横目に俺は、生命の灯火が霧と消えたゾアバックの死体が横たわった所へ一歩一歩、近づいて行く。その間、他の冒険者達が指揮系統を失った魔物産みの蛙を次々討伐していく。


「…ピッピ、お兄さん」


「ダリアか」


 土に埋もれた水晶の矢を拾い上げた俺は胸部を貫き、流れた血の中心に横たわるゾアバックを見る。苦悶の色はない、薄く開いた唇から土で汚れた歯が僅かに見えた。目を半分開けたまま死んでいる。

 変異した肉体はそのまま持続している、限界を超えて膨れた筋肉、頭部から生えた魔族の角も今なお保っている。…これも薬の副作用。

 人生に幕を閉じた彼に視線を向けていると背後からダリアが俺を呼んだ。その声に少し寂しそうな響きが含まれている。

 ゆっくりと身体の向きを変えて見返れば予想通りダリアの姿が。手元にはゾアバックに弾かれて森に消えた俺の両手剣を抱えこんでいる。わざわざ武器を捜し出したらしい。


「見つけてくれたのか?ありがとうダリア」


「チュンチュン…鳥さんが運よく剣の行方を知っていたんだよ!お兄さんの剣持った時、予想より軽くて驚いた、高純度なミスリル鉱石が使われているんだね。月の光に輝く白銀の銅、ガラスのように磨ける、黒ずみ曇ることがない希少鉱石が惜しみなく注がれた一品」


 それだけ囁くと手渡してきたので軽くお礼を告げて受け取り、抜身の剣を腰に巻いた鞘に納めた。


「ダリアも長時間に渡る戦闘で疲れただろう?休憩を挟まないのか」


「ホーホーッケキョ!うん…私より鳥さん達が頑張ってくれたから私はまだまだ平気だよお兄さん。魔力も余裕あるから大丈夫!」


 全く問題無さそうに振る舞うダリア、確かに神眼で確認しても彼女の魔力は全快まで回復している。九分九厘、頭に被った花冠が触媒となり定期的に魔力を体内に流し込んでいる。結社の主が与えた『アルトリウスシリーズ』の効果の一端に疑いない。


「ピピッ、っえ」


「うん?」


 ダリアが元同僚の遺体を見つめていれば突然、はっと驚きの声を呑んだ。此方も彼女に倣って地に倒れたゾアバックに視線を動かす。


 然らば心臓を貫いた、その体躯の右腕に走る一対に巻き付いた蛇の刺青が赤黒い輝きを点滅し始め、クネクネまるで生物を彷彿させる緩慢に動いた。腹部に描かれた獅子の真正面の刺青も同時に左右振動を始める。やがて肌に着色したインクが地面に向かって溶けていく。


「……」

「……」


 俺とダリアが見守る中、土の上に広がった朱は一塊に集まり形作る。あっという間に固まったインクはチェーンリングに仕上がった。指輪には蛇と獅子をモチーフしたカットが施されている。


「(これは、ゾアバックが持ってたアルトリウスシリーズ、本来の姿)」

「チ!ッピッピッピ、う、うん。えーお兄さん?」


 横たわる遺体の傍に転がる結社のアーティファクトを拾い上げると背後よりダリアへ注意を告げる鳥の鳴き声が彼女の口から飛び出た。何やら彼女自身、一見すれば飾り気のない、ごく普通のチェーンリングが正真正銘アルトリウスシリーズだと認識出来なかった様子。…っふ、普段から伸びやかな性格をしたダリアらしい。


