俺の祖父は創造神 ~管理する世界でのんびり過ごす現人神~

名無しの戦士

第一章

プロローグ、それは終幕

『神』


 それは人の姿を借りながらも、人を超越した存在。古来より人間は、人智を超える神仏を崇め、言葉を記した聖典や書物を通じて卑しい人々に教えを説いてきた。


 だが、『神』は決して人間の前に姿を現さない。特定の人種を贔屓したり、加護を与えたりすることもない。争いや災害で絶望に打ちひしがれ、天に救いを求める手を伸ばす者たちがいても、『神』たる存在はその手を握り返すことは決してなかった。なぜなら、人間とは最も愚かで哀れな嫉妬深い種族だから。たとえ天変地異で大勢の人が餓死しようが、世界大戦が勃発して大陸や文明が滅びようと、『神』はただ天から真実を見届ける存在。異なる次元から下界を見下ろす、冷徹な観察者にすぎない。


――おや?


 今、新たに生命の鼓動が宿った。『神』となり得る可能性を秘めた器。


 何十万年ぶりかしら。うふふ…楽しみね。


...

..


「す…好きです!付き合って下さい!」


 突然の告白シーンで申し訳ないが、その前に自己紹介をさせてくれ。


 俺の名前は鈴木 翔。都内に住まう四文字高等学校3年生で、ぴちぴちの18歳だ。名誉なことに今、1つ下の学年で学校一の美少女と名高い佐藤風香さんから告白されている。


 普通の男子高校生なら0,5秒で「OK」と答えるだろう。照れ隠しなんて必要ない。同じ男として、その気持ちは分かる。


 だが、普通とは少し違う生活を送る俺は、今月に入ってすでに3人の素敵な女性からの告白を断ってきた。…みんなめっちゃ美人で性格も良いから、毎回断るたびに心が締め付けられる。


 ん?じゃあなぜ断るのかって?ちゃんと理由はあるんだよ…。


「ごめん、風香さん…俺には婚約者がいるんだ」


 そう。俺には既に将来を約束した婚約者がいる。それも、人気アイドルが一緒に写真を撮るのも嫌がって裸足で逃げ出すほどの超絶美女だ!!ふぅ…すまんすまん、少し熱くなってしまった。まぁ、それだけ彼女を慈愛しているってことだ。


「うっ…も、もちろん知ってます。それでも。私と付き合って下さい!都合のいい愛人でも構いません!二番目でも平気ですから!」


「ちょ!?ちょっと落ち着いて、風香さん。友達になるのは全然いいけど…さすがに愛人は彼女にちょん切られるから遠慮するよ。それに、風香さんみたいな素敵な子がそんな大声で『愛人』なんて言ったら危ないって」


 思わず苦笑が漏れる。もちろん、何をちょん切られるか、言わないでおこう。俺との秘密だ。


「(はぁ…疲れた。やっぱり告白を断るのは辛い。相手の勇気を踏み潰す気分だ、自分が鬼畜野郎に思えてくる)」


「おーい、翔!ってどうした?気分でも悪いのか?」


 告白の場面から教室に戻り、机に座って頬杖をつきながらぼんやりと窓の外の青空を眺めていると、クラスで数少ない男友達、大阪海斗が声をかけてきた。


「ん?あ、あぁ、ついさっき、告白された」


「あ~またかよ!相変わらずモッテモテだな、お前!たまにはその恋愛運を俺に分けてくれても罰は当たらないんじゃないか?」


「はははは」と笑い出す海斗。俺からしたら全く笑い事じゃない。全くのんきな悪友だ。でも、学校中の男子生徒から嫌われてる俺にとって、彼は非常にありがたい心の友だと胸を張って言える。


「それで~今回は誰から告白されたんだ?」


 いきなりニヤニヤしながら聞いてきた。この野郎、面白がって…。


「佐藤風香さん」


 その名前を聞いた瞬間、ニヤニヤ顔が一転して真剣な表情に。普段からその顔を見せれば、告白の一つや二つ、海斗なら貰えるだろうに。彼は俗に言う「残念イケメン」ってやつだ。


