第155話 大野外演習その21
「そんなに拗ねないでくれヴィオレット嬢」
六人の影が古代遺跡跡目指して森の奥部へ進む道中。未だ納得できないと、唇を尖らせて、拗ねた表情を浮かべる私を見兼ねるグレイシア先輩が走りながら私の頭を撫でる高等テクニックを披露する。子ども扱いを受けた私は抗弁するように唇を尖らせたまま言う。
「別に拗ねてません、納得出来ないだけです。実戦経験並びにレベルも低い私が他の班リーダーに代わって意図的に魔物大量発生を起こした黒幕を叩く、なんて無茶ですよ!」
私の実力では太刀打ちできない。真実を言ったつもりけど、グレイシア先輩は微笑むのみで返事をくれなかった…。
「騒がしいぞヴィオレット二年、騒ぐ声があるなら探知魔法で魔物の襲撃に備えよ。グレイシアが同年の実力者よりお前を選んだ意を履き違えるな」
私達の先頭を走る男子生徒の先輩が二人の会話に割って入ってきた。弱気を見せる私に厳しい口調で言い放つこの男は尊敬するグレイシア先輩と同学年のルーシュビエット先輩。年齢はグレイシア先輩と同じ17歳の筈なのに眉が太く、厳つい顔面に隕石を貫くような鋭利で恐い目で視線を送るルーシュビエット先輩は実年齢より年老いて見える。要するに怖い!魔法学園に通う魔法使いが魔法の杖じゃ無くて、拳にはめるメリケンサックを使っているし…もう訳が分からないよぉ!
「それは…勿論分かっています。魔力に余裕がある私が魔物の接近を探知、先輩方に伝達する事で此方の有利な条件で魔物と交戦、或は避けて元凶の元へ向かう。ですよね?」
「然り。己の恥を晒すが先の戦いにて儂の魔力容量は万全に使用出来るほど残されておらん。故に魔力を温存しながら進まなければならん」
…実年齢より変に年寄りじみた顔で17歳の青年が一人称「儂」って、――おっ、探知魔法に魔物の反応が!
「先輩!探知魔法に気配あり!二時の方角より魔物が三体、此方へ向かって来ます!」
私の言葉に一同足を止めて武器を構える。私達が魔法の杖を構える中、腰を落として拳を構えるルーシュビエット先輩の姿がシュールに見える。
「ご苦労ヴィオレット二年、種類は判別できるか?」
集中力を高めて探知魔法に魔力を注げば脳裏に魔物の姿が映像となり浮かび上がる。四足歩行で体高は100㎝超え、茶色の毛並みに眉間から角が伸びている。移動速度が速いッ、早く情報を伝えなきゃ!
「ホーンウルフが三!距離からして五秒後に鉢合わせます!」
「あい分かった。ホーンウルフ如き儂は必要ないな、皆の者も手出し無用!この程度ヴィオレット二年のみで対処可能」
「え?」
え?
…このオッサン本気で言ってるの!?急に不安に陥った私が助けを求めて周囲を見渡すけど誰も顔を合わせてくれない、グレイシア先輩!何時もの凛としたお姿はいずこに!……私に残った選択肢は本当に無いらしい。マジ泣きしてもいいかな…いいよね?
「分かったよ…分かりましたよっ、もうぅ私だけで対処すればいいのでしょ!こんちくしょー!」
「うむその意気だ。頑張るが良い」
何が「頑張るが良い」だっ!この顔面おっさんハゲ先輩!綺麗に髪剃りやがって!…私の後方へ移動して両腕組んで何故か師匠ズラの彼に殺意が湧きそうになる。しかし、今まさに三匹のホーンウルフは此方のすぐ傍まで近づいている。文句を言うのは後!窮地を脱してから。
常に群れで行動するホーンウルフはその特性からⅮランクの魔物に登録されている。素早い移動、草木を利用した撹乱攻撃、とても普通の12歳美少女一人でこなす相手じゃない。幸い、私の背後で見守る先輩方のお陰で後ろからの奇襲を気にしなくて良いのは素直に有り難い。
「ッスゥ――」
暗闇に包まれた緑の海、私達の頭上に照らされたライトボールの光が頼りの中、蛇のような長細い呼吸を吐けば自分の感覚が研ぎ澄まされる。凡田より流れる魔力を体に巡回させて意識の集中力を高める。
「(居る)」
森は真っ暗闇所以、裸眼では姿を確認できないけど探索魔法が得意な私には茂みに隠れて此方を伺う三匹の身構えたホーンウルフの気配がハッキリと。
カウンター待ちも可能だけど、ここは先手必勝!