「どうした…?」


 如何にか掌中に収めるチェーンリングを取り返したいダリアが動揺してオロオロ慌てる姿に気付かないフリをした俺が質問する。


「えーそ、そのぉ…出来ればお兄さんが拾った戦利品を私に預けて欲しい。な、なんて!あははっ、ッピヨッピヨ!…うぅ分かってるよ~鳥さん!」


 焦ってるダリアの姿も見れたし俺は満足。素直に手に持ったアーティファクトを彼女に差し出した。


 いきなり手渡した俺の行動にキョトンとした目で此方を見つめる。


 「っええ⁉本当に良いの?折角お兄さんが倒して入手した戦利品だよ?」


 心がてんぱって疑心暗鬼に成ったダリアが深い意味を含んだ口調で押し迫る。俺は一つ頷き、混乱して事情が飲み込めない彼女の手を取ると、手の平にチェーンリングを置いた。


「大事な宝なんだろ?ダリアとっても」


「――ッエ⁉」


 意味ありげに告げた言葉に感づいたダリアの顔が強張る程驚き、目を白黒させる。


「……何時から知ってたのお兄さん…?」


 凍りついた沈黙を解消しようとか弱い声で探りを入れるダリアに俺は誤魔化さない。


「序列第六柱ガディ・ノーバスを斬った直後、偶然受けた依頼の合同で君が居た瞬間から疑っていた」


「――ッピ。そう、そんな早い時から…」


 視線を下に向けて彼女が見せる表情は確認できないが頬を伝って土を濡らす大粒の涙が全てを語っている。


「結社の実力者を倒した後日、冒険者の誰よりも豊富な魔力量を持つダリアが急に現れた。怪しむのは当然」


「……チュン」


「疑問が確信に膨らんだのは初めて俺とゾアバックが対峙した瞬間だな。二人は意地でも目を合わさなかっただろ?」


「ふふっ。あれは私も予想外だった。以前より結社と革命軍が手を組んでいるのは聴いていたけどまさか、第五柱と今日ばったり遭遇する何て思いも寄らないよ。…ねぇお兄さん」


 一思いに笑いを零したダリアだったが、今度は意を決した声で顔を上げる。瞼から筋を引いて溢れる涙を歯牙にもかけない彼女が魅せる顔には死の覚悟を持った表情をしていた。


「私は秘密結社『福音黒十盟団』所属、第三柱を任された『鳥使い』ダリア。この首欲しかったら、お兄さん貰って。ピッピッピヨ…うん、初恋の貴方に私は命を捧げるよ」


『ショウ…』


 会話を盗み聞きしていたナビリスが俺の名を囁く。心配無用、ここまで好意を向けられたんだ。ちゃんと返事をするさ。


「…寧ろダリアは俺を憎んでいないのか?偶然とは言え、俺は幹部格二人を屠った張本人だぞ」


「……」


 だんまり、か…。神の魂に変化した後も女の涙に脆いな俺は。


「俺は別に正当防衛以外で人の命は奪わない」


「え――」


 何か言う前に俺は言葉を続ける。


「事実、結社とは敵対関係にあたるが、ダリアの事は個人的に気に入っている。そこで双方納得する解決策を組んでみた」


「解決策?」


「ああ、恐らく結社は俺に関する情報を欲しているんだろう。ならばその時まで俺と一緒に行動するのはどうだ?」


 ダリアの酷く沈んだ顔色は、俺が告げた提案の意味が頭に入ってきた直後満面の笑みに入れ変わった。幻鳥も嬉しそうに彼女の口を借りて鳴いている。




 これにて数多くの珍事が起きた大野外演習が幕を閉じた。明日には魔都へ戻りエレニールに文を書いて時間を潰すのも悪くない。






 その頃、場面は移り、暗闇の森にゴソゴソ右往左往彷徨う人影の集団が居た。


「あ゙あ!何時まで進めば目的に出るんだよ!もう何時間も歩いているんだぞ!」

「うっせえケビン!大体一番年下のテメーが勝手に森を進んだせいだろうが!」

「ふざけんじゃねーよ!元はといえばお前らが正しい地図を持って無いから目的地に辿り着かないだろ!去年の地図入れてくるアホが何処に居るんだよ!場所も正反対の役立たず紙屑初めから鞄に入れるなよ!頭湧いてんじゃねーかオイ⁉」

「口数が減らねぇ雑魚のお前が難癖付けるなよ、大した魔法も撃てないテメーが犬真似して媚び売ってきた事忘れたのか?あん時は滑稽で笑っちまったぜ!」

「んだとクソ野郎!上学年だろうが、この場でお前をぶちのめしたろーかぁ!」

「おうおう、やってみやがれ!おめぇの低魔力如き俺が軽く捻り潰してやるぜ!」

「言ったな!っおら‼」



 教師の命令を破り、待機場所から抜け出した不良生徒等10名は後日。捜しに来た担当教師に見つかり学園に帰還後、罰としてレポート課題30枚を言い渡された。

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