第126話 秘密結社 対 ショウ

 崩れた柵、燃えた後の家、村道に散らばる様々な生活品、そしてどす黒く渇いた血と臓器の海となっている村道だった物。村を崩壊させた魔物が生き物を齧り付いた痕跡が残る食い散らかされた五日前まで生き物だった肉塊がそこかしこに散乱している。牛、豚、鶏、猫、馬、そして人。お構いなしにだ。そのんな村中でただ一つ崩れていない長が元々住んでいたであろう家で俺を待ち構えていた黒幕が名乗った。


 秘密結社『福音黒十盟団』、組織の一員らしきガディ・ノーバスはそう告げた。結社『福音黒十盟団』の名はエレニールから貰った手紙曰く第一級テロ組織。書かれていた内容では組織名、ラーヘム魔導国を中心に暗躍する組織。隠蔽を徹底的にしており彼等が拠点とする本拠地は勿論の事、組織に属した人数すら詳しく分かっていない。定かではないが中央大陸全土に支部が存在するとか。他にも数年前、王都で騒動を起こした組織を壊滅する為、第二王子バルカン・エル・フォン・ランキャスターが指揮を取り騎士団と冒険者が手を組み、王都に存在する各ロッジを一斉襲撃を行ったらしい。まぁ、それよりも今の状況に集中しよう。


「さて、そろそろ次の段階に進まなければならんのぉ…同志達よ。殺れ」


『ッは』


 命を下したガディの言葉に応じた黒ずくめの二人組が懐から抜いた短剣を持てば、一人がその場に留まり、一人は地面に作った影へ溶けるように吸い込まれて姿を消す。


 …一、二、三秒。後ろで空気の流れが揺らぎ、首筋にちりっとしたものを感じた。収めた鞘から剣を抜きつつ背後からの奇襲より先に先手を撃つ。足元から伸びた物影に『影渡り』してきた結社の手下が姿を出てくると同時に一太刀で終わらせようと、稲妻の速度で剣を振る。しかし、斬ったのは、何も存在しない虚空。当たる直前で躱した様で肉を断ち切る事は無く、千切れた黒染めの布切れが剣先に被さった状態で揺らいでいる。血は付着していない。


 再び『影渡り』で姿を消した結社の一員を探せば三メートル離れた場所に不自然な形を模した影が地面に写っていた。


「火の魔力を汝の敵に――」


 空いた左手を影の方へ向けて魔法を詠唱すれば微かに聞こえた雑草が擦れる音。かかった、と内心呟き背中に魔力を集めた魔障壁を展開すると「ガツン」壁にコンクリートを叩き付ける音が耳に入る。身体は地面に写った影へ向けたまま、顔だけ振り向くとガディ・ノーバスの背後で跪いたもう一人の黒ずくめが攻撃した格好で固まっていた。体を右方向へと更に軽く捻りながら右足を振り上げて、右足の裏で相手の腹部へ後ろ蹴りを入れるが相手の武器に阻まれる。だが、威力までは防ぎ止められなかったらしく、くぐもった声が深く被ったフードから漏れた。わざと地面を蹴って後ろへ飛び上がる組織の一員は俺との距離を置いて降りる。


 俺が一瞬目を離したせいか、影の中で隠れていたもう一人も姿を見せて隣へ下がっていた。


「強いな、隙が見当たらない…」

「これが強国ランキャスターA級の力量。今までとは段違いの実力者、気を張れ兄弟」

「了解した兄者」


 距離を離した二人が小声でコソコソ話し始めた。耳に魔力を集めれば丸聞こえだが彼等は気にも留めないで話を続ける。どうやら二人は兄弟らしい。会話を続けてる合間、黒ずくめが右手に握る武器を見た瞬間俺は目を細める。


「(双刃剣ダブルセイバーか、珍しいな)」


 柄の両端から別方向に向かって刃を一直線に伸ばしたとても扱いにくい代物。最低限剣2本分の重さが有り、俊敏性を高めれば2手分以上の手数が稼げる。片方の刃を引き、もう片方の刃を振るう為、連撃と薙ぎ中心の使い手が殆ど。合体式の物であれば分割して一般の片手剣に戻し、二刀流等他の手を取り易い。


 しかし、筋力や高い技量力が無ければ宝の持ち腐れ。建物など密集した障害物が多い場所では利点は発揮されない欠点を抱えている。


「あれでいくぞ」

「ああ、何時でもいいよ兄者!」

「『影串斬』!」


 何時の間にか話し終わっていた黒ずくめ兄弟の一人が技名を叫ぶ。足元の暗い影が扇形に拡がると中から槍のように長く尖らせた物質が空へ向けて発射させた。タタタタタン、タタタタタンと一定のテンポを置いて吹き出す無数の黒い槍が弧を描いて俺が居る位置に落ちてくる。


 もう一人の黒ずくめはそんな大量に落下する攻撃を隙間をスイスイと潜り、流れる様な足取りで俺に近づいてくる。細く長く尖った影は押しつけられるような重たい音を鳴らして落下すれば発射元の影へと戻り再度、放射される。例えるなら魔力が尽きぬ限り無限に発射される弾道ミサイル。


 天より急降下してくる影魔法を際どく回避しながら剣風が吹き荒び、俺の首を刈り取ろうとする両刃にわざと己の武器をぶつける。振り切られた刃と刃が重なり合い、甲高い音に刃に火花が散った。双刃剣の欠点の一つに両方の刃に刃こぼれしてしまうと容量が悪くなり、場合によっては死角を生み易くなってしまう。


「…戦い慣れているなっ」


 しようとしてる狙いを早々に気付いた黒ずくめは両者との間に影魔法の一つである霧カーテンを出現させ視界を遮るが俺はお構いなしに地面を蹴って前に出る。距離を取らせない。


「思考を捨てるか!?」


 普通いきなり目先に魔法を発動させれば罠と思って足を止める、と算段したんだろう。しかし、俺には通用しない。


 一瞬のスキを見せた黒ずくめを真っ二つにせんと垂直に振り切られた刃は腹部目掛けて吸い込まれる。


「……Fa(ファ)」


 敵を斬り分けんとしたギリギリまで剣が近づいた瞬間、小さく、掠れた声が一筋の風のように響いてくる。即座に攻撃を中断して双脚をバネのように伸ばして低く横へ飛び跳ねる。


 一定の時間を置いて俺が居た位置に何かが飛翔して小さな爆発が起きた。地面に転がりながら攻撃が飛んできた方角へ視線を向ければ、そこに気色悪い杖を前に出したガディ・ノーバスの姿と彼の頭上に浮かんだ薄い紫色に輝く八つの竜爪のような風の刃が回転していた。

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