「巻け巻け水の魔力、曲がれうなれうねり波、我が意志に従い揺れ曲がれ
魔法を唱えると右手に持つ杖の先から蛇状にした水の一本鞭が出現する。背後から「オリジナル魔法」等の囁きが耳に入るが今は無視。
「やあ!」
私の掛け声と共に杖を持つ腕を振るえば、制御された水の鞭は私が思うが儘にうねると丁度飛び掛かろうとしたホーンウルフの口周りを縛り、引き寄せる。
強力な牙が封じられたホーンウルフが手足をジタバタさせるけど水の鞭からは逃げられない。無力のまま正面へ引き寄せられた魔物に肉体強化の魔法で高めた蹴りを繰り出す。
頭蓋骨を砕く音が足に伝わる、強いバネのように勢いよく跳ねた魔物は炸裂音が放たれ枯木に激突した。
仲間が一瞬でやられたことで残りの二匹が動揺している隙に再び腕を大きく振り上げる。遠心力を利用した先端の速度は音速を超え、直撃した魔物の顔面は凹み、痛みを感じる前に絶命した。
「グルゥゥウ」
最後に残った魔物が警戒の唸り声を上げている。逃走は出来ないと本能で理解したのか苛立った様子を見せながら私に飛び掛かってきた、開いた口から見え隠れした牙は人間の急所でもある首筋を狙っている。不意打ちを喰らえば造作なく私の命を刈る攻撃、されど事前に対策を講じていれば造作無い。
「
魔物との距離が一メールほど迫った瞬間、瞬時発動魔法を唱えた私の目の前に水で生成された壁がホーンウルフを包み込む。
「スパイク!」
水中で一心不乱に手足を動かす魔物の体内に水が入り込み、内側より無数の釘が貫いた。
「討伐完了です。周囲に魔物の気配は感じません、先を急ぎましょう」
「うむ、見事な魔力操作だった。あっぱれ」
「少し過激だったが怪我が無くてなにより。よくやったわヴィオレット嬢」
ルーシュビエット先輩とグレイシア先輩は素直に褒めてくれたけど他の先輩方の顔が真っ青になっている模様けど気のせいよね。
「外見は可憐な美少女なのに魔法は物騒だったね」
「ええ、末恐ろしい娘が後輩なんて少しだけ優しく接しないと」
後ろからヒソヒソと会話が聞こえるけど無視、無視!早く移動しましょ!
それから、先輩の持つ目的地まで記した地図とコンパスを辿って森の中を進んでいると急に真っ暗な森の奥からボンヤリと灯す光が目に入ってくる。目を凝らすと先の方で、地面に横たわる魔物の死骸と素早く動く人影の姿も。同時に武器同士ぶつかる金属音と魔法の戦闘音が耳に届きはじめる。
「全員腰を落とせ!敵対勢力に見つかるな、この場からゆっくり進行して状況を見極める。最悪の場合即時に撤退、魔都に応援を呼ぶかもしれん。いいな?」
『はい』
ルーシュビエット先輩の指示に小声で返した私達は魔法で気配を薄めて小刻みに光の方角へ足を運ぶ。一秒が一分経ったように長く感じる。――そして、永遠にも思えた時間はやがて終えた。
「っひゃあ!タマンネーぞもっとだ、もっと俺様を楽しめろぉ!」
「敵将はショウに任せろ!俺達は一刻も早く革命軍を無力化、及び魔物産み蛙の討伐!手を止めるな!足を動かせ!行くぞ!」
「……なにこれ」
森を抜けた私達に写った光景に言葉が零れる。課題の目標でもある古代遺跡跡の入り口から次々に出てくる革命軍の防具に身を包んだ集団、ずっと奥に佇む馬鹿でかい蛙系の魔物が吐き出す魔獣の群れ、それらを対処する冒険者と先生たち、…最後に異様な程澱んだ風格を放つ大男が振り下ろした拳を剣で防ぐショウさんの姿だった。
現場を言葉にするなら……そう、地獄。その一言にピッタリ当てはまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます