第156話 大野外演習その22(ショウ視点)

 森の異変に気付いたのは学園生徒達による野外演習が始まった初日の夜に遡る。


 太陽はどんどん落ちて地上が夜の闇に閉ざされようとした時間帯、依頼を受けた同業者だけで燃やした焚き火を囲んで丸太に座る俺達冒険者組総勢12名。各々の手に持ったお椀の中に入った湯気が立ち上がる鍋料理に舌鼓を打つ。ギルドが用意した新鮮な野菜に狩りが得意な冒険者が仕留めた鹿肉が煮込んだ鍋には、人が寄り、競うように挙って御代わりを注ぐ。


「お兄さん、御代わり頂かないの?ッチッチ…もしかして具合が悪いの?」


 空になった食器を持ち、他の冒険者達が繰り出す会話に耳を傾けていると俺の隣より心配した様子を見せた『鳥使い』ダリアが聞いてくる。季節の為、厚着した二人の肩が触れ合うが彼女は気にせずに、寧ろより一層此方に寄り添う。協力して森に住まう高ランク魔獣を討伐して以降親しくなったダリアはこの様に俺の近くに居ることが多くなっている。スキンシップも過激だ。一度尋ねてみたダリア曰く、俺が持つ空気は他の人間と違って安心させる空気を持っているらしい。確かに生物上人間じゃ無い俺は抑えていても常に神秘が洩れているが、その言い方は俺が空気清浄機と同類に聞こえてしまう…。


 紳士として彼女と良い仲になるのは歓迎する。しかし、どれだけ彼女の心に寄り添っても遅かれ早かれ敵対する関係。もしダリアが気に留めなくとも、盟主が抹殺命令を下せばどんな手を使ってでも俺の命を刈り取ろうと仕掛けるだろう。


「…ところでリーバスさん、一つ質問しても良いですかい?」


 鍋が空っぽになる頃には全員の腹が膨れたらしく、満足そうに腹を摩っていたC級の冒険者が今回リーダーを任されたリーバスに声を掛けた。


 その者は演習中、生徒達の目的地でもある古代遺跡跡地付近の監視を指定されていた。次に彼が何を尋ねるか分り切った俺からすれば随分と遅かった印象だ。沈黙を続けながら彼等の会話に耳を傾ける。


「どうした?何か奇妙な出来事でもあったか」


 C級冒険者の何処か困惑した表情に眉根を寄せて真剣な顔で聞くリーバスに食後の雑談中だった他の連中も二人の会話に集中し始める。


「それが、初日じゃあゴール地点に生徒等は辿り着けないと聞き及んでたんで、退屈しのぎに古代遺跡周辺を巡回してた時に発見したんです」


「…何を発見したんだ」


 表情が強張るリーバスにC級冒険者の男は言葉を続ける。


「入り口手前に何者かが使ったとされる焚き火の痕跡が、それに大量の足跡が…」


「続けろ…」


 気付けば周りは黙り込んでいた。全員が最悪の事態を考えている。


「念の為に知りたいのは俺達以外に依頼を受けたかです。勿論、事前調査した教師陣の可能性も有りますけど、それにしては残された足跡の数は5人、10人じゃ足らない多さだったんで」


 彼の言葉に思考を絞るリーバス。手に持ったスプーンは一旦ボウルに置き、口を真一文字にして考え込む姿に皆の視線が集まった。


「事前にギルドから受け取った資料に依頼を承諾した冒険者は俺達のみ。別枠で学園が用意した護衛の線もあるが、常識的に考えて未だ顔合わせしていない時点で望み薄。遺跡の内部には入ってみたのか?」


「いや、指示された教師より遺跡に魔獣は不在って聞いてたんで内部には足を踏み入れていません。それに教師から遠回しに入るなと言われたんで」


「そうか…じゃあ俺達が魔獣間引き中に遺跡に入った者はいるか?」


 そう告げたリーバスが周囲を見渡すが、焚き火を囲む俺達全員一斉に首を横に振るう。事情を知る俺とダリアも同調して首を振るった。

 落胆した様子も見せない彼は顎に手を乗せたまま、しばらくゆらゆら動く火を眺めていた。


「これしかない…」


 何かアイデアを閃いたようだ。


「食事後、俺が監督教師に掛け合って調査許可を貰ってくる。もしかすると生徒達に危害を加えようとする第三者が敵拠点に立てこもった念願に置いて、みんなは明日の戦いに臨んでくれ。明朝に遺跡へ出発する」


 やはりそうなるか。すると馬車の中で会話を交わした若きE級の女性冒険者が恐る恐る手を挙げる。


「あの~疑う訳じゃないですけど、勘違いの可能性は有りますか?例えば付近の村に住む狩師の痕跡とかじゃなくて」


 まだ若い故、経験が浅い冒険者の筆問にリーバスは嫌な顔を見せず真剣な眼差しを向けながら問いに答える。


「君の疑問は充分理解出来る、もっとも答えはミスリル原石が発見されるくらいありえない。第一、近場の村の住民には学園より通達されているから森の奥地まで入り込むのは平民貴族の階級に不必要な火種を産む割合が高い。森の奥に新たな人里が開拓された噂も聞いた覚えは無い。末に結論は二つ、これも演習の課題の一種、又は生徒達に奇襲を企てる敵対戦力の存在。大方敵の正体を予想するなら貴族を憎んだ革命軍の仕業」


「「「革命軍!?」」」


 おぉ~流石リーダーを任されたリーバス。実力、知恵共に優れた人材らしいな。限られた不確かな情報で良く正解に嗅ぎつけた。正体を見破った瞬間、肩に触れるダリアの体温が上がったが此方は無言を貫く。


「頭をフル回転させたら再び腹が減ったな。手持ちの干し肉で養分を補充したら早速教師陣に探りをいれてみる。…A級のお二人さんは気付いた事はないか?」


 おっと彼等の視線が此方に集まったぞ。俺は即座に用意していた答えを返す。


「俺からは何も、明朝に備えて早めに就寝する位だな。ダリアは?」


「チュンチッチッチ…う~ん私からも無いよ!鳥さんも同意だってさ~」


「そうか、ならこの辺りで今夜は解散だな。明日は忙しくなりそうだから皆も休んで英気を養ってくれ。装備の点検と魔力巡回を忘れるなよ」


 話し終わったリーバスが解散の合図と共に立ち上がり、単独で学園関係者が泊まる天幕へ向かっていく。

 他の者達も続々立ち上がり、己で張ったテントに戻っていく。やがて残された俺とダリア、燃え続ける焚き火がぱちぱちと火の粉を弾いて空に舞い上がる。炎が揺らめくたび、背後の影が二人分大きくなったり小さくなったりする。


「……」

「……ポーポー」

「…俺達も戻るか?」

「ッピヨ…うん、昼間に生徒達を見守った疲れがまだ残ってるみたい。ッピヨ、瞼が鉛のように重いよ」


 実際眠たそうにウツラウツラぼんやりしてるダリアに軽い微笑みを右の頬だけ浮かぶ、後に聞けば彼女が護衛した班グループは喧嘩が絶えないグループだったらしい。


「ほら」

「ピヨピヨ…ありがとう」


 差し伸べた手を繋いだダリアを引っ張り、俺達も眠る天幕へ足を踏み出した。


 時が来るまでナビリスに演習に参加する転生者について話しておこう。

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