第142話 大野外演習その8 

「皆ッ!一旦手を止めてコッチに集まってくれないか!」


 リーバスの号令に誘われるようにゾロゾロと彼の元へ冒険者が集まる。歩く傍ら自分の周囲に目を通す、確保した野営地へ他の依頼受理者と便乗してきた馬車の姿が見受けられない。同行した荷馬車も馬だけが居なくなっていた。空になった荷台が適当な場所に置かれている。

 そのことに関して、誰も四の五の言わない、なら俺も口を貝のように閉ざして沈黙を貫く。


「4人、2…ゼロ。よし全員集まったな、急に呼び出してスマン!見渡した所、夜を過ごす準備が出来たようで早速森に入る段取りを今決めようと思う!誰かっ、否定的指摘な発言が有ったら遠慮なく自分を主張してくれ!。方策はこうだ、学園より生徒らがやって来るのは二日後の昼頃。生徒が来る前に俺達は増殖した魔物の間引き係、特に生徒らが手に負えない高ランク魔物は対象見つけ次第全滅させる方針だ」


「森林地帯に出現する魔物の種類は把握しているのか?」


 名も知らないスキンヘッドの大男が手を天へ高く伸ばして質問すれば、問われたリーバスは「その通りだ」、と正面を見据えて大きく頷いた。


「ああギルドでも伝えたが、俺は学園が行う演習依頼を何度も参加、完遂してきた実績と場数がある。森に住み着く魔物の種類、特性も脳裏に焼き付いている。追加情報としてギルドから詳細な内容が書き著した冊子も見せて貰っている。ある程度の異常事態に陥っても、想像範囲内だと豪語しよう!」


 隣同士で視線がぶつかり合って、彼等も納得したらしいのかお互いに黙ってリーバスの言葉に耳を傾ける。


「演習が開始される二日後までに増殖しきった魔物の間引き、夜襲を仕掛けにくい立地の確保、罠の点検、食料の追加確保!他に細かい点もあるが…。大まかなところは概ね冒険者たる諸君等なら既に存じているだろう!生徒達と合流後、グループ毎に分かれて未成熟な若者を引率してほしい。勿論、一人で二、三十人も引率はしない。学園からも応援が来るので、そこは安心してほしい!」


 追加で大人の実力者が来ることが分かり、厚い石壁のような沈黙からほっとしたようにな太い息を漏らす多数の冒険者。確かにE級の冒険者、要約すれば半人前の者が大人数もの行動を監視など出来る筈がない。さすがに、その辺は考慮してくれたようだ。


「はぁ~。胸のつかえが下がった気がするよ。魔術学園に通う生徒達って殆どが貴族の血縁関係者でしょ!?高貴な血なんて流れない麦作農家を営む三男の僕が出来る事は生徒から身を隠してバレない程度にコソコソ護衛する位だよ!」


 馬車の中で興味津々に話しかけてきたE級の青年から怯えを感じさせる言葉が零れる。恐怖に満ちて蒼く強張った顔に血管が触れ上がり血の気の引いた唇が震えている。


「あ~、学園の講師も同行するのでそこの処気にしないでも良い。重要なのは生徒等に死傷者を出さない為に皆もしっかり働けよ!」


 そうリーバスが締めくくった。そして、何だか言い難そうな表情を此方とダリアに向ける。


「心苦しいが、ショウとダリア嬢の二人はA級の実力を見込んで一つ頼み事が…。二人でタッグを組んで森の奥地まで入って狂暴な大型魔物を討伐して欲しい。魔力が籠った果実や豊富な栄養を求めてきた野生の猛獣や高ランク魔物の撃破をお願いしたい、頼んでも良いか?」


「俺が別に構わない、元々リーバスの指示に従うと意を決めたのは此方だ。運が良ければ、夕食の足しになる食材でも見つけておこう」


「チュンチュンピーヨピー…、え?う、うん、引き受けるよB級の人、お兄さんと一緒なら是非私も行く!キュルッキュル――ち、違うよ鳥さん!そうなんじゃ無いの~もう!ヒーッポッポ…ね~私も楽しみ!頑張っちゃうぞ~、ッピヨピヨ」


「「「……」」」


「そ、そうか…二人共ありがとう、期待しているよ。非常事態が起きたら慌てずに僕に報告してくれ」


 普段より高頻度で見えない鳥と会話を交わすダリアの姿に、他の冒険者は彼女を得体のしれない怪訝な顔色を隠さない。

 その中、平然としているのは苦笑いを浮かべたリーバス。これまで沈黙を貫いているレンナ。


 それから必須情報を皆で共有した後、行動開始の号令を発したリーバスを続くように森全体に響き渡る叫喚を張り上げた冒険者連中が颯爽と各々愛武器の柄を握り、組んだグループと共に森へ入っていく。

 皆の背中が見えなくなる、此方も移動するか。


「そろそろ移動するか。地図の内容を頭に叩き込んだか?」


「うん!ッチッチ…、私じゃなくて鳥さんが覚えているから問題無しだよ!」


「…そうか、なら俺達も森に入ろう、ダリアの鳥が頼りだ。ピッタリ跡を追うから全速力で進むぞ」


「了解!っとその前に私も武器ちゃん取り出さないと…えへへ」


 照れくさそうに可愛らしく首をかしげては演技の匂いにない自然なはにかみ、すると腰に巻いた魔法ポーチに手を突っ込んで何かを取り出した。


「エッヘン!どうお兄さん、可愛いでしょう~!」


 眩しい程晴れ上がった朝の日差しに反射して、光を受けた刃が霧のような青白く煌めいた片手剣を薄雲に覆われた青空へ掲げるダリア。レイピアと呼ばれる刀剣の一種。先端の尖った細身の刀身を持つ、刺突用の細剣。

 俺も一時期使用していた事もあるが、ダリアの持つ得物は通常のレイピアより刃の厚さが更に薄く作られており、概ね刃渡りは80㎝前後。弧を描かれた護拳、材質に金と銀が使用された鍔には鳥が飛び回る芸術性の高い文様が施されている。紛れもなくダリア専用にオーダーメイドされた名品。

 何時の間にか反対の左手には魔導書を脇で挟むように持っている、魔法使いの杖では無いのか…。頭に被った花冠に込められた魔力と連携している。


「素晴らしい上物だな、王国でも余り目に触れない細剣だぞ」


「えへへ…お兄さんに褒められちゃった、――ッチュンチュン!あぁ!ゴメン鳥さん!私を置いていかないで~!」


 それだけ言ったダリアは見上げるように空に視線を固定させ一直線に走り去って刹那の間ながら後ろ姿を見失う。何分A級の彼女が繰り出す踏み込み速さは時速140㎞を超えている、レベルが低い者には目での情報処理が追い付かず、ダリアの姿をちゃんとした像として見ることすら出来ない。


 とは言え、神の身体を持つ俺には関係ない。しっとりと濡れている地面に足を食い込ませて――爆ぜる。

殆ど平行に、弾丸のような勢いで飛んでいけば直ぐにダリアの背中を目に捉える。


「ッピヨ!…うわぁ!お兄さん凄い」


 背後を振り向いて驚いて目を白黒させるダリアが印象に残った。

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