第169話 大野外演習その35

 王都の自宅で寛ぐナビリスに念話を繋ぎ、無駄に長時間続いた戦に終止符を打つ最後の攻撃を送る。直ぐに彼女から了承の念が届く。準備が完了するまで三分、それまでナビリスより指定された座標へゾアバックをピンポイントに誘導するのが俺の役目。


「俺様から手を離せショウ!反…二重ダブル!」


 激闘の跡が刻まれた雑草が吹き飛び剥き出しの赤土に叩きつけたゾアバックが何か呟くと、彼の腕に巻き付いた蛇の走った青白い輝線が一層明るく明滅しながら反射の力で無理矢理、体を起こせば強力な裏拳を俺に振り払う。能力を行使した事で彼の脹脛から手は離れている。


 薬で強化された基礎能力から繰り出される拳の速さはより鋭く、錬磨された技量は最早A級に並ぶものは存在しない。ゾアバックが服用した薬がもし試験段階なら誠恐ろしいな。


「オノレェ忌々しい王国の冒険者ショウ!――何をしている同士達!革命を脅かす目障りな学生共が直ぐ其処まで来ている!一人でも多く我らの大義の為、殺ろせ‼」


「何が大儀だ!下らない為に生きる女子供を殺してでも掲げる悲願やらは決して叶ってはならない!お前みたいな輩は革命では無く国家に反するテロリスト集団だ!」


 馬に跨る、短く伐りこまれた金髪に彫りの深い顔の壮年な司令官が唾を飛ばしながら有無を言わさぬ口調に言い返したリーバス。俺が張った光壁に錯乱状態で諦めずに手に持った斧をぶつける一匹のミノタウロスをポーションである程度魔力を回復したリーバスが背後から心臓を一突きで討伐した彼の表情には怒りの色を表していた。指揮隊長との距離が離れている中魔力で強化されたリーバスの聴覚にはハッキリ命じた言葉が聞こえてた。 


「戯言を!生まれながら運よく魔力量に長けた分際で儂に反論など!お前たちの様な者が存在する限り魔力が乏しい人間は周りから非道な差別を受け、無念の恨みを抱きながら己の命を絶つ者の気持ちなど考えた事あるか!否、答えは否!決して否だ!祝福された人間が我らの気持ちが分かるなど有ってはならない!」


「国家のあり方が気に食わないなら武力では無く言葉で示すべきだった!賛同しない平和な村に火を放ち、無害な民を虐殺するテロ集団は魔導国を愛する一人の国民としてお前らを決して許さない!」


「許さなくて結構!我が大願の前に衝突する敵は何者であろうと儀の元、全て革命の敵だ!例え、国に滞在中の友好関係である王国の姫さえ楯突くならば容赦なく殺して、首を晒す!」


「狂人め…!私欲の為、国同士で戦争を起こす積もりか⁉」


 口論はヒートアップするリーバスと革命司令官。遠くから聞き耳を立てていた教師陣と他も冒険者だったが、司令官が使節団でやって来ているエレニールを殺すと宣言すれば流石に動揺が広がった。同時にゾアバックと攻防を続ける俺の背中に視線がチラホラ集まる。彼等は俺とエレニールが婚約の儀を結んだ仲だと知る人は多い、指揮官が告げた考えが周囲に広まれば無実の民を巻き込む戦争に発展しかねない。

 負傷者を守りながら次々産み続ける魔物を相手にするダリアも彼の言葉に不快感を抱いた気持ちをこみ上げている。

 同僚のゾアバックさえしかめっ面を見せている事から、表面上は協力関係である結社の目的に王国との戦争は望んでいないようだ。


「悲願を達成するならばっ、大陸に戦乱の世を惹き起す火種程度やり遂げるだろう!我々は止まらない!」


 両手を神に捧げる如く天に伸ばした敵の隊長が法悦の笑みを浮かべる。心の底から溢れた喜びに震え、理想郷な夢のように、うっとりした目で空一面に煌めく星々を眺める。――かと思いきや、指示棒をリーバスへ向け指示を出す。


「蛙共、産み出した魔物を全てあの輩にぶつけろ。全て!」


 魔道具に意識を縛られた魔物産みの蛙が三匹、一斉にリーバスの方を振り向けば、地面に顎が付くほど大きく開いた暗闇の口から産まれた魔物がどんどん外に押し出されて方針した虚ろな目のまま彼へ獣声をあげて襲い掛かる。足元から立ち上がる埃は煙幕のように舞って一直線に地面を蹴る魔物を正面に迎え撃つリーバスは既に限界が近い。しかし、表面上に一切見せず血を沸き立たせ、止まらない気炎を奮い起こす。


