第184話 帰国の旅路 その5
突如、沼地帯を馬車で進む使節団に悪天候が襲い掛かった。その最中、人間の上半身、鳥の下半身に大きな羽を広げた猛禽類が空から舞い降りた。女性特有の長い髪を風になびかせ、威圧感を放つかぎ爪、素早い空中移動で狙う獲物を翻弄するその姿から、非力な村人たちはハーピーは別名『空の女王』と恐れている。
ハーピーは知恵も兼ね備え、しばしば人族の言葉を話す。当然、餌を釣る罠の言葉で、森に足を踏み入れた獲物を誘い出す甘い言葉を巧みに使う。
…とまぁ長々と語ったところで、王国最強のエレニールを筆頭に、精鋭騎士達と日頃の魔物討伐で金銭を稼ぐ冒険者にかかれば、ハーピーの殲滅に10分と要らなかった。
「これ以上、雨が降る前に森を抜けようぞ!散らばった魔物の死骸は簡易的な火魔法で焼き払う。なに、追加成功報酬を上乗せしてやる」
「「「おおぉ!」」」
「王女殿下ッ万歳!」
「殿下ッ!殿下ッ!」
生き残った魔物がいないと確認し終えたエレニールは騎乗の上から全員に聞こえるときの声を飛ばす。偶然にも得たボーナスに居合わせた冒険者が張る歓喜の声が空中をこだましながら上昇していく。声には今までない晴れ晴れした色彩が籠っている。
「回復部隊は負傷者の確認、怪我の処置に当たってくれ。五分以内に片付けろ」
「っは直ちに!」
エレニールの指令を受けた兵士がぬかるませた草地を踏んで駆け走る。
「……」
目の前に広がる光景から察するに、魔物の群れによる死者は一人もいないようだ。最悪のケースでも、攻撃の際に舗装道路から外れて沼地に足を取られ、捻挫した間抜けがいる程度だろう。
「ショウも助かった。恩賞を期待してて欲しい」
「ああ、エレニールに怪我が無くて安心した。……今回の旅は戦いと冒険で満ちていた、たまには平穏な時間を過ごすことも大切だと思わないか?」
馬を操作して傍に近づくエレニールから助力のお礼を頂いた。…この際だ、愛する人と楽しい時間を共有したい俺は誘い言葉をい投げかける。…言葉の意図が掴めないエレニールが首を少し傾げ、眉を寄せて困惑の表情を見せる。
「む…?」
「つまり予定がなければ街を散策し、美味い料理を共有し、互いの存在を静かに感じる時間を持ちたい。要するに一緒に街でデートしないか?」
「デ、デ、デート⁉お…オホン!そ、そうだな国を担う王族の役目として城下町以外の領地で民と触れ合い、知見を深めるのも大事…だし。私もこ、婚約者のお前の人相が周囲に広がって欲しい。ならば明日の予定を空けてやるから、か、必ず向かいに来るんだぞ⁉」
畳みかける早口で喋り終える頃にはリンゴ並みに顔を赤く染めたエレニールは馬車の中から生暖かい視線を送る侍女たちに一瞥を投げ、足を軽く打って馬を推進させた。その動きは、彼女の内心の動揺を悟らせない照れ隠しだった。しかし、その赤面はエレニールの感情を如実に表していた。
彼女を失望させないデートを成功させよう。街に到着する間、心内で逢い引きプランをするのであった。
「城壁が見えて来たぞ!」
「ッツ…!はぁ~やっと緊張を解せるぜ。友好国とは言え遠距離魔導砲に背中向けて前進するのは心身が堪える…」
「そうね、私も早くお風呂に浸かってこびり付いた泥を落としたいわ」
一連のハプニングはあったものの、無事に沼地の森を抜けると、目の前には雨上がりの草地が一面に広がっていた。そして、目に飛び込んでくる魔土と石で構成された強固な城壁。
ランキャスター貴族シャンニラ辺境伯が治める魔導国に唯一接している城郭都市ヴァンロン。国防の要とされている事情から城壁で周囲を囲んだ街一体型。
中心地の高所には領主館が聳え立っている。城よりも防御に特化した要塞に近く、その存在感は敵兵を圧倒する。堂々とした威容は、領主の権威を象徴している。