「あちゃー、またファンクラブのブラックリスト入り決定だな!ブラックリストだけで殿堂入りするんじゃないか?いつか呪われるぞ、お前」


 真剣な顔から再び笑い出した。いや、冗談抜きで呪われそう。すでに呪われている可能性もゼロじゃないし…。一度真面目に除霊を受けるか検討しておこう、うん。


 その後もバカ話を続けていると、授業開始の予鈴が鳴り、会話を中断した海斗は自分の席に戻っていった。


 授業が終わり、放課後。靴箱で外靴に履き替えた俺と海斗は、会話の続きを話しながら校門へ歩いていた。


 すると、海斗が何かに気づき、ある方向を指さす。指先は校門の先を示していた。


「おい、お前の彼女、ナンパされてるぞ!」


 彼の言葉に耳にした俺は咄嗟に指差した先を見ると、そこには天使、いや、女神がいた。


 純金をそのまま溶かしたような黄糸に輝く腰まで届くふんわりとウェーブが掛かった長い金髪に、海を凝縮したような青い瞳。

 すらっとした手足はミルク色の肌だ。白いブレザーにスカート、フリルのついたブラウスにリボンタイ――一目でそのお値段が分かる某有名お嬢様学園の制服を着ている。胸元は制服の上からも判るたわわなお胸様お持ちで。文武両道、品行方正、まさにその言葉が相応しいい女性。


 そんな女神のような女性の名は橘アシュリー飛鳥。小さい頃から交際する俺の婚約者であり、心から愛する存在だ。


「おい!彼女助けなくていいのかよ⁉」


 黙っている俺に焦った海斗が肩を掴んで激しく揺さぶってくる。あぁ、いつ見ても飛鳥は美しい。彼女をナンパした男は数知れず、一人で買い物に行けば、スカウトマンから貰った名刺でカードバトルのデッキが組めるほどだ。でも、心配など一切していない。心底信頼している彼女の答えなんて既に分かり切っているから。


「おい!翔!早くたすけ――」


「くさっ!あんた、ちゃんと毎日風呂入ってる?スカンクの屁みたいな臭いがするわよ」


「――ないと…あれぇ?…翔、お前の彼女、毒舌だったのか。つか、スカンクの屁ってどんな臭いだよ、知らねえよ」


 海斗が結構引いてた。ちなみに、スカンクの屁はとんでもなく臭い。数キロ先離れたていても強烈に感じるほどだ。昔、自然に囲まれた別荘地で飛鳥とのラブラブ空間を楽しんでいた時、風に乗った臭いに二人で鼻を塞ぎ、逃げる羽目になった事もある。


「仕方ないよ。何百何千回と同じ言葉でナンパされてきたんだ、うざくもなるさ」


 海斗と校門で別れ、、飛鳥と並んで通うジムに向かう途中、昼休みの告白について聞かれた。海斗にしか話していない出来事をどうして知ってるのかは謎だ。彼女独自の情報網でも持ってるのか? 怖いから調べないけど。


「ねぇ、翔。今日も学校で人気の女の子を振ったんでしょ? 取り巻きとか大丈夫?理不尽な理由で暴力でも振るわれたら、私…」


 手を強く握り締めながら俺の事を心配してくれる。あぁ、相変わらず優しいな。可愛い。可愛すぎる!公衆の場だけど、今すぐギュっと抱きしめたい。


「大丈夫だよ!ちゃんと備えて体を鍛えてるから」


 そう言って、鍛え抜かれた腕で力こぶを作ってみせる。固く締まった筋肉に一瞬目を奪われた飛鳥の目が泳ぐ。ふふん、これが継続の成果だ。


「ふふ、なにそれ」


 笑いを堪えきれず、手で口元を隠す飛鳥。お嬢様らしい上品な仕草。でも…長年辛い筋トレを続けてこられた本当の理由は、君を守るためなんだ。





「おーい!飛鳥っちー!こっちだよーっ!」


 ジムで汗を流した帰り道、店を冷やかしながら先日観た映画の話をしていると、突然彼女の名前が聞こえてきた。驚きつつ声の方向を振り返ると、10メートル先に両手をブンブンと振って小飛びする可愛らしい制服姿の女の子がいた。もちろん、微かに揺れる胸やチラリと見える健康そうな太ももには目を向けていない!信じてくれ、飛鳥!冷たい眼差しで僕を見つめないで。


「友達?」


 とりあえず横で苦笑してる飛鳥に聞いてみた。


「うん。同じクラスの七月さん。席が隣でよく話してたら、いつの間にか友達になったの」


 驚くことに、七月さんも飛鳥と同じ名門お嬢様学園の生徒だった。確かに同じ制服だ。愛嬌のある見た目からは想像しにくいけど、世の中は広い。


「ふーん。この人が飛鳥っちの婚約者ねー。へー」


 さっきまで飛鳥とキャッキャ話していたのに、急に俺をジロジロ観察し始めた。何だこの子。顔にクレープでもついてるのか?


