第158話 大野外演習その24

 教師陣と同行しながら古代遺跡跡地を目指して進む一塊の集団。地面に積もった落ち葉を踏み込む群衆の乱れた足音が晩秋の森林に響き渡った。


 魔力量中心に置いたこの国に住まう民はやはり魔術を巧みに扱う多くの魔法使いが立派な成果を叩き出しているが、魔法にも我流が枝のように分裂しているらしく学園で教える流儀、冒険者が唱える魔法方式が食い違ってる事から言わば犬猿の仲。仕事上表立ったいがみ合いは見受けられないけど今この瞬間、二組の間に会話が無いことが顛末を物語っている。


 聞けば学園で教鞭を執っている座学の教えでは魔法が全てであり、魔力伝導率が乏しい鉄、鋼類で打った金属武器は穢れと遠ざけるらしい。それに比べて魔法は魔物を狩る手段の一つに過ぎなく、使える物は何でも使う精神の冒険者からすれば学園の考えとは正に水と油。

 此度の異常事態が起きなければ手を取り合う積りは無かった、彼等が口にそう零していた。


 特に激突が激しい対立グループは平民出身の教師達と同じく平民出身の冒険者。確かに注意深く同行した教師陣を観察すれば全員が平民の生まれで元卒業生がそのまま導き者に出世したらしく。例外は生徒と野営地で待機したポーリーン校医のみで、彼女は伯爵家の三女の生まれとのこと。


「あー微妙な空気ですけど一個良いっすか先生方?」


『勇者が行った!』


 まだ明けきらない朝の青白い光とすがすがい空気の下、足だけ進める俺達の中から早めの美味い朝食を用意したE級の青年が沈黙の静かさに風穴を開けて恐る恐る手前を歩く教師陣に口を開いた。


 彼の勇敢な決意に数名を除いた他の冒険者達が内心驚いている最中、一人の教員が立ち止まる。その者は偶然にも俺の子守り相手である生徒達を紹介した何処か柄が悪そうな教師、名前は確か…そう『マルシア・アンソン』。詳しい経歴は聞き及んでいないが、受け持つ授業でも高難易度を誇る高等攻撃魔法及び防衛魔法を教える担当教員の肩書きを持った才ある教師だと記憶している。


「おう、どした迷える若人?」

「17を超えた成人なんすけど俺…まぁいいや。遺跡内部に魔道具を設置した学園側に聞きたいんすけど、その魔道具を置いた日に誰も不審人物を見かけなかったのかと」

「俺も気になっていたんだ。どう考えてもタイミングが良すぎる」


 E級の青年が告げた内容に一人の冒険者が意見に賛同を示す相槌すれば周囲も同様に首肯する。質問を受けた男性教師は片手でボサボサ髪を掻きながら思い詰めた表情を此方に見せた。


「ふーむ、そりゃあ俺の管轄外だ若人。その日は休日で午前中実験室で魔法の研究、午後から夕方まで優雅な仮眠した後は夜通し酒場で常連客と一緒に酒を飲んでいたさ。いやーあそこの酒場が出すウォッカは野の馳ける火のように胃の腑に染み透って美味いだこれ!」

「は、はぁ」


学園の指導者が突如酒の話を弾丸のように言葉に熱意を込めて早口で喋り出せば、質問した青年が圧迫感に押されて気後れする。


「そゆわけで詳しく知りたかったら日頃から不品行の俺じゃなくて、遺跡に物を置いた張本人に聞いた方が良いぜ」


 最後にそう告げれば、彼の背後で此方の様子を無言で窺う教師陣へ親指を指し示す。指差した先に皆の視線が集まる。そこには知的な雰囲気を与えるピシッと決めたスーツ姿の上から色有りローブを纏った女 教師が眼鏡越しにキラリと鋭い目を除きながら此方を刺すように視線を向けていた。

