第170話 乙女ゲーム転生者から見た戦場の現実
古代遺跡へ繋がる森から現れた私達に写った光景を言葉にするなら…地獄。その一言にピッタリ当てはまる。眼下に広がる景色はまさに、この世に顕現した地獄だった。
付近に循環した焦げ付くような腐臭が鼻をつく、草原に散らばる魔物と人間の死骸の山。魔物らしき紫と緑色が融合した血の海が満遍なく広がり、四肢の何方か千切れた切断面から赤い血を流した兵士の格好を着た人間の亡骸。常軌を逸した阿鼻地獄、これが平和に暮らしていた前世に起こったら発狂していたかもしれない。ゲームの世界観をベースとした現実。中世とは、現代とまるで別世界だと言うのはこの十数年で身をもって体感してきた。
誰かが火魔法を放ったのか煙と共に肉が爆ぜる臭いと、刺繍が混ざり合って鼻の奥を刺激した。一瞬気を抜けば今にも喉の奥がぎゅっと詰まり、嘔気がこみあげてくる。
「「「…」」」
恐怖で顔が青ざめるのを感じつつ、チラリと一緒に森を抜けた先輩方を左から右に、視線を走らせる。
皆顔色が悪そう。何時も先頭を立ち、凛としたお姿で私達下級生の見本であったグレイシア先輩も緊張で強張って蒼ざめていた。
「これが…戦場」
一段と声が硬いグレイシア先輩と同年に全く見えないルーシュビエット先輩が呟いた言葉は私達の無垢な心の海に届いた。しんと波紋が広がった感触を確かに感じた。戦場…、ここは正に戦場の地だと理解された。
死体と肉片、白骨が雪の降ったように、辺りが白くなるほど転がる光景、一刻も早く目を逸らしたい現場を私は我慢して周囲を見渡す。――そして戦場の中に一縷の希望が差し込んだ。
人間離れした三メートルは超えた大型の男、額には禍々しい紫黒色の角が生えた人間?から発する禍々しく澱んだ魔力に勇敢に対峙する一人の冒険者。アンソン先生が紹介した初顔合わせではあまりの衝撃に意識が平行線彼方へ消え去る位、異次元の容姿を持つ彼は隣国で活躍する冒険者『ショウ』。人間離れした美丈夫が巧みに剣と魔法を交互に扱い恐ろしい巨漢との戦いを繰り広げている。
「アぁ?」
『――⁉』
突如、大男の視線が私達に注がれた。獲物を前にした猛獣みたいな鋭い眼差し、直ぐに振り払いたいのに金縛りに罹った様で体が動かない!心臓を鷲掴まれ恐怖で手足がすくんで動けない。誰かっ助けて!
「君たち其処から離れろ‼この場は危険だ!」
私達の気配に気付いた冒険者の一人が出した声は風の乗って耳に入って来るけど、敵が向けた威圧で足が動かない。動いて動けっ私の体!
「魔獣ども、手土産に学園の生徒等を虐殺しろ!女は捕らえて人質にする!」
「ッチ!待ってろ今助けに行く!」
馬に跨る革命軍の隊長らしき壮年の男性が興奮気味に激しい声を荒げる。内容は上手く聞こえない。恐怖で脳が正常に働かないッ!死にたくない死にたくない!