「うーん…うん!君、カッコいいね、性格も良さそうだし。うん、合格!花丸あげるよ!」


 何だか知らないけど合格したらしい。姑かよ。


 通学路が途中まで一緒ということで、3人で帰ることに。楽しそうに七月さんと話す飛鳥の美しい横顔をチラリと見ながら思う。


 ――あぁ、俺は彼女にプロポーズして本当に良かった。


・・・

・・


 飛鳥と初めて出会ったのは幼稚園の頃。彼女は友達がいなくて、いつも一人だった。金髪に青い瞳、肌の色が周りと違うという些細な理由で。遊具のそばでポツンと屈んでいた彼女を見た瞬間、全身に電撃が走り、恋に落ちた。一目惚れだ。その時、勇気を振り絞って遊びに誘ったことを今でも誇りに思う。


 彼女の家に初めて遊びに行った時は驚きの連続だった。豪邸に使用人までいるなんて、ドラマの世界だと思った。後で知ったが、彼女の祖父は誰もが知る大手企業の会長で、父親は社長。ちなみに俺の父もその会社で働いている。世の中、意外と狭い。


 小学校では一緒にいるのが当たり前になり、勉強も互いに教え合った。飛鳥曰く、当時はただの友達だと思っていたが、2年生の秋、俺が他の女の子と話しているのを見て、なぜか胸が苦しくなったらしい。母親に相談すると「それが恋だよ」と言われ、それ以来俺を好きになったとか。お義母さんグッジョブ、ナイスアシスト!


 小学3年の時、飛鳥の家の書斎で興味本位に本を探していたら、人生を変える一冊を見つけた。雑に置かれたその本に何故か惹かれ、表紙を見た瞬間、衝撃が走った瞬間を今でも覚えている。


『紳士になる方法』


 当時は意味が分からなかったが、「紳士」という言葉に惹かれ、夜遅くまで読みふけった。それ以来、本に書かれた通りに彼女を褒め、猛アタック。小5の時、彼女と両親の前で大胆にプロポーズした。お小遣いを貯めて贈ったチェーン付きの指輪を、彼女は今でも首にかけている。段取りをすっ飛ばしたと今は思うが、当時は気にならなかった。


 下世話だが、中2で世間的には早い初体験も済ませた。


・・・

・・


「きゃーああああぁ!!」


 タピオカ店の話をしながら歩いていた俺たち3人の耳に、突然叫び声が飛び込んできた。七月さんの声とは比べ物にならないほど鋭い。声の方向を振り返ると、腰を抜かして座り込む女性と、うつ伏せに倒れた男性。そして、不気味に笑う男がいた。その右手には血まみれのナイフ。


「え…あ、あの男、今朝のニュースで見た…」


 七月さんが状況を把握したのか、数歩無意識に下がってしまい、腰が抜けたのかペタンと地面に座ってしまう。そういえば、母が最近話題の無差別殺傷事件について話していたのを思い出した。


 ふと男の顔を見ると、向こうもこっちを見ていた。正確には、呆然と立つ飛鳥を獣のような目で睨んでいた。


「(くそっ!こっちに狙いを定めたかっ!)」


 飛鳥を狙ったと瞬時に悟り、彼女を庇おうと前に出ようとしたが、すでに男は血走った目でナイフを振りかぶっていた。


「(間に合えっ!!)」


 飛鳥に向かって振り下ろされたナイフは、右脇に挟んでいた学生鞄で辛うじて防がれた。分厚い辞書入りの鞄に刺さったのが意外だったのか、男が動きを止める。その隙を逃さず、左手掌でナイフを弾き飛ばし、ナイフが刺さったままの鞄を地面に叩きつける。両手がフリーになった所で、勢いをつけた右フックを男の左顎下に狙った瞬間、隠し持っていた男の左手から鋭い包丁が突き出された。後で分かったが、殺人犯は両手に武器を持ち、足にも3本隠していた。