馬車から顔を覗かした冒険者の興奮した声が聞こえてきた。久々に見る本国の光景に全員の心が浮かれているのがハッキリ伝わった。
誰もが懸念してた背後の魔導砲に対する緊張から解放されたようで、まるで重荷が肩から降りたような安堵感を感受した。皆がこれまでの困難を乗り越え、死者を出さず安全な地に足を踏み入れた事実を示していた。
「お帰りなさいませ、ご無事との事で嬉しく思いますギルドカードと依頼書の提示をお願いします」
冒険者のあれこれを聞きながらなだらかな道を進んでいれば関所に着いた。冒険者はここで一旦馬車から降りて、事前に通達された使節団が市内に入るのを待ってから俺達も列に並ぶ。簡単な検査を行っているのか順番はスムーズに進み俺の番となった。
「お勤めご苦労」
関所で働く役人の指示に従い、ギルドカードと組合から発行された証文を渡す。
カードにデカデカと押されたA級の文字に一瞬驚いた表情を見せたが直ぐに平常心に戻り役割を全うした。
「はい、問題ありません。門を通っていただいて構いません。A級のショウ殿でしたら大通りから右手の小道に入った先に『祥瑞の水角亭』と書かれた木造建物の宿屋をお勧めします」
カードを受け取り、右手を胸に置いたランキャスター王国式で一礼した役人が告げた今夜の宿泊場所を心に留め市内に入る。
青空の下、それなりに大きな街を薄着で歩く俺に集まる視線。向けられる種類は様々で最早慣れた物、気にするだけ無駄。関所で聞いた道を進む。
老若男女、多種多様の人が行き交う大通りを抜け小道に入った先に一軒の宿屋の前に到着する。見上げた看板には確かに『祥瑞の水角亭』と店名が書かれている、此方で間違いないようだ。
「いらっしゃいませ!お一人様でしょうか?」
扉を引いて宿に入ると二十代程の女性がカウンターに立っていた。茶色の髪が肩に掛かる受付担当の美人が丁寧な接客で対応している。
「ああ二晩部屋を借りたい、空いているか?」
「一人部屋でしたら二階と三階に空きがあります。どちらになさいますか?」
パラパラと宿泊者名簿をめくる女性の問いに少しだけ考えると。
「二階で構わない。一泊幾らだ?」
「料理込みですと一晩、銀貨55枚になります」
「そうか」と短く答え鞄から金貨一枚、銀貨20枚をトレーに置く。銀貨10分はチップ料金。
「確かに受け取りました。最後にお名前とご職業の記入をお願いします」
差し出した羽ペンと宿泊書に自分の名前、職業を記入した。
「ご利用ありがとうございます。では係の者が案内いたします。ごゆりとお寛ぎ下さい」
そう言い終えると姿を現した店員の案内に、二階へ進み幾つかの部屋の通り過ぎ『206号室』と書かれた部屋の前に到着した。すると案内役から部屋の鍵を渡される。
「只今、夕食を準備中ですのでお手数ですが暫しのお待ちを。用意が出来次第ショウ様にお持ちいたします」
「ありがとう。折角だし料理が作り終わる前まで街を散歩してくる」
案内の例にチップ代の銀貨二枚を手に置きながら今日の予定を告げる。
「畏まりました。ショウ様の帰りを心待ちにしております」
瞳の奥に、なにやら光を秘めている女性店員は沈着冷静な声で答えると、身を翻してこの場から去った。
「……」
俺に背中を向けて離れる店員に何も言わず一度宿泊する部屋を確認して、そのまま外へ出た。
「ううっえーん、うぇーん」
建物から出て、大通りに続く小道を歩いていた俺の耳に、突如として子供の泣き声が響いた。その声の主は、みすぼらしい服を着た10歳ほどの子供。その子供はうつむきながら悲しげに号泣していた。
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