「俺の全身全霊を捧げてお前等を退治する!生徒達に傷一つ負わせない!」


 軽く膝を曲げたリーバス、全方角より何が起きても反応できる体勢を取った。待ってましたとばかりに、太腿の筋肉に血液が集まるのが神眼に映った。


「俺達もリーバスの続くぞ!オチオチ体力を回復するのは俺のプライドが許さん!」

「続け~!続け~!誰よりも多く魔物を蹴散らすぞ!」

「微力ながら私達も支援魔法を皆さんに掛けます!ご武運を、どうか生徒達をお願いします!」


 自らの限界を超えたリーバスが魅せつけた戦意に勇気が湧き、闘志を燃やす他の冒険者達がリーダーを助けんと後方より駆け走る。彼等の気迫に魔力が底を突いて立つのもやっとな学園教師陣が最後の魔力を絞って肉体強化の支援魔法を唱えた。


「ガッハッハコレだぜコレ!戦いはこうであるべきだぜ!貴様も思わないか…ショウ。あ~もう少しで興が醒める頃だったぜぇあんの指揮官野郎ッ、お前らを全員殺したらアイツも殺すか」


 熱気に当てられたゾアバックは大層楽しそうに会心の笑顔を浮かべる。薬を使用して種族が魔族側に傾いた副作用か、激情に捉えられ気持ちが高ぶっている。


「そうだな」


 短く答えた俺だが内心別の事を考えていた。


「(残り一分)」


 長きにわたって続いたこの戦いも後一分で片が付く。実力を常識まで低く制限し、結社に可能な限り此方の情報を与えないで戦いを終らす方法。


「もっともっと上げて行くぜェショウ!全反射オールカウンター五重マクシマム‼」


 姿が消えると、轟音と共に発生した衝撃波が風を巻いて土砂を巻き上げながら拳が眼前に迫ってきてた。避けずワザと剣と拳をぶつけた反射の威力を利用、猛スピードで回転する体を完全制御、見た呉はまるでベーゴマ。左つま先を地面に突き刺す事で急ブレーキ、急所を狙った二発目の右拳は捻じった胴体を通り過ぎる。フワリと靡いたマントは攻撃に纏った衝撃波に当たり、根元より千切れた。ボロ雑巾になった生地が彼方へ飛ばされた。


 腕を伸ばした状態から間を置かず、丸太のような左脚によるローキックで足を払い俺を転倒させようとする。蹴り技が届く寸前その場を跳躍することで回避、飛び上がることで彼との身長差が一転する。開いた左手の位置とゾアバックの顔が重なった瞬間、掌に圧縮させた風球ウィンドボールが炸裂、威力が皆無だが二人の距離を離した。ダメージ0のゾアバックがそのまま突進しようと一歩前へ足を進めれば事前に設置した罠魔法が発動、螺旋状の火柱を上げる。


「効かん!」


 昇った火柱の中から焦げ一つ無く出てきたゾアバックは何を思ったのか発動した火柱を鷲摑めば地面に張り巡らした魔方陣事持ち上げて俺に投げた。


「魔封剣」


 真向斬りで飛んでくる魔法を切り裂けば細かい粒になった魔力の残留は空気と同化して目に映らなくなる。


『――5秒』


 すると、脳内にナビリスのカウントダウン始まった。これが正真正銘最後の攻撃。


「っふ」

『――4秒』

「ッ⁉」


 ここに来て驚きの表情を見せたゾアバック、それもその筈。今まで決して離さなかったミスリルソードを彼目掛けて放り投げたから。


『三秒』

「血迷ったかショウ!」


 反射が付与された背手に命中した剣は遠くに弾き飛ばされ森の中へ消えてった。


『――二秒』


 剣が手から離れたと同時に地面を蹴って急進した俺はゾアバックの懐まで潜り込んでいた。握った拳が土を掠る寸前まで低く落とした膝を伸ばし、肘を曲げたまま下から突き上げるアッパーカットを打つ。拳が迫る終盤、反射の能力に信頼を置くゾアバックの表情が勝利を確信した笑顔を浮かべていた。


『――一秒』

 …仙術スキル『五頭龍』発動。


「ッガアァ⁉」


 彼が宿した反射の能力は鑑みるに外から触られた衝撃を無効化、変換する。要するに外から触れる物理現象がダメなら内から貰う衝撃は正常な反射は行われず、従来通りダメージが通る。


 その結果…。


「な、ナニガ起こっタ!」


 打ち込まれた仙術によるアッパーは反射をすり抜いて、骨を砕き、体内に計五発の衝撃波が送り込まれた。宙に打ち上げられたゾアバックの口から血を一気に吐き出す。


『――ゼロ』


 そして…彼が浮かんだ位置は丁度ナビリスが指定した座標ピッタリ。


 王都方面から飛来した青白く輝く細い流れ星は落下地点にこの世で唯一無二の座標点に存在するゾアバックの外皮を貫き、心臓を破裂させた。

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