「(っち!そっちにも武器が!間に合え――ッツ!)」


 横腹にチクリと痛みが走ったが、アドレナリンが分泌されて気にならない。地面を踏みしめ、腰をひねり、全力の右フックを顎下に叩き込む。もろに食らった男は1メートルは吹き飛び、地面に倒れた瞬間、周囲のスーツ姿の大人たちが大の字で倒れる男を押さえつけた。


「(はぁ…はぁ…危なかった。護身術習っておいて良かった…って、あれ?足に力が入らない?)」


 緊張が解けたのか、その場で両足のバランスを崩し仰向けに倒れる。目の前には雲一つ無い染めた青空が覗く。俺に気づいた飛鳥が珍しく声を張り上げ、駆け寄ってくる。近寄る彼女の瞳から涙が流れている。腰が抜けていた七月さんも泣きながら「救急車!誰か!早く!」と喉が崩壊しそうな大声で叫んでいる。そんな大袈裟だなぁ、大丈夫なのに…と心で呟く。


「翔っ、翔!死なないで!お願い死なないで!」


――何だよ、バカなこと言って。只の緊張で力が抜けただけだよ。


 冗談で笑わせようとしたが、横腹に鋭い痛みが走り、口から生温かい液体が流れて上手く話せない。言葉が出てこない。


「(っ! 痛っ! え…俺、刺された?)」


 力を振り絞って顔を上げ、自分の横腹を見る。それが今の限界そこには銀色に輝く包丁が深く刺さり、その傷口から止まらず出てくる赤い液体がシャツを染めていた。


「翔!死なないで!死なないでよ!貴方がいないと私…私…いやぁ…お願い…死なないで」


 飛鳥が俺の頭を膝に抱え、結構な値段がする白い制服に血が付こうが全くお構いなしに泣きながら彼女が所持するハンカチで傷を押さえる。


「(…ごめん、飛鳥。君を泣かせないよう紳士でいようとしたのに、結局泣かせちまった。自分が情けない)」


 終わりが近いことを感じながら、激痛で痛む腹筋に力を込めてゆっくりと丁寧に口を開いて言葉を話す。掠れても出来るだけ愛する者の耳に届くように。


「あ、あ…すか…ごめ…ん、せ…いふく…血…で汚れ、て」


 痛みで上手く喋れない。唇かカラカラに渇く、するとだんだん痛みが引いてきた…。死が近づいてくると本能で分かった。体温も低下してきた、呼吸も苦しい。目に映る飛鳥の姿がぼんやりとしてきた。ああ、最後まで彼女の美しい姿を焼き付けたいのは我儘だろうか。これぐらい許してくれ、もう一秒だけ…もう一秒。


「何も話さないで! 小さい頃、約束したよね! 私たち結婚するんでしょ! ずっと一緒に生きていくんでしょ! だから…お願い、死なないで。なんで血が止まらないの! 止まって…止まって!!」


 飛鳥が傷を抑え続けているが、血は一向に止まらない。既に痛みは感じない。でも、少し、寒い…。彼女の温もりが…恋しい。


「あす、か…いも、うと、とリ…リー、の面…ど、う…を見てく…れ。少しだ、け…寝る」


「(あぁ、寒いけど段々眠くなってきた。瞼が段々閉じてくる。…飛鳥、飛鳥。ゴメン。君を置いてく不甲斐ない俺を許してくれ)」


 ゆっくりと瞼が閉じられる。長い睫毛が一つに重なる。


「いやああぁ!翔ぅ、お願い寝ないで!死んじゃ嫌ぁ…私を一人にしないで翔…生きてよぉ」


 遂に瞼は完全に閉じた、もう開かない、声も段々遠くなっていき彼女の泣きじゃくる声だけ未だ聞こえる。まだ、死ねない。後一言、もう一言だけ。これだけは伝えなきゃ…伝えなければ。


「あ…すか。愛してる」


 心臓の鼓動が止まっても、傷口から溢れる赤い血が彼のシャツを染め続けていた。


 翔を良く知る者は彼の訃報に泣く者、床に崩れ落ちる者が大勢いた。



『2025年02/25 修正』

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