第141話 大野外演習その7

早速森へ入る前、手前に広がった野面を今回の野営地に決まったようで、各々の冒険者達は口から白い息を吐き出しながら自分の思うままに準備を始める。荷馬車から取り出した天幕を人手を借りて張る者、準備に余念が無いよう愛用武器に布切れで拭いて新品オイルを薄く塗る者、全体を纏めるリーバスと情報共有する緊張した目つきをした若人。そんな風景に視線を巡らす俺は、ダリアの協力の元、先日魔都商館で購入した野営用天幕を取扱説明書片手に組み立ていた。


「よし、最後にロープを結んで固定すれば完成、あとは風で飛ばされないことを自然の母に祈るのみ。ダリアも力を貸してくれて感謝する」

「うんん、お兄さんの力添えできて私も楽しかったよ!鳥さん達以外の誰かと協力して何か全うする機会なんて無かったから嬉しい思い出が一つ出来た!」


 器用にロープを結ぶダリアに感謝の言葉を掛ければ、喜びを頬に浮かべた彼女が鈴が響くような声で返事をした。


「喜んで貰えたら俺も本望だ。折角だ、此方の天幕張りもついでにやってしまおう。ダリアの物は魔法鞄マジックバッグの中か?」

「私は平気」


 天幕を購入した同店舗で高い金額を払い手に入れた最新弾力性マットを最後のピースとして内部に置けば露営する一夜城の完成。代わりと言っては何だが…その場で助力を申し出でる、しかしダリアは表情変えずに首を左右に振る。断りの意を示した彼女を強引に迫る事はせずただの興味範囲で尋ねようと――瞬間、先に再度口を開いたダリアから言葉が飛び出てきた。


「ピッピョ!――っあ、え、えっとゴメンお兄さん!突っ放した言い方だったけど、真意は違うの!要はテント持ってきてないから月光の下、私は野宿するから問題無いって意味なの!」


 A級の実力を保有している人族、とは言え流石に見た目十代の女性が一人冬の森で野宿させる訳にはいかない。


「流石に、黙って了承出来ないな。そんな事聞かされてハイそうですか、とお前を初冬の冷たい風へ放り出すのは紳士以前に、一人の人として間違っている」

「う、うんん…。ッチッチ!――うん鳥さんも納得顔してるよ。ならっ、お兄さんさえ良ければ夜は一緒の天幕で睡眠を取って良い?」

「……ふむ」


 流石にダリアの提案に即答は出来ない。二つ返事で承知すれば、俺が女体に拍車がかかる欲情猿に見えること間違いなし。恐らく今まで男から向けられた卑猥な視線を幻鳥等がシャットアウトしていたのであろう。頭の中で絞った考えが纏まる。

 口を真一文字にして考え込む俺の表情を不安そうに伺うダリアへ向けて一語一語確かめるようにゆっくりとした口調で話す。


「其方に何も問題が無ければ俺は構わない。ダリア一人で野宿させた結果、後々悔しく無念な心で一杯になる位なら天幕のスペース、半分をお前に渡すさ」

「…えへへ、お兄さんは私を少し甘やかしすぎだよ。…でも、嬉しい。…私はお兄さんが思ってる程良い人間じゃ無いのに。お兄さんを一緒に居ると胸の中に、あたたかい灯りが私の灰色の世界を照らしてくれる。不思議な感覚」


『薄氷の上を歩ているみたいで危なっかしい状況ね、彼女』

『ああ、ナビリスに同感だ。これまで人と接する機会など無いに等しい日々を過ごしてきたんだ。同僚仲間の結社連中にも心の殻を開かず、長の盟主さえ信用しているつもりではあるが、未だどこかに腹から信じ切れない印象を受けた』


 ずっと王都の屋敷から覗き見ており今の今まで沈黙を貫いていたナビリスから届いた念話にそう返答する。


『ショウが福音黒十字盟団の会議を盗視していた時ね。それで、将来的に彼女は貴方と敵対するのかしら?』

『本音は分からないがダリアには今まで仕事を与えてくれた結社に恩も有れば義も有る。もし盟主が襲撃の合図を送ったら最後、迷い無くぶつかるだろう』

『そうなったら彼女を殺すの?』

『最終的にはそうだな。…己の手で殺す。神と敵対する、とはそういう事だ』


 星を管理する神々は通常、人類の生活に興味が湧いてくるなんて無い。だが管轄する神を軽々しく扱う、軽蔑する言葉等発すれば忠告無しに神罰を下す。


 …話が余計な方向へ向かってしまった。


「……そうか。それより寝袋は持っているか?俺が右側を使用するからダリアは左側を使ってくれ」

「うん!…ポッポ~、お店で見つけた可愛い夜具を持参したんだー!見て見てっ可愛いでしょ!」


 腰に巻いたポーチ型の魔法鞄マジックバッグから取り出した携帯用に丸めた夜具を広げて気持ちよさそうに横になったダリア。ピンク色の花柄で刺繍された毛布は可愛い物に目が無い女性にとても人気そうな品。


「王都で待つ女衆が好きそうな柄だな、俺も土産に数品買っていくか」

「うんうん!ッチッチッチ――鳥さん拘りの毛布だよ~。演習が終わったら購入したお店案内してあげる!」

「それは頼もしい、なら是非お願いしよ――」

「皆ッ!一旦手を止めてコッチに集まってくれないか!」


 自分の話が終わる直前にリーバスの周囲に響き渡る大きな声が一筋の風のように耳に伝わってくる。


「――随分と話し込んでしまったな、俺達も出るか」

「うん…ッピッピッチッチチュン!っそう、鳥さんも一緒に出るよ、私の肩貸すから皆乗って!」


 二人して天幕から外へ出れば、雲間を洩れる日の光が周辺の野面に満遍なく降り注いで俺等の顔を眩しく照らす。オレンジ色した太陽光に当てられたダリアは眩しさの余り、顔を袖で覆い隠し反対側の手で此方の服を掴んだ。…可愛い奴。


『今、可愛い奴。何て思ったでしょ』


 脳内に流れるナビリスからの小言を知らんぷり。冒険者が集合するリーバスの元へ散歩でもするようなのんびりした足取りで歩を進めた。

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