第127話 秘密結社 対 ショウ その2
転がる姿勢から膝を地面に突くと再度魔法を放ってきたガディ・ノーバスへ視線を向ける。獣のように丸めた背中だが力強く両足で立つ姿は老いを見せない、それより彼の頭上に浮かんだ魔方陣より生成された紫色に輝く竜爪のような風の刃に探りを入れる。一瞬目線を俺が元居た場所へ移すと地表ごとえぐられ、魔法の威力で凹んでいる。それに良く目を通せば泡粒が発砲して地面を舐めるように広がり雑草や土が溶け始めた。まさか…硫酸か。
インデックスにも登載していない魔法のカテゴリー、ガディ自身が生み出したオリジナル魔法。血へどを吐くほど努力したのだろう、例えそれが禁術魔法属性に指定される一類だとしても。
異世界より召喚された初代勇者は遠い未来、星を汚染する可能性を出来る限り未然に防ごうと尽力した。その一つが同じパーティーだった賢者とその時代に優秀な魔法研究者が取り組み、現存する魔法のライブラリー作成、インデックス(魔法目録)のシステム構築化、そして禁術魔法書を作り上げた。これらを全土に広める事で一般的な魔法が標準となり、ABC兵器の発明を徹底的に禁止した。例外は毒魔法のみ、それも大地に影響しない程。
「…Ri(ライ)…soki(ソキ)」
不気味な白い杖を翳し合図を口にすると八つの内、二本の竜爪が大気を切り裂いて飛んで来た。速度を大雑把に判断して200㎞は超えている。安易に己の剣で対峙すれば武器が硫酸によって溶かされてしまう、空から垂直に落下してくる影の槍を躱しつつ、魔力で下肢を強化した俺は風と共に地を奔り、飛翔する魔法を抜き去る。
未だ扇状に広げて魔法を撃ち続ける黒ずくめの一人に狙いを定め間合いを詰めるべく踏み込む。剣身を肩口に構えて相手との距離を詰める。
「やらせない」
その時、影から地表に姿を見せたもう片方が死角から襲ってくる。相手から見れば完全に背後を取った形になるが俺は視線を真っすぐに固定したまま、密かに発動させた水魔法で生成した氷を左手から解放する。解き放たれた氷片は周囲の大気を吸収しその形を鋭く尖らせた棘に伸びた。
「ッツ!?」
魔法を目視した黒ずくめは瞬時に攻撃を躱そうと後ろへ飛ぶが、間に合わず尖った細氷が彼の左肩を貫く。氷を粉末にしたような霜と鮮血が共に噴き出す。敵へ低い姿勢で突っ込んだ勢いそのままに、両足を地面から離せばクルリと舞う。首をはらう横薙ぎの一閃――距離が足りなかったのか首の薄皮一枚のみ斬ったようで切先に血が付着している。
「…Ru(ル)」
あと少しで術者へ届く間合いまで近づいたのだが、高速で飛翔してくる竜爪の妨害が鬱陶しい軌道を変える羽目になった。神の身、実際は理を溶かす硫酸魔法が直撃しても無傷なのだが、一つだけ俺が危惧している事がある。
もし先の蹂躙戦を見られていれば今、組織の人間が最優先に欲しているのは俺に関する情報。そんな結社の人間がこの場の三人だけとは限らない、村へ入る前魔力探知で村全体に探りを入れてみたが引っ掛かったのは対峙する三人のみ。
もしもの可能性も懸念させる例えば祖父が残した神からさえ存在を遮れる神具の存在。もし、何処かで俺達の戦いをうかがう者が居れば絶対に人を超越した力を結社に知られるのは防ぎたい。つまり、人間の真似を取りながら奴らを打ち倒さなければならない。精々使用できるのは二属性の魔法に剣術だけ。…ならば。
「火の魔力よ、我を守護せし炎壁を顕現せよ、ファイアウォール」
視界を奪う炎の障壁をガディ・ノーバスの目先に作り出す、これで的確な位置に魔法を放てない。
「達人並みの剣術に魔法発動速度は金級を超えている…、憎い、貴様の才能がニクイ!今、此処でッ、儂が貴様の蕾を握り潰す!…Aro(アロ)…Ra(ロア)…Pta(ピタ)…Ol(オル)」
燃え上がる火壁の向こう側から怒りに駆られたガディが枯れた古鈴の声で続けさまに四連撃の魔法を詠唱した。彼は俺の姿が確認出来ない筈だが火壁の左右から真横に放たれた魔法はやがて垂直に放物線を描き、確実に俺へ吸い込まれるように計算されて射出された。
あれらを人間のレベルに合わせて回避するのは骨が折れる、ついでに影の槍が未だに降り続いている。魔法の高さは…この位か、ならばこれで…。
地面すら舐めることが出来る程体を前に倒して地面スレスレまで傾ければ左右から高速飛翔してくる魔法が頭上ギリギリを交差して遠方へ消えていった。体勢を変えず膝を弓のように曲げて影魔法の術者へ突っ込む、狙いは起動している魔法そのもの。
もう一人が防止しようと飛び込んでくるが――遅い、射程内に捉えた。
――魔封剣。
光波の煌き放つ剣を土を抉るように大下段から直上へ振り上げた。点と点を繋げる魔力の線に傷を負えば魔法が不良を起こし、提供される魔力が大気へと流れて無駄に消費される。
「ッチ!気を付けろ弟!此奴、魔法殺しが使える!」
やむを得ず魔法を停止した兄の方がその場から飛び跳ね片方へ告げる。熱心に俺を追っていた弟も地面に着地すると丁度二人組が横に並んだ、その隙を逃さない。
「無茶苦茶な奴!王国にはあんな奴等がゴロゴロ居るのか!?」
二人が何やら会話を交わしている、千載一遇のチャンス。火のエンチャントを施したロングソードを構え、紅蓮の灯に染めた剣身にうねりを伴って袈裟懸けに振り下ろす。
――幻日斬。
鋭くも清澄な風斬り音が、大気を切り裂く銀閃と共に燃え盛る斬撃が一直線にして放たれる。
「「ッツ!」」
悪魔の舌のような焔に危機感を持った二人組が取った行動は地面の影に潜る事では無く宙を蹴って大きく回避した。…もう彼等に逃げ場は存在しない。
――無閃
火から風のエンチャントに切り替え、虚空を一閃させる。迸った不可視の斬撃は二人が身に着けた漆黒のコートが斬り刻む様に何条も走っていた。一人は首が既に無く即死、片方はギリギリ生き残ったが両手と右足は切断され、腹部からクッパリと切り裂かれた斬口から大量の出血が地面を染める。もはや助かるまい。
「ッガア…!ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!ガ、『影槍』…!」
最後の気力を絞り切りった兄が腕を伸ばし切断口から黒き槍が伸びてくる。俺の眼球を貫かんとする魔法は完全に見切られ、ほんの僅かだけ届かなかった。
二人の生命の鼓動は停まった。後は…。
剣を抜刀したまま、視線を燃え盛る真っ赤に広がった火の壁から一つの人影へと向けた。
ローブに身を纏い、白い杖を手に持った老人。
「貴様…よくも儂の手下をやってくれたな、逃がさんぞ…逃がさんぞ!『狂風の勾玉よ――』」
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