すると、大きく口を開けば内部より魔物が次々出てくる全長五メートルは超える巨大蛙の傍に佇む、二足歩行に牛の頭部を被った魔物を私の目が捉えた。
その巨体に焦点を無意識に合わせると脳裏に浮かんだ一枚の絵。転生してから一度も見た事も無い存在を私はハッキリ知っている。前世で遊んだ乙女ゲームに出現する魔物図鑑に記載された、中盤以降潜れるダンジョンで遭遇する、その魔物は――。
「(ミノタウロス…!)」
身長3メートル以上、その巨体から繰り出す斧攻撃はカチカチに固めた防御を難なく引き裂く高攻撃力を持った危険なモンスター。全身を覆い被さる毛皮は高い魔法耐性を保持している。弱点は死角からの物理攻撃。…ヤバい!この場に居る先輩たちでは太刀打ちできない!どうしたらいい、どうすれば危機的状況から逃げれる⁉
「っはあ!」
巨大蛙が産み出したミノタウロスは二匹。両手に持つ斧が私の首を狙っている。涎がダラダラ垂らすミノタウロスが一目散に地響きと共に向かってくる。直後奴らの背後に現れた冒険者の一人が必中の一撃を繰り出して一匹目を瞬殺した、だけともう片方がこのまま近づいている!今助けた冒険者が苦しそうに肩で息を整えている。その間にも私達の距離が狭まって…。
「(助け――)」
「
腹の底から助けを縋る私の前に出た一人の男子生徒。誰よりも早く威圧を克服したルーシュビエット先輩が杖を抜いて短縮魔法を唱えた。けれど分厚い魔法耐性に阻まれ一瞬怯ませたが、突進は止まらない。
遂に攻撃が届く間合いに近づいたミノタウロスはその凶悪な斧を振り上げる。絶体絶命。眼前に追う鈍色の刃、風を裂く音をたてながら私を切り裂かんとするその銅の側面。景色がスロー再生される映像を見ている感覚だった。もう…終わり――。
ぎゅっと眼を閉じた私と同時に鋼のように硬い激突音が響き渡ったのだ。
「っえ?」
幾ら経過しても訪れない痛みに、ぷつぷつと湧く疑問に私は目を開ける。そして目の前に広がる現実に一点の曇りも無く理解した。途端、世界に流れる時間が元に戻る。
「光の障壁…?」
他の誰かがそう言葉を零した。そう、私達生徒を囲む光の繭に向かってミノタウロスが斧を振り下ろすが、光に阻まれ攻撃が一切通らない。
「た、助かった~」
状況を把握した私は緊張が解けて固まっていた物が溶けていくように、手足から力がなくなって地面に座り込んだ。恐怖による支配の感情から抜け出した私の瞳に堪えていた涙が頬を伝った。
危機的状況を脱出した私達はそれから冷静に戦場を見守った。絶対な防御に守られる安心感が皆を正常に戻した。生徒を囲んだ光の障壁を守る冒険者側のリーダー、リーバスさんによれば、ショウさんと凄まじい争いを繰り広げる禍々しいオーラを放つ人間の限界を超えた肉体の男は何と各国で暗躍する秘密結社の幹部とのこと。どうやら結社と革命軍が結託して兵士等に武器や技術を提供しているらしい。
「っあ!」
一般人の目には追い切れない速度で戦っているショウさんは全身を弓なりに曲げつつ左足を踏ん張り、勢いよく右腕を振り切ってロングソードを敵へ投擲した。同時に地面を蹴って前に飛び出した!
投げた剣は拳に弾かれて何処か遠くへ消えちゃったけど、姿勢を低くしたショウさんに巨体の敵は姿を見失った。
「ええぇ!」
何と彼はアッパーカットで巨体の大男を空高く吹き飛ばした。…何でもありだこの世界。
体を宙へ飛ばされた先で敵の口から赤い糸のような細い血のすじが流し、身に何が起きたのか混乱している。そんな中、何となく顔を傾げて空を見上げた私の瞳に青く光る流星の尾が映った。流れ星だ…。
すうっと流れる流れ星がドンドン地面に近づいて――、違う!流れ星じゃ無い!
一条の青い光が落ちた位置に丁度いた結社の幹部、彼の心臓を貫いて流れ星と錯覚した星の光は地面にぶつかり、衝撃が私達の足元を揺らした。背中から落下した敵の胸部には大きく穴が開いており即死だった。
「水晶の矢?」
突如訪れた急展開に考えが混沌として事情が飲み込めない私は地面を貫いた流れ星の正体を探る。その正体はキラキラと煌めいている水晶の矢であった。
『あとがき』
予定の十倍長くなった野外演習編も次で完結します。読者の皆、ここまで付き合ってくれて本当にありがとう!
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