第157話 大野外演習その23

 昨晩、晩飯の鍋料理をペロリ平らげた冒険者の俺達。その内、一人が古代遺跡付近にて奇っ怪な足跡を発見したとリーバスに報告すれば早々食事を切り上げて学園より同伴している監督教師に話を聞くため離れると、他も各々のテントへ戻り最後に残った俺とダリアも後に続いた。


 天幕内に引いた寝床に横になる。しかし、神であるこの身に睡眠は不要なので暗闇の森林におぼやく朝の最初の光が昇る間、王都にて俺の帰還を待つナビリスと地球の管理を任された我が娘メルセデスの三柱で初めて会った転生者について語った。流石に俺もメルセデスと他の子供達が組んでゲーム会社を立ち上げるとは柄にもなく驚いた。しかも、作成したゲームの世界観がこの世界をベースにしたらしい。それで隣国の魔法学園で暮らす転生者がエレニールに関わる情報を多く把握していた真の真意を、この時知った。


 昇った朝日が周辺の落葉樹を纏わり銅色に染めていく。先立って仰向けの姿勢から起きた俺は横でスヤスヤと赤ん坊のように眠る鳥使いダリアの肩を揺すって起こすと、彼女は体を伸ばし、手の甲で目を擦り、眼をあけた。

 着替えの邪魔にならない様「おはよう」と短い挨拶を言って、外に出て行く。透き通った青みを帯びた空が、朝の冷気とともに新鮮に輝いている。


 寒風が吹き込むと一緒にウサギ肉と香味野菜の香ばしい匂いが乗って此方の鼻に流れてくる。


「っあ!ショウさん、おはようございます!スープを作っておきましたのでどうぞ!」


 昨晩に夕食を取った焚き火の場所へ赴けば、誰よりも早起きしていたE級の若手冒険者の姿が目に入った。レベルも低く、天授の特異な才能は持ち合わせていないが、周囲の細かなサポート、面倒な雑用を積極的に取り組み、最後に手慣れた腕前で調理する彼が作った料理は皆も認めている。陰の功労者だ。


「あり難い。食欲をそそる良い匂いだ」


 感謝のお礼を告げて、スープが注がれた茶碗を彼から渡される。茶碗の底に沈んだ豆が宝石のように輝いている。スプーンを使わずにそのまま茶碗に口を付けてズズズーッとすする。――美味いな。良く煮込んでいる。


「ピヨピヨ~、お兄さんおはよう。…コッコポオー!鳥さん達もお腹空いたの?それじゃ私も一杯貰おうかな」

「おはようさん、スープの匂いがテントまで流れてきたらパッチリ目覚めてまった。俺の分も残ってるか?」

「鳥使いさん!リーバスさんおはようございます!。どうぞ、勿論お二人の分も有りますよ!昨日仕掛けた罠に角ウサギがかかったので新鮮な肉も入ってます」


 自前の天幕より濡れた布で顔を拭くダリアが出てきて、直後にリーバスもスープ料理の香りに釣られてやってきた。

 何の前振れも無く突然やってきた高ランク二人の姿にE級の青年は戸惑う素振りを表情に出さず、慣れた動作で湯が立ち騒ぐ鍋に入ったスープを注いだ茶碗を二人に手渡した。


「ピー、鳥さんがありがとうだって。…ん!体が暖まる~」

「こりゃあ美味い。晩秋の季節にはナイスタイミングな味付け。丁度体がポカポカして本当に気持ちいい料理だ!」


 大盛りに注がれたスープを口にしたダリアとリーバスはその素晴らしい美味に顔をほころばせる。熱々の料理に激しく口に掻き込む。二人の顔色を横目で窺っていた青年は鍋に素材を入れながらコッソリ安堵の胸をなでおろす。


 二人がスープの御代わりを注文する時には他の冒険者達も続々集まり、焚き火を囲むように設置した丸太に座る場所が無くなった頃にリーバスが全員に聞こえる音量で口を開く。


「時間が惜しいから早速本題に入る。昨晩、俺が教師陣に話を聞いたことろ彼等も遺跡の異変に関して心当たりは無かった様子だった。事前に課題目的の魔道具を置いた監督教師からも不審人物の影一つ見かけなかった、と証言している」


 皆がリーバスの言葉に耳を傾ける中、彼は話を続ける。


「皆で話し合った結果。今日の演習そのものを一時中断して、日程を一日延長する事となった。当然追加の報酬も支払われる手筈となっている。俺達の仕事は教師陣と同行、今古代遺跡で何が起きているか調査する」


 予想の範囲内の結果となった。周りの冒険者達にも驚いた表情は見受けられない。皆平常心を保ったまま朝食を口に運んで具材を噛み続けていた。


「教師が此方に集まる手筈となっている。残された時間は少ないけど、周到な準備に取り掛かって出発に備えてくれ」


「あ-同行する教師達の力は頼りになるが、逆にガキ共の見張り役はどうするんだ?監視の眼が無くなった途端、調子に乗った生徒が馬鹿な真似をしでかす危険性もある」


 リーバスの言葉に疑問を持った冒険者一人が問題点を上げた。確かに、俺も少し学園生徒と他愛もない会話を交わした。しかし俺の態度が気に食わなかったのか、嫌悪感を隠さずに突っかかる生徒もいれば、口には出さないけど憎悪と嫉妬に輝いた目の光で俺を見る生徒も存在した。


 ほら…全員げんなりした顔で手に持った茶碗に目を伏せている。


「皆の気持ちは痛い程分かるよ。代わりと言ってはなんだが向こうは医術専門教員のポーリーン女史が広場で待機する模様、彼女が居れば最低限命の保証は守れる」


 あの、誰にも優しい態度で他人に接するのほほんとした女性の名前がポーリーンだった筈。話を聞く限り聖人に限りなく近い善人者。目が合った時、軽く会釈した程度でキチンとした会話のチャンスは訪れてないが彼女の実力なら死人は出ないだろう。


「冒険者の皆様お待たせしました!遅くなって申し訳ありません、生徒達の説得に時間が掛かってしまったので」


 それから焚き火を囲んで腰を下ろした俺達が世間話に花を咲かせいれば向こうより慌てた声を出す人物が現れた。魔法使いを示すローブに学園を象徴する紋章バッジを襟に付けたグループ、野外演習に付き添う教師に間違いないだろう。

 予定の時刻より少々遅れた事に決まりの悪い顔を見せる教師陣に我らがリーダー、リーバスは真っ白な歯を露出した男前の笑顔で問題ない、と手を左右に振った。


「さて!全員揃ったことだ。火に土を被せたら出発する!相手は革命軍の線が濃厚、皆も気を抜くなよ!」

『はい!』『おう!!』


 リーバスの号令に従って俺達は立ち上がる。

 各々の愛武器、愛杖を肌身に装備して向かう先は古代遺跡跡地。

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