 外見だけで判断すれば随分と若く見える。豊富な魔力で若さを保っているお陰か、若いと言うより、いったい幾つなのか年齢を判断しかねる。異世界風に例えるなら…魔女族。


「えぇ、彼方の美人さんですけど怖くて近寄りにくい先生っすか!?」


 女教師の圧に当たられた青年は恐怖で冷や汗を搔き始めた。おっと彼が余計な事を口走ったせいで目つきが更に鋭くなった。


「小童が戯言を抜かしているようだが差し当たり横に置いておく。小童の問いだが…明確に答えよう。あの日学園長より直々に指示を受け取った私を含めた三名の先生方は魔獣除けを撒きながら無人の遺跡に入った。建物の外装だけ見れば大きく映るかもしれないが、内部の大部分は劣化に伴い足すら踏み込めない危険な箇所が多数顕在している。生徒達に危険が及ばない為、念は念を入れて隅々目を通した。結論を出せば人影どころかネズミ一匹いなかった…満足したかね小童君?」


「く、詳しい説明ありがとうございます!とても勉強になりました!」

「うむ、これからも励むが良い」


 掛けた眼鏡をクイっと右手で押し上げてゴブリンにでも判るよう述べた教師にほんのり怯えた顔でお礼を告げた若きE級冒険者の青年に自慢げに勝ち誇った彼女が短く返答した後、冒険者から視線を外して先に足を進み始めた。


「ピヨッ!ねぇお兄さん。お兄さんは上級貴族の生まれで王国の学園に通っていたの?」

「ん?どうしたんだ急に」


 他国の俺は集団の後列で歩いていれば、何時の間にか懐いていたダリアが此方の顔を伺いつつ一つ聞いてくる。囁くような小さな声だったにも関わらず、濃く煮つまった静けさの森の中、咳の音一つもしない空間では存分に響き渡った。

 此方に警戒心を孕んだ視線が一斉に注目するが、お構いなしにダリアは途切らした話を再開する。


「チチッチリリ~初めて挨拶を交わした時から気になっていたんだよ?チュンチュン!…うん、もっと興味が湧いてきたのは一緒にハイオーガを倒した矢先。その美しい顔は何処かこの世のものでは無いミステリアスな雰囲気と厚着越しにも分かる体の作り、卓越した剣戟に惚れ惚れする魔力操作は均一、淀みもない。お兄さんの素性を知りたいと思うのは当たり前だよ!キュルキュール…鳥さんも同意するって!」


「…」


 胸の中に抱え込んだ好奇心で膨れた風船に挑発されて我慢出来なくなったのか。ダリア自身が本当に己の情報を欲しているのか、もしくは結社の主から命が下ったのか定かではない。そうだな…。


「答えは『否』だ、生まれは王国辺境の最果て村で暮らして学園には一度も通ったこと無い。今では実力と功績を認められ陛下より男爵位を叙爵された元平民に過ぎない」


「ピッピ!えぇ!?鳥さん達も驚いてるよ」


 ダリアだけじゃなく、二人の会話に耳を尖らして聞き耳を済ましていた他の人間も驚いている様子。特にの驚きよう、上層部より俺の来歴の情報が届いていないのか?教国の密偵と革命軍が王国より訪れた使節団を調べているのは前から判明している。


「ッピヨピヨ!…そうだよね!じゃ、じゃあお兄さんは何故それ程強いの?A級の私が勝てない貴方はどうやって力を付けたの…ヒーヨチッチッチィ?」


 皆が異変に気付かない程、声と表情を強張らせたダリアから本命の質問がされた。自分に携わる力の根源、魔法と剣術の源。結社元幹部級の首を落とした張本人に聞きたかった真意。ココは誤魔化していいが、まぁ構わない。


「故郷に住む俺の師匠から教わった。厳しい修行だったけどスキル、魔力の使い方、冒険に必須な知識。全てを教えて貰った」


「ッピ…お兄さんの故郷に御師匠様が」


 神となってある程度の年月を過ごしてきた。人間だった俺を道の傍に落ちた小石如く拾ってくれた創造神のお爺ちゃんに感謝しない日は無い。


『ふふん、ショウのスキルは私が育てた』


 脳内に届いた念話からナビリスが後方腕組師匠ズラしたドヤ顔のビジョンが安易に想像出来た。

 会話はそれっきり途切れて俺達は足を進む、殺風景な落葉木が続く山間を抜けると視界が開け古代遺跡の影が瞳に飛び込んできた。


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