第140話 大野外演習その6

学園による野外演習が行われる目的の地まで魔導国ギルドが用意した馬車の旅、防壁の東門から潜り出て半刻という短い移動時間。ギルドより出発した俺等一行は当初誰も口を挟んだりしなかった。隣の座席に腰を据えたダリアは変らず彼女にか認識出来ない鳥達と楽しそうに会話が弾んでいたが、目をジッと閉じて無口なレンナ、ダリアを不気味がって関わりたくないと目を背けるC級一人にE級の男女一組み。出発直後の俺は目的地に着くまで休日の巡礼室ような静かさで車輪がきしんだ単調な音を耳を澄まして過ごすかと思えた。


しかし、そんな静まった空間を見事ぶち壊したのは他でもないギルドから派遣された御者役のまだ柔らかい口髭が、鼻の下に、生えかかつた位の青年。どうやら他国よりやって来る高位冒険者は珍しい存在らしく、外見だけ取れば然程変わらないと思った青年は好奇心旺盛に言葉に熱を込めて話し掛けてきた。

別に人付き合いが嫌じゃ無い俺も、御者を努める青年に自分が王国で経験してきた出来事を頭で言葉を作ってから答えていった。


「へぇ、国を一つ跨ぐだけでそんなに違いが有るんですね~。魔導国から出た事無い私じゃ想像もつかないなー。…っあ、でも此方でも良く噂を耳に入るラ・グランジに聳える『塔』は一回見てみたいですね――」

「――俺は何時か塔に挑んでみたいっす!今はE級のへっぽこでもレベルとスキルを上げて、気が合うパーティーと共に登るっす!」


二人の会話がラ・グランジで挑んだ神の試練に話題が移ると、馬車に同乗したE級の男、成人の年齢である15の時に冒険者登録して一年でE級まで上がった押せば青汁の出そうな、青臭い初心さを持ちかねた新人ルーキーが話の輪に入り込む機会を狙っていたような口の出し方で二人の会話に加わった。


若者が言うには、なんでも三国が保有する、雲を突くと称されるほどに巨大な白き摩天楼、通称「神の試練」は冒険者である以上一度は挑んでみたい夢の建築物らしい。幸運の持ち主なら塔から獲得した金銀財宝を売り払って生涯金に困らない生活が送れる、塔で出現する宝箱から現代魔道具技術でも解読出来ないマジックアイテムを見つけて自国へ献上品と捧げれば一代限りの騎士の爵位を預かる事も…。



現に肌身離さず持ち合わせている白銀に輝くA級の印でもあるギルドカード手に取り、ランクの傍に表示された51階もマークを見せると話の輪に入ってきた青年だけでは無く、これまで口を閉ざしていたC級で巌石のような男、E級サポーター係の女性も『おぉ』と感服の声を上げた。ついでにダリアの目も食いついた。


「俺が昇った塔は王国の一カ所のみで断言できない、だが塔挑戦条件であるD級に昇格し、攻守バランスが取れた四人パーティー編制を組めば10階層までは高リスク無しで登り切れる」


あわよくば青年が頂点に至る可能性を祈って…。彼が成し遂げなくとも青年の子孫や、縁ゆかりの人類の誰かが同じ志を内に秘めて天辺に達する悲願を心待ちにして…。


「D級っすかぁ…、この依頼を完了したらチョット本気で目指そうかな?…うん、為になる話を聞いたっす!最初同じ馬車に乗り込む時は思わず『ッゲ!』て気分だったすけど、全く俺の勘違いだったっす!」

「んまっC級の俺からしてもA級冒険者は皆、怪物って認識だからな余分に緊張を強いられる。幾ら周辺諸国より魔術が発達したとして、大国には…こう、表面に映らない怖さがあるって言うか、なぁ?」

「そうね~。貴方が言いたい事も何となく理解できるわ。学を持たない私達は国のお偉い様の政事とか一生分かりっこないし」

「あはは、一応ギルド役所で働く僕には耳が痛い話です。っお?…皆さんそろそろ準備して下さい。目的の森が見えてきましたよ」


主題がややこしく、物騒になる前に御者が話を見事に受け流して周囲の目が集まる話題を口に出した。

彼の予想通り、先程まで話していた締まらない空気を変えた。


程なくして土を固めた平らな本道から出た車輪は柔らかい芝生に吸い付く如く速度を低下させ、幾許もなく馬車が完全に停止した。


「ダリア、もう到着したらしい。良ければ荷物を持つ」


テキパキ各々の武器や鞄を背負った彼等が外へ出始めたので俺も腰を上げて、今まで盗み聞きしながら鳥と会話していたダリアに声掛ける。


「ッピッピチュン…。必要物資は私の魔法鞄マジックバッグに全て入れてるから平気だよ!」


と、言いながら彼女へ差に述べた手を取り…一緒に馬車から出た。目的の森入口付近に野面はそこそこ、外へ全身さらけ出せば、肌を刺すような空っ風が肩をすぼめる。他の面々は既に馬車から出ており荷車に詰め込まれた荷物を運び出している。


「ダリアは『神の試練』に挑んだことあるのか?」


脳内に好奇心が湧いた一つの問いを彼女にぶつけた。ずっと聞いてたダリアは何の事が分かっているのであろう、間も空けず即座に口を開いた。


「教――ピヨピッヨ!…コホン、知人から色々説明された時期があったよ。私は興味無いけど第五――ッピッピ!…っん、え~と力自慢の隣人は鼻の穴大きく広げて絶対完全攻略してやる!って粋がっていたよ!」

「そうか…」


教団の名を出そうとしたのは誤算か…それとも俺の反応を伺おうとしてわざと念じた小策。どちらにせよ、人ならざる現人神に入れ知恵は効かん。


一言のみ返答して手を握りしめる俺は顔の視線を目的地の森へ向ける。季節の変わり目がすぐ目前に来ているのか、落ち葉が箱庭のように美しい自然の絨毯を印象を受けた。そこには無数の裸の細い枝を天にむけったつきたてた雑木林が、陽光を背景に白々と骨を立てたような枯れ木が支配していた。


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